かわいいって言うな

「もー。どいつもこいつも人の顔みりゃかわいいってほかに言うことねえのかよ!」
 ぶつぶつと文句を言いながら伊吹はラーメンを啜る。ラーメンは今日も美味い。しかし、先ほど会ってきた男はよくなかった。途中までは会話も弾み雰囲気も悪くなかったのに、伊吹の地雷を踏みぬいた。悪気はないのだろうが、地雷には変わりない。「伊吹くん、かわいい顔してるね」と。
「荒れてんなあ、伊吹」
 閉店直前で客も少ない店内でカウンターの中で要が笑っている。いつの間にか呼び方が神谷から伊吹になっていることに気付いているが、伊吹は突っ込んでいない。どう突っ込んだらいいのかわからないのだ。
「かわいいとか男に対して言うことか?」
「まあ、一般的には言わんけどな」
「一般的にじゃなくて言わねえだろ」
 伊吹は言うだけ言って煮卵にかぶりつく。いつも無言で乗せられるトッピングの煮卵。増え続けている美味しい借り。もぐもぐと咀嚼して飲み込むと、伊吹は盛大に溜息をついた。
「武藤はさー、かわいいとか言われんのに縁なさそうじゃん。いいなー」
「無駄にビビられっけどな?」
「お前、ガッコだと無口だから勘違いされてるだけじゃん」
 学校でもバイト先と同じように笑えばいいのに、と伊吹は怪訝な顔をした。要の目つきの悪さは無口であることが余計に増強しているだけで、喋って笑えば目つきの悪さは相殺されると伊吹は思う。だが、要は学校では変わらず伊吹とも話さず誰ともろくに話さないままだ。
「いーんだよ、ガッコはアレで楽だし」
 要は気さくな笑みを浮かべたまま軽く返してくる。
 諦めてるのかな。
 伊吹はふと要に対してそう思った。
 バイト先で年上のバイト仲間や店長に信頼されている。器用で気もきく。要には居場所がすでに出来上がっていて、無理に学校に居場所を作らなくても困らないのかもしれない。
 そこまで考えて伊吹はラーメンを啜った。自分は? という疑問を伊吹はスープと一緒に飲み下す。その疑問は自分で抱えてはだめな種類だ。
 伊吹はラーメンを食べ切ってスープを飲み干してどんぶりを置いた。
「伊吹のはさー他は知らんけど、ガッコじゃいじられんのに腹立てて意地張ってるだけじゃん? そりゃかわいいよ」
 要が伊吹に何気なく言った。
 ──かわいいと言われた。
 普段ならば条件反射のように伊吹は怒るのだが、なぜかその条件反射が起きなかった。それから要が学校での伊吹のことを見ていたことに遅れて気付く。
「……お前、今なんつった?」
「意地張ってるだけじゃんって」
「その後」
「かわいいって」
 確かめたが、やはり腹は立たない。それどころか腑に落ちた気さえする。
「どーした、伊吹」
 どんぶりを下げる要を見ながら伊吹は無言で首を傾げる。かわいいと言われて納得したことなど一度もない。いつもは腹立たしいばかりだ。
 少しだけ、鼓動が早くなっている。伊吹はそのことを知っていたが口には出さなかった。その代わり。
「武藤、お前、またかわいいっつったら殴るかんな」
 悔し紛れに伊吹はカウンターに突っ伏してそう言った。