How will the love triangle work out?

 実は奏には憧れている人がいた。憧れというよりも推しに近いかもしれない。

 十才下の弟の秋が、市で開催されている『ちびっこテニス教室』に通い始めた。たまたま母親に頼まれて迎えに行ったとき、そこでコーチの一人として務めているのが『ケイコーチ』だった。

 年は大学生くらいの、二十歳前後。上背があり手足が長くスタイルが良かった。テニスで鍛えられた身体は、服の上からでも逞しいことが分かる。
 いつもキャップを目深に被っているせいで分かりにくいが、その奥にある目は切れ長でくっきりとした綺麗な二重瞼なのを奏は知っている。初めて見たとき、物凄く整った顔立ちだと思った。

 皆に『ケイコーチ』と呼ばれていて、フルネームは分からない。あまり口数は多くはなかったが、子供たちと接する時に少しはにかんだような笑みが幼く見えて、可愛いところもあった。初めてあの笑みを自分に向けてくれたとき、胸が大きく高鳴ったのを覚えている。未だにまともな会話は挨拶程度だったが、目が合えばケイは微笑みかけてくれる。その顔を見たいがために、テニス教室が行われる日は母親に代わり奏が秋の迎えに行くのが日課になっていた。

 その日もひたすら奏はケイの姿を目で追っていた。
 左利きらしいケイは左手にラケットを握り、リズム良く球出しをしている。時折、人差し指で鼻を撫でる仕草が目に入った。
「ボールを良く見るんだよー」
「そうそう、いいよー」
優しく子供たちに声をかけている。
その視線を感じたように、ケイがこちらに目を向けた。ケイの口角が上がり、薄っすらと笑みを向けられた気がした。
(カッコイイ……)
 あれだけの容姿でテニスコーチなどしていれば、きっとモテるに違いない。現に、レッスンを受けている母親たちには大人気で、いつも大量の差し入れをもらっているのを毎回見かける。

 その日も週に一回ある、ちびっ子テニス教室の日で行きは母親の君枝が送り、帰りは奏が迎えに行く。
 学校から帰り、クリクリの天パの髪をセットし直し制服から私服に着替える。準備が整うと奏はテニスコートへ意気揚々と向かった。
 テニスコートに着くと、真ん中二つのコートを使ってレッスンをしている。今日もケイは白いキャップを被り、黒い半袖Tシャツと白いハーフパンツ姿。綺麗に筋肉のついた手足をさらけ出していた。

 少し離れた所からケイを眺めていると不意に肩を叩かれ、振り返ると奏の頬に指らしき物が突き刺さった。
指の主はニヤリと笑い、
「よっ」
と、言った。
「いとティ! なんでいるの?」
そこには担任の伊藤が大きなラケットバッグを担ぎジャージ姿で立っていた。
「なんでって、テニスしにきたんだよ」
「いとティ、テニスやるの?全然イメージじゃないんだけど」
「昔は結構強かったんだぞー」
「なんだろ……テニスする爽やかなイメージがない」
「テニスはイメージでするもんじゃないんだ!おまえこそ何やってんだ?」
「弟がそこのコートでやってる、テニス教室に参加してて」
そう言ってレッスンをしているコートを指差した。
「あぁ、市で開催してるやつか。俺、あの後あいつと練習なんだよ」
「あいつって……ケイコーチと知り合いなの?!」
「ケイコーチ?」
「伊藤さーん!受付してきたよー」
伊藤を呼ぶ声すると、
「わり、行くわ。じゃあな」
「うん」
 意外な接点を見つけてしまった。伊藤からケイのことを色々聞けるかもしれない。そう思うと、いつもは鬱陶しいと思っている伊藤の存在も有り難みを感じたのだった。

 レッスンが終わり、ケイが伊藤たちのいるコートに入って行くのが目に入る。ケイと伊藤が何やら話し、ケイがこちらに目を向けた。伊藤がラケットを持った手を奏に向かってブンブン振っている横で、ケイも軽く手を振っている。そのケイの姿に顔が熱くなるのを感じ、奏も小さく手を振り返す。奏の目には伊藤の姿は霞んで見え、ケイのはにかんだ笑顔しか目に入らなかった。
不意に腰に重みを感じると、
「兄ちゃん、帰ろうー!」
弟の秋がしがみついてきた。
「楽しかったか?」
手にしていたタオルで顔を拭いてやると、
「うん!楽しかった!」
満面の笑みを浮かべ返事をしてくる。
「兄ちゃんも楽しかった」
「テニスしてないのに?」
「そう、してないのに!」
秋と手を繋ぎ、二人で繋いだ手を大きく振りながらテニスコートを後にした。