かわいいって言うな

 翌日の教室で要は普段通りだった。昨晩困っていた伊吹を助けたことも、コーヒーショップを出た後駅まで送ってくれたことも何も言わない。
 元々、伊吹と要は普段から親しい間柄ではなかった。伊吹は男なのにクラスメイトからかわいい、かわいいとからかい半分に構われ、要は整った顔立ちに反する目つきの悪さで遠巻きにされる存在だ。昨晩、駅まで送ってもらったことはその場で礼を言った。
 伊吹からわざわざ要をかまう必要はない。同性愛者である自覚のある伊吹は学校というコミュニティの中ではなるべく目立ちたくなかった。顔立ちのせいでかわいいと毎日のように何かと言われるが、悪気のないものは仕方ない。しかし、恋の相手をこの狭いコミュニティの中で作ろうとは思わない。
 高校生の恋愛など簡単に壊れてしまう。
 なのに、学校というコミュニティには三年間所属し続けなければならない。高校二年の夏休み明け。ちょうど折り返し地点。伊吹は高校生活で自分が同性愛者であるという波風を立てたくなかった。
 ──だから、学校外の人と会ったのに、失敗した。
「あーあ。人生うまくいかないものだね」
 思わず伊吹が呟くと、前の席の森健吾がはは、と笑った。
「伊吹、なに壮大なこと言ってんだよ」
「え? なんか壮大だっけ」
「十七で人生とか語るなよ」
「あー……そりゃそうだ」
 伊吹もつられてはは、と笑った。たかが一度、SNSで繋がった人と会って失敗した。恐らくよくあることだ。さすがに人生に例えたのは大袈裟だった。
 ぱたりと伊吹は机に突っ伏して別のことを考え出した。SNSのコミュニティは無限にある。その中には同性愛者のコミュニティもあり、誰がどうしたからといって大きな話題になるものでもない。昨日会った人はたまたま話が合いそうだと思っただけだ。
「そういえばさあ、健吾。武藤くんってどんな人だっけ」
 顔だけ上げて伊吹は訊いた。
「ん? 武藤? あいつアレじゃん。ツラはいいのに目つき凶悪すぎて本当かどうかわかんねー様な変な噂ばっか流れてんじゃん。誰も本当のことなんて知らないんじゃね?」
「どんなの」
 こて、と伊吹は首を傾げた。
「ヤクの売人やってるとか、ヤクザの舎弟とか、中学んときに傷害事件起こしたとか」
「ふーん。それはさすがに噂だろうねー」
 あっさりとした返事をして伊吹は再び顔を伏せた。昨日の要は柄は悪かったが、普通の高校生だったように伊吹は思う。──少し、むかついたが。
 SNSとあまり変わらないのかもしれない。人のことなど表面的な情報では判断できない。ただ、学校という場所は少なくともあと一年半は解体されないコミュニティだ。伊吹には向かない。誰と誰が付き合いだしたなどという話は男女の間に限って成り立つ。学校では伊吹は異端者なのだ。
 伊吹は後ろの方の席にいる要をちらりと振り返った。要は気付かなかったが、伊吹は昨晩のことを思い出し再び苛ついた気分になり再び机に突っ伏した。