実家のアイテムショップを継ぎたくて〜実家で鳴かず飛ばずだった俺が何故か王立学園に入学することになったんですが、これって何かの間違いですよね?〜

「おはよーございまーす」
「おお、おはよう」

 朝起きて、寮の周囲をランニングで2周。警備員の人たちともすっかり顔見知りになってしまった。

「今日もランニングか? 熱心だなぁ」
「いやあ。なんか朝起きたらこのくらいしないと全然起きたって感じしなくて」

 まだほとんどの寮生が寝静まっているときだからというのもあるけど、それはともかく学園の生徒たちはほとんど用務員や警備員の人たちとまともに会話することはないらしい。以前言われた「平民が視界の中にいるのが目障り」ってのと、なにか関係があるのかもしれない。
 景色の良いランニングコースとか、教えてもらえてこっちは万々歳なんだけどな。

 いつもの感じでランニングコースを2周、帰ってきて簡単に汗を拭く。まだ隣のベッドでエドが眠っているのを確認してから、かばんの中から取り出したのは愛用の包丁と砥石だ。

「よいせっと」

 いつもどおりに座り込んでその場でしゃっこしゃっこと研いでいく。
 ポーションづくりに薬草を刻んだりするから、毎日使うのだ。

「愛用の道具は、自分でメンテナンスするべし」

 親父の言葉だ。毎日使う自分の道具、そのメンテナンスを怠った場合、親父からの鉄拳制裁が怖い。最悪の場合ケツを蹴り飛ばされる。

「……いま親父がいないからって、手を抜いたら後で何されるかわかったもんじゃねー」

 しゃっこしゃっこ。

「薬草刻んだり、他にも色々使い道あるからなー」

 しゃっこしゃっこしゃっこ。

「よっしゃ、研ぎおーわりっと」

 その瞬間、背後に気配を感じた。

「——動くな」
「へ」
「うわぁぁぁぁ!?」

 包丁を持って振り返ったその瞬間、首に突きつけられそうになっていたナイフに俺の包丁があたった。

 ぱきぃん、と音を立ててナイフが折れる。

「あーあ、それちゃんと研いでます?」
「いや振り返った包丁があたっただけで折れる道理があるか!」
「ほらこれ、今研ぎ終わったばっかりなんで」
「研ぎ終わったばかりだからって包丁にナイフを折る力なんぞあるわけ無いだろ!」

 振り返った先にいる黒ずくめの男が何故か動揺している。さらにその肩の向こうに、起き上がったエドに向かってナイフを突きつけているもう一人。

 ……これはのんびりしている場合じゃない。でも、下手に立ち上がってもエドにナイフを突き立てられて終わりだ。

 ——あれ、もしかして、俺たち詰んでる……?

「ははは、ずいぶん無防備だな、王太子サマ。こんな警備も手薄な寮で生活するなんて」
「……陛下がつけた影がお前たちのことを見ている。僕を殺すことはできないぞ」

 緊張しているが、震えてはいない声で、エドは黒ずくめを睨みつけている。影、ってのが何を言ってるのかはよくわからんが、そりゃエドは王子様だ。護衛くらいつけているだろう。

 ……なんでそれなのに、こんなあっさり不審者が入り込んでるんだ……?

 不思議に思ったけど、とりあえず俺は床に包丁を置いた。下手に握ったままにしていると、黒ずくめたちがどう思うかは明らかだ。

「もしかして、まち針とバジリスクの毒をこの部屋に仕込んだのもお前たちか」
「あれだけの仕込みをして、なぜかお前はピンピンしてるがな」
「ああ、掃除したときに見つけたアレ、あんたらの仕業だったんすか」

 ……ひゅうううう、とさむーい気配が流れた。

「……な、なんて?」
「掃除してて見つけたんすよ。まあ中和できるんでそうしたんすけど」
「……バジリスクの毒を、中和……?」

 隣で呆然としてる黒ずくめその1に、ナイフを突きつけたままのその2がブルブルと震えだす。

「おまえ、あの毒を入手するためにどれだけの危険を犯したか……!」
「井戸端によく出るっすよね、バジリスク。毒なんて取り放題じゃないっすか」
「そんな1匹見たら30匹みたいな、ゴキブリみたいな言い方をするんじゃなぁぁぁい!」

 絶叫される。なんでだよ。まさにそんな感じじゃんかバジリスク。

「あ、そっか。王都じゃ大事件なんでしたっけ、あんなのが」
「あんなの! 言うに事欠いて、あんなの!!」

 やっべ、なんか完全に怒らせたっぽい。まあそうだろうけども。

「くそ、そのナイフをとれガキめ、オレたちの計画をぶち壊しやがったそのつけを、命で支払ってもらうぞ!」
「……その前に、エドを解放してもらえますか」
「それはだめだ。助けを呼ばれちゃ厄介だからな」
「これだけ騒ぎゃもう警備員さん来ると思うけどな」
「うるせぇ!」

 聞く気がないらしい黒ずくめその2にため息を付いて、俺は包丁を拾い上げた。

「じゃ、その1さんと交代してエドをみはらせりゃいいでしょ」
「その1さんって……おれ?」

 隣の黒ずくめその1が言ってくるので、俺は迷いなく頷いた。

「名乗る気ねーんでしょ。じゃああんたがその1、そっちがその2で」
「……ウィル、もしかしてちょっと怒ってる?」

 エドがおずおず、といった感じで問いかけてくるので、俺は肩をすくめてみせた。何を今更って感じじゃねえか。

「当然じゃないすか。ちょっとどころか激怒っすよ。友だちにナイフ突きつけられて怒らないやついませんって」

 ちょっと目を見張ったエドが、途端に輝かんばかりに微笑んだ。

「うふふ、こんな時だけど、頬が緩んじゃうね」
「なに青春してやがる! クソ、殺してやるぞこのガキ!」

 叫んだその2がナイフをこっちに向かって突きつけてくる。俺は立ち上がって、包丁を右手に握る。折れたナイフを握りしめたままのその1がその2に代わってエドのそばに立ち、その2が身構える。
 そしてそのまま、ナイフをこっちに向かって突き出してきた。

 え……おそっ。

 思いながらナイフの柄部分に包丁の刃を合わせる。
 ぱきぃん、と音を立てる。
 ナイフの柄から先がなくなっていた。

「……へっ」
「うりゃ」
「うぉおぉぉぉぉい!?」

 包丁の柄部分で脳天をガツンと叩く。へちゃ、とそのまま崩れていく黒ずくめその2を見てその1が悲鳴を上げる。
 その時、どやどやと警備員さんたちが入ってきた。

「うーす」
「うおぉぉぉい、お前さんもお前さんでなんで包丁持ってんだ!」
「いやー、朝のルーティーンで」
「包丁が!?」
「包丁研ぐのが」
「毎朝!?」
「毎朝研ぐもんすよね、包丁」

 警備員さんも困った顔をしている。抑え込まれた黒ずくめその1が、低い声で言った。

「……毎日研ぐもんじゃないだろ、包丁」
「そうなんすか?」
「そうだよ」
「なんで?」
「料理人でもねえ限り、普通は研がんぞ」

 ……俺は考えて、それからベッドに座り込んでいるエドにつぶやいた。

「すごいっすね、王都。料理人くらいしか、毎日包丁研ぐ必要ないとか」
「……逆に君がなんのために毎朝包丁研いでたのか、そのことの方が気になるけどな僕」

 なんとも言えない顔をして、エドがそう返してきた。