実家のアイテムショップを継ぎたくて〜実家で鳴かず飛ばずだった俺が何故か王立学園に入学することになったんですが、これって何かの間違いですよね?〜

「それでは、本日の講義はこれで終了とする。来週からは実習なども始まる。しっかり準備しておくように!」

 終業の鐘と同時に、大きく伸びをする。講義室からバラバラと出ていくクラスメイトを見送りながら、ふう、と息をついた。
 店番で動かずに座っていることは難しくない。でも、なんか教科書に載ってることが村で常識だったことと色々ズレてたりするので、若干覚えるのに苦労しているところだ。

 というか、なんで教科書に書いてないんだろうか。バジリスクの毒の抜き方とか。ワイバーンの捌き方とか。

「必要ねえんだろうな。王都には」

 バジリスクも食わねえし、ワイバーンも食わねえし。それでもこれだけ多くの人の食料をしっかり供給できてんだから、やっぱ王都ってすげえな。

「ちょっと、君」

 ふと顔を上げれば、そこには以前俺に色々言ってきたメンツがいた。
 なんかよくわからない笑顔を浮かべている。なんなんだろうこの顔。

「先日は失礼をしたね。学園が認めた特待生である君を、たかが平民と侮ったことで、殿下の不興を買ってしまった」
「……はあ」

 なんか俺、謝られてんのか、それとも怒られてんのかよくわかんねえな。

「仲直りの印に、少し情報を渡そうと思ってね」

 ニコニコと笑うその表情は、なんかどれも同じ顔に見える。
 とはいえ、言葉だけだと普通の親切心にも聞こえる。とりあえず聞くだけ聞いてみよう。

「なんすか、その情報って」
「あなた、王都にさほど詳しくはないでしょう。今まで田舎にいましたもの」
「はあ」
「だから、休みの日にでも散歩コースを教えてあげようと思ってね。どうだろう、明日あたり」

 ……うん? これはもしかして、明日散歩に誘われているということか?
 まあ、食堂のおばちゃんたちに事情を話せば、そのくらいは許してもらえるか。バイトはともかく、おばちゃんたちには休みの日はクラスメイトと過ごしたりして遊べって言われたりはしてる。

「まあ、いっすよ」
「そう。では明日、お待ちしておりますわね」

 優雅に、笑顔を振りまきながら去っていく彼らを見送って、俺はため息を付いた。
 あの人たち、絶対に仲良くできそうにねえな……。

 ◆ ◆ ◆

「休みの日に、散歩に誘われた?」

 宿題をやりながら、エドが問いかけてくる。俺も四苦八苦しながら宿題と格闘しつつ答える。

「うん、なんかよくわからんうちに仲直りの印に散歩コース教えてやるとか言われて」
「……それ、信じてよかったのかい?」
「わからんっすね」

 肩をすくめて答えると、エドはため息を付いてつぶやいた。

「アレハンド侯爵子息、ガートランド伯爵令嬢、ルサンク伯爵子息……彼らは入学直後から僕に取り入ろうと必死だった連中だ。僕がウィルと仲良くしているのが、よほど面白くないんだろう」
「そんなもんすか」
「貴族というのはね、家の盛衰が自分の一生を大きく左右する。学園で王族と同じ学年だったというだけでも、それは家の隆盛の大きなきっかけになるんだよ」
「……よくわからんっす。友だちって家族の都合で作るもんじゃないっしょ」

 俺の言葉に、エドは眩しそうに笑う。

「そんなふうに友だちを決められたら、その友だちは絶対に信用できる、大の親友になるんだろうね」
「……信用できない友だちとか友だちじゃないっしょ」

 エドは時々よくわからんことをいう。
 俺の言葉にエドは目を見張って、それから肩をすくめてクスクス笑い出した。

「ほんとだね、うん、友だちってのは信用できるものだ」
「っすよね?」
「じゃあ、その友だちに僕から忠告だ。僕なら、あの3人を友だちとは呼ばない、と言っておくよ」
「ま、気をつけておきます」

 まずは休みの日に慌てないために宿題をやっておかなければ。

「で、この問題なんすけど」
「あ、これはね」

 俺はエドと顔を突き合わせながら、教授から出された問題に向き合った。

 ◆ ◆ ◆

「このあたりは自然が多くてね、森林浴などにぴったりなんだ」
「はあ」

 翌日。
 俺は例のメンツと外に出ていた。
 森林浴、とは。村じゃこのくらいの自然はちょっと歩けばすぐにあったしなぁ。

「すごいっすね、王都。森を歩くのも一つイベントになるんすね」
「あら、あなたの郷里じゃこの程度の自然、家を出ればすぐにありましたかしら」
「まあ、そうっすね」

 それはそれは、と笑われる。うあー、やっぱ俺、このメンツと仲良くなるの無理かもしれん。

「ああそうだ、このあたりには初心者向けのダンジョンがあってね」

 一人が振り返る。ダンジョン。ああ、村にもじじばばがときどき素材を取りに潜ったりする場所があったな。

「王都にもあるんすね、ダンジョン」
「まあ、大したものではないよ。どうかな、今から肝試しにでも言ってみるかい?」
「それって散歩っすか」
「まあ、怖いんですの?」

 扇で顔を隠しながらくすくす笑うその声は、教科書を破られたときのあの声色と一緒だ。

 今更だけど、エドの「自分ならこの人たちを友だちにはしない」という言葉を思い出す。俺もそう思ってたところだけど、そういう意味ではエドの人を見る目は本物なんだろうな。

 とはいえ、ここで「興味ないんで帰ります」とか言ったら後で何を言われるかわかったもんじゃない。まあ、何を言われても俺は痛くも痒くもないけど、面倒事だけは勘弁だ。

「……まあ、いいっすけど」

 俺はこっそり息をついて、それから彼らについていくことにした。

 王都郊外、冒険者ギルドの事務所を過ぎて、王都の南門をでたすぐのところに、遺跡みたいな建物があった。

「『偽聖者の祠』。学園の実習にも使われる、『初級者向け』のダンジョンだよ」
「みんなで行くのも芸がない、君、ちょっと入って素材を取っておいでよ」
「何取ってくればいいんすか」
「なんでもいいさ。取ってこられるだろう、特待生の君なら」

 振り返ったところで見えた目は、明らかに「友だちに向ける目」じゃなかった。
 俺はため息を付いて、周りに聞こえないように小さくつぶやく。

 ……こんな嫌われることしたっけな。
 ああ、でもまあ、目障りって言われたばっかりではあるか。

「……一つ、約束してもらえます?」
「何かな」
「もしなんか素材取って帰ってこられたら、もう突っかかってくんのやめてもらっていいすか」

 彼らは顔を見合わせ、そして笑った。

「よく理解できているじゃないか。さっさと言ってこいよ」
「前々から思っておりましたのよ。あなたのような人が殿下のおそばにいるだなんて。殿下にとっても迷惑なことだとわかりませんの?」
「殿下もずいぶんと迷惑だと仰っていたよ。お気の優しい殿下の気持ちを慮って、君自身が身を引くのがいいんじゃないのかな」

 ああ、やっぱな。
 エドが俺を迷惑だと思っていたかどうかはわからないが、少なくとも影で他人に友人と呼ぶ人間の愚痴を漏らす、そんな人じゃないということはわかる。でも、そんなことを彼らに言ってやる道理はない。

『その人のいないところでその人を悪しざまに言うやつとは距離を取れ』

 親父とおふくろが口を酸っぱくして言っていたことだ。俺はコイツらと距離を取る。今決めた。
 でもまずは、とりあえずダンジョンだ。

「……よーくわかったす。ま、じゃあ行ってきます」

 そう言って、俺はダンジョンに足を踏み入れた。

 ◆ ◆ ◆

「——殿下」

 声をかけられ、エドワードは静かに顔を上げた。念のためにとウィリアムにつけておいた、エドワードの護衛……『影』の一人が戻ってきたのだ。

「何があった」
「申し訳ありません、ウィリアム様を見失いました」
「撒かれたか」
「いえ、アレハンド侯爵子息、ガートランド伯爵令嬢、ルサンク伯爵子息にダンジョンへ連れ出されたところまでは追ったのですが……あまりにも無造作にダンジョンを進まれまして」
「ダンジョンを……進む? この近くのダンジョンといえば」
「は……『偽聖者の祠』でございます」
「馬鹿者、それを先に言わないか!」

 ガタン、と立ち上がり、エドワードは叫んだ。

「僕が使える騎士の中でも腕のあるものを呼べ! あそこはSランク冒険者が去年行方不明になった、危険度Aプラスの超上級者向けダンジョンではないか!」

 部屋を飛び出し、厳しい顔で早足で歩く。「御意」という声が聞こえ、すぐ後ろで一つ気配が消えた。

 その時、談笑しながら寮へ戻ってくるアレハンド侯爵子息、ガートランド伯爵令嬢、ルサンク伯爵子息が見える。彼らは何が楽しいのか、ニコニコと笑いながら優雅に礼をしてくる。

「殿下、ごきげんよう」
「……ああ」

 優雅なカーテシーにも、応える気分にはなれないが、仕方がない。
 黙っているのをいいことに、彼らは口々に耳に毒なことを言い始めた。

「そうだ、あの平民はもう二度と殿下のお目を汚すことはありません」
「…………」
「そもそも、あの男は殿下のことを『地位をかさにきて自分をバカにする』と無礼なことを言っておりましたから、今後は相手になさらないのがよろしいかと」

 ぶつ、と頭の中で何かがブチ切れる音がした。

「……私の『影』が、君たちがウィルを『初心者向け』と偽って『偽聖者の祠』へ誘い出すところを見ている」

 低い声で言い放った言葉に、3人が凍りついた。

「もし、ウィルが戻らなければ。このことを学園側に報告する」
「そんな! わたくしたちは殿下のためを思って……!」

 叫ぶガートランド伯爵令嬢を睨み返し、エドワードは付け加えた。

「——王室が認めた特待生、すなわち王室の庇護を受ける立場の人物に君たちが何をしたのか、よく覚えておこう」

 何も言えず真っ青な顔で黙り込む3人を無視し、エドワードは歩き出す。

「騎士をここへ! これよりAプラスダンジョンで遭難したと思しき学生の救出に移る!」

 ◆ ◆ ◆

「ふいー。いい汗かいたわ」

 俺は素材でいっぱいになった袋を背負って、ダンジョンを出口に向かっていた。
 村のジジババが時々潜るダンジョンよりは楽だった。調子に乗って最下層まで潜ってしまった。

「にしても、一番底にいたあいつ何がしたかったんだったんだろなー。まあ、初心者向けだっつーんだからこんなもんか」

 外が見えてきた。袋を背負い直し、光に向かって歩く。

「よっと」
「ウィル!」

 悲鳴に近い声が聞こえて顔を上げると、必死な表情でこちらを見つめるエドと目があった。

「あ、エド。散歩っすか」

 何も言えず、エドが手にした剣を取り落とすのが見えた。
 かしゃーん、と音を立てて、草むらに剣が落ちる。
 背後に10人くらいいる騎士みたいな人が、困った顔でエドを見ている。

「え、……っと、君がダンジョンで遭難したって聞いて」
「遭難? いや、素材持ってくればもうこっちに突っかかるのやめてくれるって言うからちょっと素材取ってきたんすけど」
「え」
「てか、散歩コースとしてもいいっすねここ。運動不足解消にはもってこいって感じのダンジョンでした。いいとこ教えてもらったっす」
「あの」
「あ、素材手に入ったんすけど、あの3人には何をお土産にしよっかな。これとかどうっすかね」

 一番上にあった、最奥にいたやつからぶんどってきた杖をひょいと取り出す。
 エドのそばにいた騎士みたいな人の一人が、悲鳴を上げた。

「そ、それは、最奥にいると言われる偽聖者アスカリオンの黒杖!?」
「ああ、普通に奥にいたおっさんが襲いかかってきたんで殴り返したら、土下座で差し出してきたんでもらってきたっす。あすかりおんさん、っていうんすか」

 かしゃーん、とエドの隣りにいる騎士みたいな人も剣を取り落とした。
 ふら、とエドワードがこっちに向かって歩いてくる。安心した、と言わんばかりに大きく息をついて。

「……ウィル」
「? なんすか?」

 エドはぽん、と肩に手をおいて、それから笑った。

「ダンジョンとかない、危険な場所がない、歩くだけのお散歩コース、案内させてよ」
「いいっすね、来週行きますか」

 俺が返すと、エドは嬉しそうに笑った。