昔から、声はよく褒められた。綺麗な澄んだ声をしてるね、とか。だからか歌うのも好きだった。J-POPも洋楽もボーカロイドも、ジャンルも今昔も問わずインプットしていくうちに、アウトプットする場をSNSに求めた。大抵は鳴かず飛ばずだったがたまにバズることもあったりして、歌手になりたいわけでもないけど、歌をもっともっと歌っていたいなと思うようになるのは必然だったと思う。
そんな時に受けたオーディションで運良く合格した。
本当に運が良かったのだ。
リーダーのケイトは以前は別の歌い手グループにいて、そこが解散してしまったので何個も何個もオーディションを受けてキャトショコに辿り着いた苦労人だ。その間に社会人も経験していて、企画構成や動画編集、ホームページやSNSなどのコンテンツの管理、外部の人や取引先との打ち合わせなどまでスタッフさんをまとめて裏方業務をほぼ全域網羅している。
クルは音大のヴァイオリン専攻出身という異例の経歴を持つ。けれど本人曰く「嫌ってほど凡人だった」と中退して、音楽から離れそうなところを、初めて出会ったボーカロイドに魅せられてめちゃくちゃ曲を作っているうちに有名になり、歌う方もやってみたくなって現状に至っているらしい。今ではキャトショコの楽曲の半分程度がクル兄の作った曲だ。
チカは元々声優になりたかったらしい。ああ見えてめっちゃテレビっ子で、映画とアニメで育ったからそこを目指すのは自然だったと、何かのインタビューで言っていた。そのオーディション先で、歌う方に転向してみたらとアドバイスされて、顔を出さなくてもいい歌い手になることにしたらしい。
俺はメンバーにとても恵まれている。みんなを尊敬してるし、誰が欠けても嫌だ。このまま四人で、ずっと歌を歌って、聞いてくれる人たちにちょっとした元気や幸せを届けられる存在でいたい。
事務所の専用パソコンの前でカタカタカタカタ仕事するケイトの隣で、次の“歌ってみた”で四人で歌う予定の曲をパート割りしながら、ぼんやりとみんなのことや将来のことなんか考えていると、「わ、」と驚くようなリーダーの声に、はっと意識を取り戻した。
「なんかあった、ケイちゃん?」
「ごめん、驚かせちゃったね。ミズちゃん、ちょっとこれ聞いてみてよ」
にこにこ笑いながら手渡された彼のヘッドフォンを装着すると、少しして流れてきたのは、チカの歌声だった。
この前みんなで録った“女の子にモテる”歌企画で、チカが歌ったバラード曲だ。吐息混じりの低音が、耳許で愛の言葉を囁いてくるのに、ぞくりと背中が粟立つ。曲が終わるまで身動ぎひとつできないまま、俺は唇を噛み締めていた。
「……チカちゃん、すごくない?また歌声が色っぽくなったよね。この前、取引先のひとにも、チカくんの声聞くと乙女に戻りますーって言われて、…ミズちゃん?顔、真っ赤だよ?」
「へ!?え、あ、暑い…かも!?ちょっと今日厚着してきたちゃったかなあ」
パタパタ手で仰ぐが、恐らく顔の火照りがひいたりはしないだろう。
動画を撮ってる時は、相変わらず歌上手いなあとか、声かっこいいなあとか、そんなことしか思わなかったのに。素の綾谷瑞季のまま、こんな声聴いてしまったら…
「だ、だめかも……」
ぱたん、と突っ伏す俺に、「だ、大丈夫!?体調悪い!?」とケイちゃんが目に見えてオロオロする。
そこへいつものドスの聞いた声が新しく降ってきて、嫌々顔を上げた。
「こいつの場合、体調どうこうじゃねえと思うけど」
「…クル兄ぃぃ…!」
スタッフさんたちへの差し入れだろうか、大量のスポーツドリンクを袋に提げたクルが、呆れたような顔で立っていた。
汗をかいたペットボトルを一本おもむろに頬に当てられ、突然の冷感に発熱したような頭がやや冷えていく。
「ミズキ、こいつはアホだしバカだし鈍感だしあとアホだから、こいつの領分以外のことで心労を増やすな。これ以上こいつの仕事遅れたら今週のスケジュールまじで間に合わなくなる」
クル兄の発言に、「…あれ、今アホって2回言わなかった?」と首を傾げる天然リーダーを横目に、ハイ、と頷くしかなかった。
クル兄はケイちゃんやスタッフさんたちにもペットボトルを配りながら、「オラ、お前は馬車馬のように働け。まだ配信の企画案も通ってねえぞ」とケイちゃんの首根っこを掴んでデスクに座らせていた。
本人もこのままお目付け役を兼ねて仕事をしていくつもりなのだろう、横に腰を下ろして、少し考えた後、ぽんぽんと俺の頭を二回叩く。
「そういうことはケイトより俺のが適材適所だろ?いつでも話聞いてやるから、まあ思う存分悩めよ、童貞くん?」
ニヤリ、と不敵に笑う笑みがあまりにかっこ可愛くて、「俺よりちっちゃいのにクル兄がカッコ良すぎて勝てる気しない〜〜」と唸ると、今度は本気で腹にグーパンを喰らった。
公式プロフィールでは180cmを名乗っているクル兄が、実は172cmしかないことは最近ファンの間でも公然の秘密になっている。
そんな時に受けたオーディションで運良く合格した。
本当に運が良かったのだ。
リーダーのケイトは以前は別の歌い手グループにいて、そこが解散してしまったので何個も何個もオーディションを受けてキャトショコに辿り着いた苦労人だ。その間に社会人も経験していて、企画構成や動画編集、ホームページやSNSなどのコンテンツの管理、外部の人や取引先との打ち合わせなどまでスタッフさんをまとめて裏方業務をほぼ全域網羅している。
クルは音大のヴァイオリン専攻出身という異例の経歴を持つ。けれど本人曰く「嫌ってほど凡人だった」と中退して、音楽から離れそうなところを、初めて出会ったボーカロイドに魅せられてめちゃくちゃ曲を作っているうちに有名になり、歌う方もやってみたくなって現状に至っているらしい。今ではキャトショコの楽曲の半分程度がクル兄の作った曲だ。
チカは元々声優になりたかったらしい。ああ見えてめっちゃテレビっ子で、映画とアニメで育ったからそこを目指すのは自然だったと、何かのインタビューで言っていた。そのオーディション先で、歌う方に転向してみたらとアドバイスされて、顔を出さなくてもいい歌い手になることにしたらしい。
俺はメンバーにとても恵まれている。みんなを尊敬してるし、誰が欠けても嫌だ。このまま四人で、ずっと歌を歌って、聞いてくれる人たちにちょっとした元気や幸せを届けられる存在でいたい。
事務所の専用パソコンの前でカタカタカタカタ仕事するケイトの隣で、次の“歌ってみた”で四人で歌う予定の曲をパート割りしながら、ぼんやりとみんなのことや将来のことなんか考えていると、「わ、」と驚くようなリーダーの声に、はっと意識を取り戻した。
「なんかあった、ケイちゃん?」
「ごめん、驚かせちゃったね。ミズちゃん、ちょっとこれ聞いてみてよ」
にこにこ笑いながら手渡された彼のヘッドフォンを装着すると、少しして流れてきたのは、チカの歌声だった。
この前みんなで録った“女の子にモテる”歌企画で、チカが歌ったバラード曲だ。吐息混じりの低音が、耳許で愛の言葉を囁いてくるのに、ぞくりと背中が粟立つ。曲が終わるまで身動ぎひとつできないまま、俺は唇を噛み締めていた。
「……チカちゃん、すごくない?また歌声が色っぽくなったよね。この前、取引先のひとにも、チカくんの声聞くと乙女に戻りますーって言われて、…ミズちゃん?顔、真っ赤だよ?」
「へ!?え、あ、暑い…かも!?ちょっと今日厚着してきたちゃったかなあ」
パタパタ手で仰ぐが、恐らく顔の火照りがひいたりはしないだろう。
動画を撮ってる時は、相変わらず歌上手いなあとか、声かっこいいなあとか、そんなことしか思わなかったのに。素の綾谷瑞季のまま、こんな声聴いてしまったら…
「だ、だめかも……」
ぱたん、と突っ伏す俺に、「だ、大丈夫!?体調悪い!?」とケイちゃんが目に見えてオロオロする。
そこへいつものドスの聞いた声が新しく降ってきて、嫌々顔を上げた。
「こいつの場合、体調どうこうじゃねえと思うけど」
「…クル兄ぃぃ…!」
スタッフさんたちへの差し入れだろうか、大量のスポーツドリンクを袋に提げたクルが、呆れたような顔で立っていた。
汗をかいたペットボトルを一本おもむろに頬に当てられ、突然の冷感に発熱したような頭がやや冷えていく。
「ミズキ、こいつはアホだしバカだし鈍感だしあとアホだから、こいつの領分以外のことで心労を増やすな。これ以上こいつの仕事遅れたら今週のスケジュールまじで間に合わなくなる」
クル兄の発言に、「…あれ、今アホって2回言わなかった?」と首を傾げる天然リーダーを横目に、ハイ、と頷くしかなかった。
クル兄はケイちゃんやスタッフさんたちにもペットボトルを配りながら、「オラ、お前は馬車馬のように働け。まだ配信の企画案も通ってねえぞ」とケイちゃんの首根っこを掴んでデスクに座らせていた。
本人もこのままお目付け役を兼ねて仕事をしていくつもりなのだろう、横に腰を下ろして、少し考えた後、ぽんぽんと俺の頭を二回叩く。
「そういうことはケイトより俺のが適材適所だろ?いつでも話聞いてやるから、まあ思う存分悩めよ、童貞くん?」
ニヤリ、と不敵に笑う笑みがあまりにかっこ可愛くて、「俺よりちっちゃいのにクル兄がカッコ良すぎて勝てる気しない〜〜」と唸ると、今度は本気で腹にグーパンを喰らった。
公式プロフィールでは180cmを名乗っているクル兄が、実は172cmしかないことは最近ファンの間でも公然の秘密になっている。
