実家のアイテムショップを継ぎたくて〜実家で鳴かず飛ばずだった俺が何故か王立学園に入学することになったんですが、これって何かの間違いですよね?〜

 寮の食堂に入ってきたエドに、俺はペコリと頭を下げる。

「らっしゃーせー」
「ウィル!? どこ探してもいないと思ったら!」

 驚いた顔をしているエドに、俺はトレイを手渡した。

「何してるんだ」
「なにって、バイト」
「バイト?」

 寮の食堂のおばちゃんが、皿洗いを手伝ったら小遣いをくれたのだ。
 というわけで、ポーションを作って売ることを断念した俺は、寮の食堂を手伝い始めたのだった。

「初めて聞いた……」
「いや、俺も初めて言ったんで」
「授業前にアルバイト?」
「昼は無理なんで、朝と夜の手伝いっすね。皿洗いとか」

 言いながらスープをよそってエドに手渡す。

「あ、毒見終わってるんでもう大丈夫っすよ」
「うん、ありがとう」

 他の寮生たちも一度は驚いた顔をするが、何事もなかったかのように俺の配膳を受けてメシを食べ始める。

「ウィルちゃん、助かったわ。ありがとうねぇ。はいこれ、今日の御駄賃」
「あざーす」

 小銭程度だけど、ないよりはマシだ。ありがてぇ。

 ……と思っていたけど、俺はその日のうちに学園の人に呼び出されることになったのだった。

 ◆ ◆ ◆

「前代未聞だぞ、我が校の学生がアルバイトなど!」

 俺を面接してくれたあの人が、頭を抱えて俺を叱りつけてきた。
 朝の授業を終えたあと、普通に職員室に呼び出された俺は、首をひねって問い返す。

「なんでっすか。普通にバイトするっしょ」
「しない! いいか、この学園のほとんどの生徒は良家の子弟だ。アルバイトをするということは、すなわち『学費を払うにも難儀するほど家に余裕がない』と思われる、家名に泥を塗る行為となるんだ!」
「うち平民なんで、普通に学費を払うにも難儀するし、家に余裕がないのもホントのことなんで、別に泥をかぶる家名とかないっすね」
「それはそうなんだろうけども!!!」

 頭を抱えて絶叫されても困る。学園生活には不自由しないとは言われてるし、こないだずたずたにされた教科書も数日で全部新しいのが支給されたからありがたいっちゃありがたいけど、いい加減空いてる時間にバイトくらいしたい。

 エドが時々俺を街に誘おうとしているのは知っている。
 金がない俺が遠慮しないように何かしら金のかからない楽しみを探そうとしていることも知っている。
 バイトで金が入ったんでそんな気遣いいらないっすよ、くらいのことは言いたい。

「特待生が初めてってわけじゃないでしょうし、普通に昔はバイトとかしてたんじゃないんすか」
「いや……それが、過去の特待生は地方辺境伯の部下の子だったり、商家の子息だったりと、アルバイトをする必要が特にない学生ばかりでな……」

 ……マジかよ。

「しかも我が校の校則として『家名に恥じぬ行いを』というのもある。他の学生の手前、特待生がアルバイトをするのは外聞が悪い」

 そんな事言われたって。親父はむしろ「エバンス家に恥じねえ行い? 自分の身銭は自分で稼ぐが鉄則だろうが」とか言い出しそうだけど。

「ええ……アルバイトもダメ、ポーション作って売る内職もなし、じゃ俺、どうやって小遣い稼ぎゃいいんすか……」
「いやお前内職とかしようとしてたのか! 不許可だ不許可、内職なんぞ断じて許さんぞ!」

 相談とか云々以前にめっちゃ怒られただけで、昼飯の時間は吹き飛んだのだった。

 ◆ ◆ ◆

「なるほどねぇ……」

 薬草学の教科書を開きながら、エドは首を傾げる。

「君のポーションは絶対市場に出回ればみんな喜ぶと思ったけど、父上にダメって言われたし……」
「なんでっすかね、あんなクズポーション」

 エドはなんとも言えない顔をしたけれど、それだけで何も言わなかった。

「ところで、それは何?」
「ああ」

 俺は外で拾ってきた雑草の袋をひょいと床に置く。

「流石に王都には売れそうな雑草なかったんで、散歩がてらちょっと行って売れそうな雑草を探してきたんす。採集して売るんだったら問題なさそうだし」

 言いながら袋を広げ、中身を確認する。傷や折れもないし、これならポーション素材として売れるくらいの量にはなるかな。

「……ちょっと待って」

 教科書と中の雑草を見比べていたエドが、その中から一本取り出して俺に見せてくる。

「この薬草……もしかして、教科書のここに載ってる、これ?」

 教科書を覗き込み、確認した。

「ああ、そっすね。流石にポーション素材になるくらいだし、雑草の中でも教科書にのるくらいメジャーなんすね」
「んん?」

 エドは俺の言葉に不思議そうな顔をする。ぺらぺら、と教科書をめくって何かを確認し、それからやっぱり、と小さな声でつぶやいた。

「この薬草、ポーションの素材じゃないよ」
「え、マジっすか」
「むしろ、王都じゃ錬金研究者がエリクサーの精製に使う、とても希少な薬草だよ」

 ほら、と見せられたのは、薬草学のエリクサーレシピだった。なんかめちゃくちゃ難解な事が書いているけど、レシピを見慣れているせいか、俺でもなんとなく理解できた。

 すげえな。王都の錬金術。こんな雑草でエリクサーが作れるんだ。

「月華草。王都ではほとんど分布地域がなく、わずかに『凶獣の森』で採れるだけだと聞いたけど……」
「ああ、あの森そんな名前なんすか」
「へ」

 エドが素っ頓狂な声を上げる。かと思えばなぜかカタカタと教科書を持つ手が震え始めた。

「ままま、まさか君、行ったのかい!? 『凶獣の森』に!?」
「……っすね。え、なんか入っちゃまずいところでした?」
「まずいも何も、あそこはA級冒険者でさえ、凶悪な魔物の出現率の高さで尻込みする危険エリアだよ!?」
「そうだったんすか。確かに魔物は出たっすけど」
「……魔物、出たの」
「うん、食えるとこなさそーなのが数匹」
「け、怪我とかしてない、大丈夫かい!?」
「ああ、別にそう強いやつじゃなかったんで。普通に倒せました。マジ運が良かったす。そんなこえー場所だったとは」

 エドは黙り込んだあと、ポツリと呟いた。

「……そんな弱い魔物、あの森に出るわけないんだけどな……」
「なんか言いました?」
「いや何でも。とにかく、君が無事で良かったよ」
「あざっす。で、この雑草っすけど」

 ひょい、と月華草を取り出す。

「さすがに王都っすね。石畳が敷き詰められた街の中じゃ全然見つからなくって。村じゃアホみたいに生えてくるんで、庭の草刈りのときにガシガシ抜いてポーションの素材にしてましたけど」
「……月華草がアホみたいに生える場所なんてあるんだぁ……」
「? なんか言ったっすか」
「いやホントに何でも。といっても教科書で調べたきりで、もし本物の月華草なら王都じゃ高額取引されるものだから……一旦薬草学の先生に見てもらったほうが無難だね」
「了解っす」
「じゃ、今からちょっと先生に見せに行こう」

 言って部屋を出るエドを追いかけて、俺はもう一度雑草袋を背負い直した。

 ◆ ◆ ◆

「……間違いない、月華草です。この質なら王都の市場価格で、一株金貨2枚になる」

 薬草学の先生が緊張した声で言う。

「……やっぱり」

 エドが低い声で言う。その額には汗が伝っていた。

「君、これをどこで」
「先生、その話は一旦後で。ウィル、これをこの量一気に市場に出すととんでもないことになる」
「なんでっすか」
「王都では月華草は極めて希少な薬草だ。あの『凶獣の森』に入れる冒険者がそもそも少ない上、そんな熟練の冒険者でもこの量を見つけ出すのは至難の業なんだよ」

 へえ。そうなんだ。

「じゃあ俺、めっちゃ運良かったんすね」

 エドがなんとも言えない顔をした。何度目だろう、エドのこの顔見るの。

「これを運で済ませていいのか若干僕も判断に迷うけど。そんな希少薬草がこの量一気に市場に出回ったら、価格破壊が起きる。具体的には」

 そう言って、エドは腕を上下に振り回した。

「こう、こんな感じで、価格の乱高下が起きる」
「そんな感じっすか」
「うん。こんな感じ」

 しばし、沈黙。

 ゴホン、と咳払いが聞こえて、俺とエドは慌てて薬草学の先生を振り返った。

「殿下、エバンス君。確かに殿下のおっしゃるとおり、この量の月華草を一気に市場に出すわけには行きません。これは、一旦学園で預からせてください」
「ええ……でも、あの、俺……小遣い欲しいし……」
「小遣い稼ぎに『凶獣の森』に入り込んで月華草を乱獲せんでくれ! あと我が校はアルバイト禁止!」
「そんなぁ……」

 結局、この薬草採集も学校に止められて、俺のアルバイトは再び禁止になったものの、エドが口利きしてくれてなぜか寮の食堂の手伝いは許してもらえることになった。

「良かったね、ウィル」
「エドのおかげっす。ありがとう」
「でも、なんでそんなにアルバイトしたいのさ?」

 問われて、俺は鼻の頭をポリポリとかく。

「エドが街に遊びに行くとき、露店巡りくらいは付き合えたらいいなぁ、と」
「えっ」

 嬉しそうに顔を輝かせたエドに、俺は居心地が悪くなって教科書に顔を埋めた。