かわいいって言うな

 伊吹の目論見は連敗記録を更新し続けている。ほぼ毎回相手の男が口を滑らせ、『かわいい』と言われ、伊吹が腹を立てて帰る。今のところ、ホテルに誘われるようなことは要に助けられて以来ない。あの時の男ががっついていたのだろうと伊吹は勝手に決めつけている。
 SNSの相手と会うのは繁華街のゲームセンター付近が多く、伊吹はすっかり要のバイト先のラーメン屋の常連になっていた。誰かと約束をして、三十分から長くて一時間半ほど外で会う。その後に伊吹は要のバイト先でラーメンを食べる。煮卵は毎回、要が伊吹のどんぶりに乗せてきた。客が多くなければ伊吹は要にその日の相手のことを愚痴る。──借りを返しに来てるはずなのに、増えていくばかりだ。
 教室では相変わらずろくに話をしないが、学校の外では伊吹は要とよく話すようになっていた。
 バイト終わりの時間までだらだらと居座り、要のバイトが終わるとゲームセンターでゲームをしながらだらだらしていることもあった。しかし、数回で店長が「高校生のガキがそんなところで溜まってだべってるくらいなら店でやってろ」と言い、伊吹と要は閉店後のラーメン屋でくだらないことをしゃべり合っていた。
 伊吹は店長に毎回差し入れだと言ってペットボトルの茶を一緒に買っていく。店長は毎回「ガキが気ィ使ってんじゃねえ」と言いながらペットボトルを受け取った。
 そんなある日の夜。
「お前さ、週の半分は来てるだろ。メシ食いに。神谷んちってどーなってんの。家でメシ食わねーの?」
「あー……ウチ、親帰ってくんの遅いから、いつもこんな感じ。外で食わない日はコンビニ弁当かカップ麺。ここで食ってる方が美味いしー。ついでに用事も済ませられるしー」
 ぺた、とカウンターに頬を付けたまま伊吹は怠そうに返事する。その食習慣が伊吹にとって当然の日常で疑いようもない。
「神谷の用事ってさ、なんなん。いつも用事って言ってどっか行ってへこんで帰ってくるじゃん」
 ふと要に訊かれて、伊吹はどう答えるか迷った。
「なんつーか、出会い? 探してる感じ。俺、ガッコで相手作る気ないし」
「なに。ナンパか?」
「まあ、そんなもん」
 どちらかと言うと伊吹はナンパされる側なのだが、そこまで説明する必要はなく、伊吹は話を濁した。
 ただ、恋人という存在に憧れている。相手が男であるというのはネックではあるが、高校生らしい欲求だと伊吹は思う。恋人とデートしてリードされたい。そんな些細な望みが伊吹には随分と難しい。
「知らんけど、彼女とかって作ろうとしてできるもんなのか? それって好きと違くね?」
 ペットボトルのウーロン茶を飲みながら要は首を傾げている。悪気がないのは伊吹にもわかる。しかし、伊吹にとっては図星を突かれた。
「うるせー。武藤に関係ないじゃん」
 伊吹はぷい、とそっぽを向いてペットボトルの茶を飲んだ。少し空気が重くなった。奥の厨房から明日の豚骨スープを仕込んでいる香りがしてくる。店内の奥でスープを煮出している寸胴の湯気でほんのり湿度が高い。
「おう、要。あんまり坊主のことに口出しするもんじゃねえぞ。坊主だってなんも考えちゃいねえ訳じゃねえだろ」
 奥の厨房から店長の声がした。思わず伊吹はほっとする。フォローされたのは確かなのだが、伊吹はどう言い返していいのかわからなかった。