歌い手王子の恋愛事情

大学一年生で、歌い手として2.5次元で活動したいからオーディションを受ける、と親に告げた時、出された条件は、大学は必ず卒業すること、将来一人で食べていける道をみつけること、の二つだった。
生活費は給料から出しているものの、学費は親が払い続けてくれている。俺はとても恵まれた環境にいる、だからこそ、きちんと知識を身につけて卒業しないと親に申し訳が立たない。
というわけで、俺はほとんど単位を落とさずに真面目に通学しているし、必死に勉強もしている。ライブとテストが重なると、うわあああ!!とパニックになるけれど。

「瑞季、また昨夜バイト遅かったの?目の下の隈、すごいよ?」
本日は午後からだったらしい友人の聡介に、学食で会うなりぎょっと驚かれる。ちなみに大学では、歌い手の活動をしていることは誰にも言っていない。なんかIT関係の会社の雑用バイト、と言えばそれ以上突っ込まれることもなかった。

「あー、うん、そう。遅くなっちゃって、その後課題やってたらほぼ朝だった…」
「えー…ほんと、瑞季のバ先、大丈夫なの?ブラック?」
心配、と言いながら、白い指先にするりと目の下を撫でられるのに苦笑いする。
聡介は高校時代からの俺の親友で、男にしては身長も低めで華奢、なにより顔立ちがめちゃくちゃ綺麗で、高校の時は女子を差し置いてミスコンで優勝していた。しかも女装もしていないのに。ふわふわの薄茶の髪からも本人からもいい匂いがして、男臭さみたいなものが欠片もない。
性格はいたって普通の気のいいやつなんだけれど。

「……あ、また、めーーっちゃ見てる。“法学部の王子様“」
その視線の先を辿れば、綺麗な女の子を連れた背の高いイケメンが、聡介をじっとみつめていた。
ーーそいつ、俺の仕事上の相方……!と聡介に言い出したくなるのをぐっと堪えて、「ほ、ほんとだー…」と苦笑いで視線を逸らした。

そう、学部こそ違うが、チカも同じ大学に通っている。それが判明したのはオーディションの後だった。
こういう特殊な活動をしていることはお互い隠し通すつもりなので、俺たちは大学でもし会っても喋りかけない、他人のフリをする、と決めた。
なのに、一般教養の講義が被って同じ教室だったり、今日みたいにお昼に学食でばったりみたいなことは何度となくあって、そしてその度に今のように射貫くような視線で見られているのだ。
ーー決まって、聡介が一緒の時に。
「…俺、あいつになんかしたかなあ…?めっちゃ見られてる感じする。心当たりないんだけど」
うーん、と悩ましげな親友に、ごめん、と心中で謝罪する。
いや、俺が謝る理由ないんだけど。そもそもチカが大学会ってもでは絡まないって決めたのに執拗にこっち見るからいけないわけで。

チカの隣の女の子が、「えー、経済学部のお姫様じゃん。恒星、好きなタイプ?」と、きゃー!と盛りあがるのがこちらにも聞こえる。
聡介は俺から見ても可愛い。姫と呼ばれることに本人はうんざりしているが、噂されることも慣れた様子で、はあああと特大のため息で怒りを逃す姿すら愛らしい。
落ち着いて、と聡介のふわふわ頭を撫で撫ですると、がたん、と大きな音が聞こえて、チカが立ち上がるのが見えた。
なにその必死の形相。ーーそんな顔、俺にして見せたことないじゃん。 

俺は急いで残っていたカレーをかきこむと、荷物を纏めて、聡介を誘って外へ促した。チカの方は全く見ずに。
学部棟へ向かいながら、地団駄を踏みたいくらいイライラする気持ちがおさまらない。
なんなの、チカの馬鹿。意味わかんないよ、いつも飄々としてるくせに、なんでこんな時にそんな必死な顔するの。
綺麗な女の子連れてるくせに、聡介のことばっか見るの。
ふーん面食いなんだ、なのに、相方が地味で目立たない俺なんかですみませんでしたね!!

猪みたいにズンズン猛進する怒りの俺に、横で聡介が「…ほんとーに、王子様と面識ない?俺、多分恨まれてる気がするんだけど」と疑わしげに尋ねられるのに気づかなかったほど、俺は無性に苛立ってーーとんでもなく惨めな気分だった。