How will the love triangle work out?

 四時間目の体育ほど拷問はないと奏は思う。
(眠すぎ……)
グラウンドへ向かいながら、大きく一つ欠伸をする。
「でっけー口」
横から声がして目を向けると、笹尾が口角を上げてこちらを見ていた。
「笹尾……ご飯の後の体育は拷問だよ!今眠れたら最高に気持ちいいだろうな」
奏はそこでもまた一つ欠伸をした。
「まあ、分かるけどな」
笹尾も釣られて欠伸をしている。
グラウンドに着くと、
「今日、テニスだってさ」
川瀬が奏に言ってくる。
「俺は経験者の立花と組むから、おまえは笹尾とでも組んでくれ」
川瀬は立花と肩を並べるとニヤニヤしている。
「あ、ずりー!」
チラリと隣りにいる笹尾を見る。
「テニスかあ……笹尾やったことある?」
そう尋ねると、人差し指でメガネを押し上げ、
「うん、少し」
「ホント?!テニスってむずくない?ラケットのアミアミにボール当たらない」
「アミアミ?ああ……ガットね。ボールから目を離しちゃうからじゃない?最後までボール見てれば当たるよ」
「秋も同じこと言ってた!弟もテニス習ってて、たまに相手させられるんだけど、全然ラリー続かなくて『兄ちゃん!ボールちゃんと見て!』っていっつも言われる」
そう言うと笹尾の口角が上がり、柔らかく笑ったように見えた。
体育教師の「二人一組でペア作れー」という声が飛んでくると、
「笹尾!じゃあ、組もう!」
「いいよ」
あまり運動が得意そうではない笹尾に、さほど期待はしていない。適当にやって早く授業を終わらせたい、そう軽く思っていた。

 「軽くラリーした後、ゲームするぞー」
教師の言葉に奏と笹尾をコートの端に移動する。
「いくよー」
ラケットを握りボール目がけてラケットを振る。
辛うじてあたるものの、
(変なところいっちゃった)
笹尾の正面に打ったつもりが、だいぶ右側に反れてしまった。
「うわー、変なところいっちゃう!ごめーん、笹尾」
だが笹尾は長い右腕を伸ばしボールを捉える。
「全然大丈夫だよ。ボール良く見て、最後まで目離さない」
「ボールからぁー!目を離さない!」
そう言葉にしながらラケットを振ると、綺麗な弧を描き、笹尾の正面にボールが飛んで行った。
「そうそう、いいね。うまいうまい」
その後も、コントロールが滅茶苦茶な奏のボールを笹尾は難なく返しくる。
「結構うまいじゃん、笹尾」
笹尾の返球は確実に返ってきて、長いラリーも続き会話する余裕も出てくる。

 集合の声がかかり生徒が集まると、
「じゃあ、1ゲームだけ試合するぞー」
教師が適当に割り当てた対戦相手は、よりによって林と酒井だった。
(げぇー、マジかよ……)
二人は対戦相手が自分と笹尾であることで、絶対に勝てると確証したのか林は、
「負けたほうが勝ったほうにジュース奢りな」
そんなことを言ってきた。
「ちなみに、俺と酒井は小中テニススクール通ってたから」
林がニヤつきながら、親指で自分と隣にいる酒井を示した。
「えー!やだよ!」
そんなの勝てるわけがない、奏は抵抗するも林と酒井はコートに向かって行ってしまった。

 「どうしよう、笹尾……」
笹尾に目を向けると、しきりにガットを弄っている。
「え?なにが?」
「負けたらジュース奢りだって」
奏はしょぼくれた声をもらす。
「へえ、ジュース奢ってもらえるの?」
「勝たないと奢ってもらえないよ!」
そう言って奏は頬を膨らませている。
「じゃあ、勝てばいいんじゃない?」
「二人とも小中テニススクール通ってたんだって。勝てるわけないよ」
再び頬を膨らませると、不意に笹尾は膨らんだ奏の頬を大きな手で掴み、
「大丈夫だよ」
そう言った。
 笹尾が言うとどうにかなりそうにも思えてくるが、秋の相手にもならない自分が経験者相手に勝てるとは思えない。

 ネット越しに酒井と林と向き合うと、
「サーブはやるよ」
酒井は余程自信があるのかボールを渡してくる。
「ありがとう」
酒井からボールを受け取った笹尾に駆け寄ると、
「どうすんの?なんか作戦あるの?」
奏は不安そうな声をもらす。
「前にいてくれるだけでいいよ」
「え?」
「ネットに張りついてくれればいい。で、飛んできたボールだけ打って」
「わ、分かった……!」
 そのとき笹尾の黒縁メガネが不気味に光ったように見え、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

 後ろでサーブを打とうと構えている笹尾を見る。なんとなくぎこちない構えで「大丈夫」と、何を根拠に言っているのか不安になってくる。
「こっち見なくていいから、前だけ見てて」
笹尾にしては珍しく少し張った声だった。
奏は大きく頷き、前を見る。
ポーン、とゆっくり弧を描き奏の頭上をボールが通過していく。
(おっそー……!)
 弟のテニス教室をいつも見ていて、ケイや他のコーチ陣とボールの勢いが全く違うということが奏でも分かる。構えもケイと比べて全然格好よくない。
酒井も難なくボールを返球している。
(ホント大丈夫?!なんなら秋のがいい球打ってるぞ……ケイコーチ見てるから、全然違うのが分かっちゃうな)
 奏の脳内で、テニスをするケイが浮かぶ。

 相変わらず笹尾の打つボールは、ポーンポーンと大きく弧を描いている。思わずボールを目で追い、後ろで構えている笹尾を見た。右手に持ったラケットをボールに合わせてゆっくり振っていたが、奏の視線に気づいた笹尾は、
「前見てて!」
先ほどより大きめな声で言われ、思わず肩をすくめた。 
 しばらくラリーが続いたが、業を煮やした酒井が決めようとボールを叩きにいき、ネットにかけた。
「クソー……球が遅過ぎてリズムが合わねぇ!」
そう毒づき、苛立ったように地面を蹴った。
「やったー!1ポイント取った!」
「おめーは全然球触ってねぇだろ!」
苛ついた酒井は奏に向かって指を差している。
「次行くけどいいかな?」
笹尾は特に喜んだ様子もなく淡々とした口振りだ。

 2ポイント目。相変わらずゆっくりとしたサーブを笹尾は放つ。林が返し笹尾が返す、をしばらく繰り返す。
「アウト!」
林が声を上げた。
「嘘だ!全然入ってた!嘘つくなよ!」
明らかにコート内に入っていたのを、奏は見ていた。
「セルフジャッジですから、こちらがアウトと言ったらアウトなんですぅー」
腹立つ物言いに奏は地団駄を踏む。
 「笹尾!さっきの絶対入ってた!」
後ろの笹尾に駆け寄ると、
「少し奥を狙い過ぎたかな」
そう言ってメガネを押し上げている。
「今度はアウトって言われないように、もっと内側狙うから。そっちに飛んできたボールだけ気をつけて」
「わ、分かった!任せろ!」
奏の言葉に笹尾は小さく頷いた。

 奏はネットに張り付き再び構える。
そしてまたラリーの応酬。だが、酒井が痺れを切らしたのか、今度はネットに張り付いている奏を狙い始めた。
「う、うわー!!」
思わずラケットで顔を覆うと、ボールの当たる感触があった。奏が構えたところにたまたまボールが当たり、それがネット際にポロリと落ちた。
「な、なんだよ、それ!」
「どこ打ってんだよ!林!」
「お前が佐倉を狙えって言ったんだろ!」
とうとうペア同士でケンカが始まってしまった。
「良くやった」
笹尾が大きな手を奏の頭にポンッと置いた。
「ハハ……めっちゃまぐれだけど」
まぐれであっても、笹尾に褒められて悪い気はせず、奏は照れたように頭をかいた。

 3ポイント目。
 酒井は左右にひたすら動いてボールを返球している。だいぶ疲れも見えてきている。
「クソー……」
そんな声が聞こえた瞬間、奏に向かってボールが勢い良く飛んできた。条件反射で思わず体を屈める。
(やばっ……!球早くて逃げちゃった……笹尾取れるかな……)
次の瞬間、物凄いスピードで奏の目の端に黄色い何かが通過した。
「え?」
奏だけでなく、酒井と林も動きが止まっている。
「たまたま……いいところに当たってくれたな」
笹尾はポツリとつぶやいた。
(な、なんだ、たまたまか……びっくりした)
「次のポイント取れば勝ちだから」
「う、うん!」
奏は、
(これで終わりますように!)
そう心の中で祈った。

 笹尾がサーブを打ち、酒井とのラリーが続く。酒井は左右に走っている。一方の笹尾は動いている気配は後ろから感じられない。
「いったよ!」
笹尾の声にハッとする。
(ボールから目を離さない!はなさ……ない!)
「振って!」
笹尾の言葉と同時に奏はラケットを振った。
バコン!と鈍い音と共に、奏が打ったボールは前衛にいた林の額に命中した。ボールが当たった勢いで、林は尻餅をつき、
「いてー!!」
と、情けない声を上げた。
「やったー!勝った!」
「佐倉!てめー!!」
怒りで肩を震わせている林に奏は舌を出す。笹尾に駆け寄ると、
「良くやった」
奏の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「酒井!林!約束通り、ジュース奢れよ!」
奏はラケットで二人を指す。
「ちくしょー……!」
「ムカつく!」
分かり易く二人は悔しがり、
「分かったよ!」
二人は互いをど突き合いながらコートを去っていった。
「経験者相手に良く勝てたよ!すげー、笹尾!」
「強い球が打てれば勝てるってわけでもないんだよ、こういう競技は」
「そういうもん?」
「そういうもん。ここですよ、ここ」
そう言って自分のこめかみを指差している。
「げぇー、結局、頭いい自慢かよ」
笹尾の発言に奏はげんなりする。
(少し見直したと思ったけど、前言撤回!)
そんなことを思いつつも、笹尾とのテニスは楽しいと思った奏だった。