「へえ、伊吹くんってかわいいね。……かわいいし、男でもいっか」
目の前の男が言った言葉に神谷伊吹は反射的に怒ろうとしたができなかった。強引に掴まれた片手の力が、存外強くて振りほどけなかったのだ。男は伊吹の反応など見もせずに伊吹を引っ張ったまま歩き出そうとしている。向かう方向はいわゆるラブホ街。
「待って! 俺は嫌だから!」
いくら制服ではないとはいえ、伊吹は高校二年生だ。帽子などで顔を隠しているわけでもない。どう見ても未成年なのだ。──それに、伊吹は一言も同意などしていない。
「なんで? 伊吹くんってゲイなんでしょ。じゃ、いいじゃん。かわいいし、オレ多分いけると思うんだよね。興味あったし」
「嫌だって言ってんじゃん!」
「あんまり大きい声だしたら目立っちゃうよ。補導とかされたら伊吹くんの方が困るんじゃないの? オレは誤解ですーって言えばいいだけだしー」
「そんなつもりで来たんじゃないしっ!」
夜の繁華街の歩道の端で揉み合いをしながら、伊吹は困り果てた。確かに伊吹は同性愛者だが、SNSで繋がって気が合った相手と会っただけでホテルに誘われるなどとは思っていなかったのだ。しかもその理由が『かわいいから』『男でもいけると思う』という外見での判断。明確な性欲の捌け口。伊吹にそのようなつもりは全くなかった。
──やだやだやだっ!
引きずられそうになりながら伊吹は精一杯抵抗していた。
「おい、なにしてんだよお前。ダセーな。年上のくせしてガキ一人もろくに口説けねえのかよ」
ふと男と伊吹の間に聞き覚えのある低く鋭い声が割り込んできた。伊吹が声の方に顔を向けると、そこにはクラスメイトの武藤要がいた。要は整った顔で普段よりいっそう凶暴な目つきで男を睨んでいる。男が一瞬呆気に取られて伊吹の手を掴む手が緩んだ。
「お前もこんな奴にかまってんじゃねーよ。行くぞ」
男の手が緩んだ隙をついて要は伊吹の腕を掴んできたかと思うと、そのままずんずんと歩いていく。伊吹は今度は要に引っ張られ、男から離れていった。後ろは振り返らなかった。
近くのコーヒーショップの席に落ち着くと、伊吹はようやく慌てた。男にホテルに連れ込まれそうになっているところを要に──クラスメイトに助けられてしまった。もちろん、伊吹が同性愛者であることは学校では秘密だ。
「──あの、武藤くん」
先ほどの要の言葉を思い出しながら伊吹は口を動かした。『ガキ一人もろくに口説けねえのかよ』つまり、伊吹は口説かれているように要には見えていたのだ。男に。
「このことは──」
「あー、お前も災難だよな。よりによって男に口説かれるなんてなー」
どうやら要は伊吹が先ほどの男に一方的に口説かれて困っていたと勘違いしているらしい。伊吹にとっては都合のいい勘違いだったため、そのままこくこくと頷いた。
「お前さ、自己防衛ユルガバなんじゃね?」
先ほどより鋭くはないが、やはり目つきが悪いままの要が口の端だけで笑った。その笑い方にかちんときた伊吹は要になにか言い返したくて口を開いたが、上手い言葉が見つからなくて口を閉じた。
「お。なに。反論?」
にやりと笑った要にそう言われ、伊吹は余計に口を噤んだ。
目の前の男が言った言葉に神谷伊吹は反射的に怒ろうとしたができなかった。強引に掴まれた片手の力が、存外強くて振りほどけなかったのだ。男は伊吹の反応など見もせずに伊吹を引っ張ったまま歩き出そうとしている。向かう方向はいわゆるラブホ街。
「待って! 俺は嫌だから!」
いくら制服ではないとはいえ、伊吹は高校二年生だ。帽子などで顔を隠しているわけでもない。どう見ても未成年なのだ。──それに、伊吹は一言も同意などしていない。
「なんで? 伊吹くんってゲイなんでしょ。じゃ、いいじゃん。かわいいし、オレ多分いけると思うんだよね。興味あったし」
「嫌だって言ってんじゃん!」
「あんまり大きい声だしたら目立っちゃうよ。補導とかされたら伊吹くんの方が困るんじゃないの? オレは誤解ですーって言えばいいだけだしー」
「そんなつもりで来たんじゃないしっ!」
夜の繁華街の歩道の端で揉み合いをしながら、伊吹は困り果てた。確かに伊吹は同性愛者だが、SNSで繋がって気が合った相手と会っただけでホテルに誘われるなどとは思っていなかったのだ。しかもその理由が『かわいいから』『男でもいけると思う』という外見での判断。明確な性欲の捌け口。伊吹にそのようなつもりは全くなかった。
──やだやだやだっ!
引きずられそうになりながら伊吹は精一杯抵抗していた。
「おい、なにしてんだよお前。ダセーな。年上のくせしてガキ一人もろくに口説けねえのかよ」
ふと男と伊吹の間に聞き覚えのある低く鋭い声が割り込んできた。伊吹が声の方に顔を向けると、そこにはクラスメイトの武藤要がいた。要は整った顔で普段よりいっそう凶暴な目つきで男を睨んでいる。男が一瞬呆気に取られて伊吹の手を掴む手が緩んだ。
「お前もこんな奴にかまってんじゃねーよ。行くぞ」
男の手が緩んだ隙をついて要は伊吹の腕を掴んできたかと思うと、そのままずんずんと歩いていく。伊吹は今度は要に引っ張られ、男から離れていった。後ろは振り返らなかった。
近くのコーヒーショップの席に落ち着くと、伊吹はようやく慌てた。男にホテルに連れ込まれそうになっているところを要に──クラスメイトに助けられてしまった。もちろん、伊吹が同性愛者であることは学校では秘密だ。
「──あの、武藤くん」
先ほどの要の言葉を思い出しながら伊吹は口を動かした。『ガキ一人もろくに口説けねえのかよ』つまり、伊吹は口説かれているように要には見えていたのだ。男に。
「このことは──」
「あー、お前も災難だよな。よりによって男に口説かれるなんてなー」
どうやら要は伊吹が先ほどの男に一方的に口説かれて困っていたと勘違いしているらしい。伊吹にとっては都合のいい勘違いだったため、そのままこくこくと頷いた。
「お前さ、自己防衛ユルガバなんじゃね?」
先ほどより鋭くはないが、やはり目つきが悪いままの要が口の端だけで笑った。その笑い方にかちんときた伊吹は要になにか言い返したくて口を開いたが、上手い言葉が見つからなくて口を閉じた。
「お。なに。反論?」
にやりと笑った要にそう言われ、伊吹は余計に口を噤んだ。
