そのよく晴れた秋晴れの日曜日は、久しぶりの完全オフだった。
配信も収録もなし、レポートは書かなくちゃいけないけど八割方終わっているし、昼までこのままうとうとごろごろして、洗濯機回して外に干して、お昼ご飯どこかで食べて、本屋さんうろうろして、最後に図書館寄ってレポート仕上げて、買い出しして帰ってこようかな。夜は聡介誘って一緒に飲みにいってもいいかもしれない。
そんなことを思いながら、ぼんやりスマホの画面を眺めていたら、急にメッセージが届いて、「うおっ」と声を上げた。
チカからだ。
『今日時間ない?』
『昼メシ食いにいかね?事務所の近くのでっかい公園待ち合わせで』
収録終わりに一緒に食事に行くことはよくあるけれど、オフの日にわざわざ待ち合わせして行くことはほとんどないかもしれない。
昼までごろごろしようとか思っていた気持ちはあっという間に霧散して、そわそわしてベッドから起き上がって無駄に部屋を徘徊する。
『いいよ!あとちょっとでうち出れる』
なるべくそわそわしているのが伝わらないように、簡潔にメッセージを返すと、急いで顔を洗って身支度を整える。最近買ったばかりのお気に入りの服に身を包み、お土産に渡そうと近くの和菓子屋でチカの好きな大福を買って、年甲斐もなくわくわくが抑えられずに足取りが弾んでしまう。
本来なら真っ先に思いつきそうなその不安にかられたのは、待ち合わせ場所にもうすぐついてしまうという角を曲ったところでようやく、だった。
ーーもしかしたら、最近の俺の様子がおかしいことに言及されるのではないか。だからわざわざオフの日に会おうなんて言ってきたのかも。
一度その考えに取り憑かれると、そうとしか思えなくなってきて仕方ない。
この前だって大学で怒りながら逃げちゃったし。
その後もクル兄に、チカの歌で赤面してたなんていうとんでもなく恥ずかしい事実を公の場で暴露されたし。
「……どうしよう、合わせる顔がない。」
公園を目の前にして、ぴた、と俺は足を止めた。
無理だ。何を聞かれても答えられることがひとつもない!
内心パニクった俺は、公園のほうを見ることなく、くる、と踵を返した。
かくなる上は。
とりあえず脱走しようと一歩踏み出すタイミングで、襟を引っ張られて、ぐえ、と声が出る。
なんかよくあるシチュエーションだな。
「…ミズキ、お前どこ行くつも、…っ、おい!待て!!」
まじかよ!!と後ろから悲鳴が聞こえるのに構わず、俺はその手を振り切ってとにかく走った。目的もなく全速力でひたすら前に向かって走った。
チカにどんな顔で会えばいいのかわからない、その一心で。
幸い、足には自信がある。小中高とずっと陸上部で短距離をやっていた。
そこらへんの、人ったらしでモテまくりなイケメンで低音がかっこよくて歌まで上手いうえに性格も良いなんて、そんな馬鹿みたいに完璧な男に、ひとつくらい勝てるものがなきゃ俺が可哀想すぎる。
通行人にぶつからないよう最大限の注意を計りながら、俺は曲がれる角という角をランダムに曲がり、歩行者信号を避けに避けて、直線は加速しつつ全力で走り抜けた。手に提げた大福の袋がカサカサと擦れる音がする。
途中、保育園のお散歩カートに乗った幼児に指を刺されたり、少し後から追いかけてくるチカの気配に何故だか安堵したりしつつ、気づいたら人通りのない古い住宅街にぽつんといた。
「……さすがにこないか…」
現役を離れて二年、はっはっと荒く弾む呼吸はすぐには整わない。
ふーふーふー、と深く肺へ空気を送り込みながら、人通りのない道路に突っ立っていると、なんだか無性にひとりぼっちな気がした。
近くにあった、古ぼけたブランコと色褪せた象の滑り台しかない小さな公園にとぼとぼと入り、ブランコに腰掛ける。
この後どうしようかな、なんて考えていると、「…っ、いた…!」と声がするのに反射で顔をあげた。
ーーなんで追いかけてきたんだよ。
汗だくではあはあ息を吐きながら、足がもつれるのかよたよた近づいてくるそれでもなおかっこいい男に、俺は胸の奥の方がぎゅうっと搾りあげられるような痛みを覚える。
横のブランコにどさっと腰掛けた男は、ぽたぽた汗を垂らしながら、上目遣いで俺を見た。
「…足速すぎだろ。まじで捕まえられないかと思った」
ーーでも、つかまえた。
そう言って、伸びてきた長い腕に二の腕を掴まれて、俺はもう、何もかも観念することにした。
配信も収録もなし、レポートは書かなくちゃいけないけど八割方終わっているし、昼までこのままうとうとごろごろして、洗濯機回して外に干して、お昼ご飯どこかで食べて、本屋さんうろうろして、最後に図書館寄ってレポート仕上げて、買い出しして帰ってこようかな。夜は聡介誘って一緒に飲みにいってもいいかもしれない。
そんなことを思いながら、ぼんやりスマホの画面を眺めていたら、急にメッセージが届いて、「うおっ」と声を上げた。
チカからだ。
『今日時間ない?』
『昼メシ食いにいかね?事務所の近くのでっかい公園待ち合わせで』
収録終わりに一緒に食事に行くことはよくあるけれど、オフの日にわざわざ待ち合わせして行くことはほとんどないかもしれない。
昼までごろごろしようとか思っていた気持ちはあっという間に霧散して、そわそわしてベッドから起き上がって無駄に部屋を徘徊する。
『いいよ!あとちょっとでうち出れる』
なるべくそわそわしているのが伝わらないように、簡潔にメッセージを返すと、急いで顔を洗って身支度を整える。最近買ったばかりのお気に入りの服に身を包み、お土産に渡そうと近くの和菓子屋でチカの好きな大福を買って、年甲斐もなくわくわくが抑えられずに足取りが弾んでしまう。
本来なら真っ先に思いつきそうなその不安にかられたのは、待ち合わせ場所にもうすぐついてしまうという角を曲ったところでようやく、だった。
ーーもしかしたら、最近の俺の様子がおかしいことに言及されるのではないか。だからわざわざオフの日に会おうなんて言ってきたのかも。
一度その考えに取り憑かれると、そうとしか思えなくなってきて仕方ない。
この前だって大学で怒りながら逃げちゃったし。
その後もクル兄に、チカの歌で赤面してたなんていうとんでもなく恥ずかしい事実を公の場で暴露されたし。
「……どうしよう、合わせる顔がない。」
公園を目の前にして、ぴた、と俺は足を止めた。
無理だ。何を聞かれても答えられることがひとつもない!
内心パニクった俺は、公園のほうを見ることなく、くる、と踵を返した。
かくなる上は。
とりあえず脱走しようと一歩踏み出すタイミングで、襟を引っ張られて、ぐえ、と声が出る。
なんかよくあるシチュエーションだな。
「…ミズキ、お前どこ行くつも、…っ、おい!待て!!」
まじかよ!!と後ろから悲鳴が聞こえるのに構わず、俺はその手を振り切ってとにかく走った。目的もなく全速力でひたすら前に向かって走った。
チカにどんな顔で会えばいいのかわからない、その一心で。
幸い、足には自信がある。小中高とずっと陸上部で短距離をやっていた。
そこらへんの、人ったらしでモテまくりなイケメンで低音がかっこよくて歌まで上手いうえに性格も良いなんて、そんな馬鹿みたいに完璧な男に、ひとつくらい勝てるものがなきゃ俺が可哀想すぎる。
通行人にぶつからないよう最大限の注意を計りながら、俺は曲がれる角という角をランダムに曲がり、歩行者信号を避けに避けて、直線は加速しつつ全力で走り抜けた。手に提げた大福の袋がカサカサと擦れる音がする。
途中、保育園のお散歩カートに乗った幼児に指を刺されたり、少し後から追いかけてくるチカの気配に何故だか安堵したりしつつ、気づいたら人通りのない古い住宅街にぽつんといた。
「……さすがにこないか…」
現役を離れて二年、はっはっと荒く弾む呼吸はすぐには整わない。
ふーふーふー、と深く肺へ空気を送り込みながら、人通りのない道路に突っ立っていると、なんだか無性にひとりぼっちな気がした。
近くにあった、古ぼけたブランコと色褪せた象の滑り台しかない小さな公園にとぼとぼと入り、ブランコに腰掛ける。
この後どうしようかな、なんて考えていると、「…っ、いた…!」と声がするのに反射で顔をあげた。
ーーなんで追いかけてきたんだよ。
汗だくではあはあ息を吐きながら、足がもつれるのかよたよた近づいてくるそれでもなおかっこいい男に、俺は胸の奥の方がぎゅうっと搾りあげられるような痛みを覚える。
横のブランコにどさっと腰掛けた男は、ぽたぽた汗を垂らしながら、上目遣いで俺を見た。
「…足速すぎだろ。まじで捕まえられないかと思った」
ーーでも、つかまえた。
そう言って、伸びてきた長い腕に二の腕を掴まれて、俺はもう、何もかも観念することにした。
