How will the love triangle work out?

 次の日、いつものように登校し放課後になるといつものように勉強会をした。そして終わるといつものように笹尾は奏を送ってくれた。
「あのね、笹尾……」
「ん?」
「……家に寄っていかない?」
「いいの?」
奏はコクリと頷くと、笹尾は嬉しそうに口角を上げている。
 また、昨日のような思いをしないとならないのかと思うと、心が壊れそうだった。

 自宅に着くと、笹尾と共に二階の自室に入る。テーブルを挟んで互いに座ると、奏は改まったように正座をした。
「笹尾、あのさ……俺、笹尾のこと好きだよ」
笹尾は改まった奏の言葉にポカンとし、余程びっくりしているのか口が半開きになっていた。
「じゃあ……俺と付き合って……」
「それはできない!」
笹尾の言葉を遮るように奏は言った。
「俺、笹尾のこと好きだけど、他にも好きな人いるんだ……」
呆然とした様子で奏の言葉を聞いていた笹尾だったが、メガネの下から涙が一筋流れた。
「さ、笹尾……?」
 メガネを外した笹尾はすぐ手で顔を覆った。
「ごめん……なんか涙が……」
笹尾は涙を我慢しようとしているのか、体が小刻みに震え、ううっ……くっ……、と言葉にならない声が口から洩れている。
(笹尾……そんなに、俺のこと……)
そんな笹尾の姿を見て胸が締めつけられる。
「笹尾のこともその人のことも大好きなんだ……どっちか選べって言われても選べない……!こんな気持ちを抱えて、笹尾ともその人とも付き合えない……」
 笹尾の肩は小さく震えていたが、不意に笹尾は顔を上げた。そして奏はそのメガネを外した笹尾の顔を見た瞬間、あまりの驚きに呼吸が止まった。

「!?」

「いや、ごめん……まさか、二回も振られるとは思わなかった……昨日はなんとか泣くの我慢できたけど、さすがに二回も振られるなんて……」
そう言って笹尾はシャツの裾で涙を拭っている。
「奏?どうしたの?」
奏は先程から、笹尾を指差し口をパクパクとさせている。
「ケ、ケ……ケイコーチ⁉︎」
やっと絞り出した声は裏返っていた。
「え?」
笹尾は奏の様子に戸惑っているようで、片眉が上がっている。

 奏は自分の目を疑った。目の前には、あのケイコーチがいる。
(え?え?なんで?今、笹尾と話してたよね?!なのになんでケイコーチがいるの?俺、夢でも見てる??)
 奏は全く状況が把握できず、益々奏の頭は混乱した。

「えーと……奏?落ち着こうか?」
笹尾は奏の隣に腰を下ろすと奏の手を握ってきた。
「もしかして……俺とケイコーチは別人だと思ってた?」
奏は小さく何度も頷いた。あまりの驚きに瞬きを忘れ大きな瞳を更に大きくし、笹尾を凝視した。

「俺の名前は笹尾慶翔(ささおけいしょう)だからケイコーチ。俺んちテニスクラブ経営してるんだ」
「で、でもケイコーチは左利きだった!笹尾は右利きじゃん!」
「ペンと箸は右に直されたんだよ」
「だ、だってこの前の体育のテニス、右でラケット持ってたし……」
「テニスコーチしてる人間が、素人相手に本気出せるわけないだろ?だから右でやったんだよ……もしかして奏は、メガネで混乱してる?」
奏はコクコクと大きく何度も頷いている。
「メガネだとテニスしてる時は邪魔だから、コンタクトにしてる」
奏はまだ信じられない様子で笹尾を見つめている。

「いいか、奏。笹尾とケイコーチは同一人物なんだ!」

笹尾は握った奏の手を大きく上下に振った。
「ホント……に?笹尾とケイコーチは同じ人……なの?」
奏の大きな瞳には涙が浮かび声も震えている。
「そう、同じ!だから悩む必要なんてないんだよ、奏!」
そう言って笹尾は、奏の華奢な体を抱きしめた。
「う……うわーーん!良かった……!良かったよお……!」
奏は笹尾の胸に顔を押しつけると、声を上げて泣いた。

 一方笹尾は、まさか奏が《笹尾とケイは別人》だと思っていたとは夢にも思わなかった。知らなかったとはいえ奏が悩んでいたと知り、笹尾の胸は酷く痛んだ。
 なぜ、どちらとも付き合うことをしないという決断に至ったか、奏を問いただしてみると、伊藤からのアドバイスだったという。

『おまえの性格上どちらかと付き合うとか、ましてや二人同時に付き合うのはきっと無理だ。だったら、どちらとも付き合うのはやめた方がいい」
 そう言われたのだと。

「余計なことを……!」
 少しおバカであるが故、素直な奏は伊藤のアドバイスをまともに受け止めてしまったのだろう。
「でも、結局はいとティが俺たちのキューピットってことになるんだよね」
笹尾的にはそれもなんだか癪ではあったが、そういうことになってしまう。
「まぁ、そうだな……奏との勉強会は、伊藤さんがテニスの相手してくれるって条件で引き受けたことだったから」
「そうだったんだ。今もいとティがテニスするの想像できない、俺」
「昔は結構凄い選手だったんだよ、今はあんなだけど。何度か相手してもらったけど、一回も勝てたことないし……」
そう悔しそうに笹尾は言った。
「でも、今回は勝てそうな気がする……」
 いつもヘラヘラしている伊藤だが、変に鋭いところがある男だ。もしかしたら、奏の二人の好きな人が誰かだったことに気づいていたのではないかと思えてくる。もし、それに気づいた上で奏にアドバイスをしたのならば、許すまじ言動である。その怒りの矛先をテニスにぶつけてやろう、そう笹尾は思った。

 笹尾は赤くなってしまった奏の目元にそっと触れると、
「好きだよ、奏。改めて……俺の恋人になってくれますか?」
その言葉に奏は再び声を上げて泣いた。
「俺も……好き、大好き! 笹尾の……ケイコーチの恋人になるーー!」
そう言って笹尾に抱きついた。
「なんか、複雑だなそれ……」
「笹尾とケイコーチに好きだって言われた時、凄く嬉しかったけど、どっちかなんて選べなくて……心が壊れそうだった……」
「うん……辛い思いさせてごめん」
「でもね、今は大好きな二人が同じ人だったなんて、凄く得した気分!」
奏は涙を拭いながら笑った。

 互いに見つめ合うと唇を重ねた。

 後日、笹尾は伊藤とのシングルス対決を圧倒的な強さで初勝利を収めたと聞いた。