How will the love triangle work out?

 次の日、奏は笹尾をまともに見ることができなかった。笹尾を見る度に心臓がバクバクと大きく鳴り、顔が酷く熱くなる。笹尾も昨日の今日で奏とどう接して良いのか戸惑っている様子で、その日一日互いにぎこちない空気が流れていた。
 幸い今日は勉強会がない日だ。奏はそれに内心安堵し帰宅すると、テニス教室に行っている弟の秋を迎えに行くべくテニスコートに向かった。

 いつもならケイを食い入るように見ているはずなのに、今日はあまりケイの姿が目に入ってはこない。終始、笹尾とのキスが頭から離れないのだ。 

「うわーーん!」
 その時コート内で大きな泣き声が響いた。目を向けると秋が膝を抱えコートに蹲っている。
「秋!」
ベンチから立ち上がり、奏はコート内の秋に駆け寄った。
「大丈夫か?!」
「兄ちゃーん!痛いよー!」
秋の華奢な左膝から血が流れ、捻ってしまったのか左の足首を抑えている。
「少し足を捻ったかもしれない」
ケイはそっと左足首に触れ、
「立てるか?」
そう言って秋をそっと立たせた。
「歩ける?」
秋は泣きじゃくりながら、首を大きく振っている。
「無理か……分かった」
ケイはそう言ってしゃがみ背中を秋に向けると、秋はその背中に張り付くように体を預けた。
「念のため、病院に連れて行った方がいいな」
テニス教室の責任者である一番年配のコーチが言う。
「家に母親いるんで、家に帰って連れて行ってもらいます」
そう言って、ケイにおんぶをされコートに出て行く秋を追った。
「俺が……」
 反射的にそう言いかけたが遮るように、
「いや、大丈夫。家まで送るよ」
「でも、歩いて来てるから……あ、母さんに迎えに来て……」
「私、お家まで送ってってあげるわよ」
近くにいた同じテニス教室に通う生徒の母親が声をかけてくれた。
「お願いしてもいいですか?」
 ケイがその母親に言っているのを見た奏は、
「いや!大丈夫です!」
 大きく首を振った。
「送って行ってもらいなさい。山崎さんお願いします」
 年配のコーチに言われてしまい、奏は口をつぐんだ。

 結局その母親に家まで送っていってもらうことになり、自宅にいた母親がすぐに救急の病院に連れて行くことになった。
 家に奏だけが取り残され、手持ち無沙汰になった奏は風呂に入ることにし、風呂から出て時計を見ると既にレッスンが終了している時間だった。

 不意に玄関のインターフォンが鳴った。秋と母親が帰って来たのかとも思い、インターフォンの画面を覗くと、そこには帽子を目深に被ったケイの姿が映っていた。
(ケイコーチ……!)
 奏は慌てて玄関を開けた。
「こんばんは」
「こ、こんばんは……」
 驚きで奏は固まっていると、
「秋は?」
 ケイにそう言われ、ハッと我に返った。
「あ、まだ病院……なんか、混んでるみたいで」
どうやら秋を心配して様子を見に来たようだった。
「そっか……」
「よ、良かったら中で……」
その言葉にケイの肩が僅かに揺れた気がした。
「いいの?」
ケイの切れ長の目がこちらに向けられ、奏は大きく頷いた。

 リビングに通すと奏は麦茶をケイの前に置いた。奏はケイの横に腰を下ろし、麦茶に口をつけている。
「髪……濡れてる」
 不意にケイが言葉を発して、ケイを見ると相変わらず射抜くような目で自分を見ている。奏はその視線に落ち着くことができず、ケイと目を合わすことができない。
「さっき、お風呂入ったから……」
奏は気付いたことがあった。

(ケイコーチの声と笹尾の声、似てるんだ)

 そう思うと、雰囲気まで似ているように思えてくる。ケイもあまり口数が多くないのは、レッスンを見ていて感じていた。だが、子供たちに優しく小さい笑みを浮かべ、言葉数が少ないながらも一生懸命コミュニケーションを図ろうとしている姿は、自分に勉強を教える笹尾と重なった。
 その時テーブルに置いた奏の携帯が鳴った。見れば母親からで、凄く混んでいてまだまだ帰れそうにない、夕飯は適当に食べて、というメッセージだった。
「まだ帰れそうにないみたい」
そうケイに告げると、そっか……と小さく口の中で呟き、人差し指で鼻を撫でた。

 しん、と静まり返ったリビングに、憧れのケイと二人きり。奏にはその空気に耐えられそうない。何か話さないと、そう思っても言葉が浮かんでこない。

「あのさ……」
 急にケイが口を開き、
「ひゃ、ひゃい!」
ケイと二人きりという状況に、奏は緊張から妙な声をあげてしまった。

「好きなんだけど」

ケイの表情に変化はないが、膝の上で組まれた両手が落ち着かない様子でしきりに動いているのが目に入る。
「……なにが?」
「好きなんだ、おまえが」
ケイの唐突なその発言に奏の頭が追い付かない。

「…………」

たっぷり数秒の間が空いた後、
「ええーー!!?嘘だ!」
奏は声を上げた。
「嘘じゃない」
 相変わらずケイの表情は崩れない。
「好きだ」
ケイの左腕が伸び、奏の右肩を掴んだと思うと半ば強引に体を引き寄せられた。
 いつも被っている帽子はいつの間にかなく、帽子を取った端正なケイの顔が目の前まで迫ってくる。呆然とその整った顔を眺めていると、顔が近付いてきてキスをされた。最初は啄むように、その間隔が短くなるとケイの温かい舌が奏の口内に侵入してきた。拒まないといけないのに、ケイの舌使いの気持ち良さに奏の頭はぼうっとしてくる。
(気持ちいい……)
奏はケイの舌使いに翻弄され、されるがままにケイの舌を追った。

 ふと、笹尾の顔が浮かびケイの体を力なく押した。

「駄目なの?」
再び体を引き寄せられると再びキスをされ、下唇を甘噛みされた。
「あっ……」
そんな声が奏の口から漏れた瞬間、
「ただいまー」
 玄関から母親の君江の声が聞こえ、二人は大きく肩を揺らした。奏は慌てて起き上がると、何事もなかったように母親を出迎えた。

「遅くなっちゃってごめんね……あら、ケイコーチ。あっくん!ケイコーチ来てるわよ!」
君江の言葉に玄関からドタドタと慌しい音が聞こえ、弟の秋が現れた。
「ケイコーチ!」
秋の左膝には痛々しいガーゼと足首には包帯が巻かれていた。
「お邪魔してます」
ケイはソファから立ち上がり、頭を下げる。
「どうですか?具合は」
「軽い捻挫ですって。だから、治るまではテニスはお休みするようなの」
その言葉に秋が抗議の声を上げている。それを宥めるようにケイが秋の頭に手を置き、秋に何やら言い聞かせているようだった。

 その光景を奏はぼうっと見つめていた。先程まで、ケイとキスをしていた。そして、好きだと告白された。
 不意に笹尾の顔が浮かび酷く罪悪感が込み上げ、胸が締めつけられたような痛みを感じた。

 奏はケイが帰ろうとするのを見ると、玄関を出てケイを呼び止めた。
「あ、あの……!」
 奏に気付き、ケイは目の前に立つと、
「本気で好きなんだ。付き合って欲しい」
声は少し震えていて、その言葉が嘘ではないのだと分かった。
 脳裏に笹尾の顔が浮かび、
「少し……考えさせて下さい」
「うん……分かった。じゃあ、また」
ケイを見送ると、奏は暫くその場から動くことができなかった。

 ずっと憧れを抱いていたケイからの告白を受け、今まで遠くから眺めていただけの存在が、恋愛対象として目の前に現れた。笹尾を好きだと自覚した途端、そこにケイの存在が加わってしまった。
(どうしよう……笹尾が好きなのに、ケイコーチのことも好きになっちゃったよ……)
頭の中はぐちゃぐちゃになり、気づけば涙がポロポロとこぼれていた。