入学式でのサプライズから一週間たち。
とりあえず授業も始まって。
そして俺は、唐突に気づいた。
「……生活費、どうなってんだろな」
今更、とか言わないでほしい。
入寮のときにも説明されてないし、なんなら寮のメシはその都度精算ではなく、別の生徒たちはみんな食ったら食堂を出ていってしまう。
さてこのメシ代、後払いか、それとも寮で賄ってくれているのか。
後払いで親父のところに請求なんぞされていたらたまったものではない。「そんな金はねえからお前明日から食うな」とか言われたらどうすりゃいいんだ。
それにメシ代だけじゃない。この制服だってただじゃないし、教科書も普通に支給されたけど有料だろうし。
……もしや俺、今そこはかとなく詰んでいるのでは?
「なんだそんなことか」
入学のときに手のひらクルクルさせて俺のことを特待生だと認めてしまった面接官……いやもう面接官じゃないけど、その人に聞きに行くと、今まで知らずに生活してたのかと言わんばかりの目で笑われた。悪かったっすね。
「特待生は基本的に寮での生活のすべて、そして授業料も教科書代もすべて免除だ。学園が賄うことになっている」
「そりゃ助かるっすね」
「まあ、貴族の子弟はそんな必要はない。これは平民出身の特殊な技能を持つ学徒をこの学園に呼び込むための制度だからな。君のような」
「だから、俺の場合はなにかの間違いですって」
「なにかの間違いではないと入学する前に証明しておいて何をいうか」
俺別に変なことしてないし。サンドバッグのことを言ってるなら、あれはもともとサンドバッグが壊れてただけだし。
「だから、基本的には……そうだな。生活するのに何も問題はない。ただ、友だちができたときに街へ遊びに行く、なんてことになったら、当然ながら君の自由にできる金はない事になってしまうから……父上にでも小遣いを打診してみることだ」
「……小遣い、ねぇ」
基本的に村で金が必要になることは殆どないと言っていい。
アイテムショップは俺んちだし。それ以外の俺が個人的に欲しいものは、親から譲り受けるか、自分で作るかが一般的。そもそも村では物々交換が基本だ。
当然、今まで小遣い制などというものに触れたこともなく。親父に小遣いをねだったら「知らん。アルバイトでもしとけ」と返されるのがオチだ。
「しゃーねえ、バイトでもするか」
とはいえ、学校と寮とは目と鼻の先。アルバイト先なんて簡単に探せるわけもなく。
だったら、ということで、俺はある方針を固めた。
◆ ◆ ◆
「やあウィル! 今度放課後に学校の図書館に付き合って……何してるんだ」
部屋に戻ってきたエドに問いかけられて、俺はとっさに顔を上げる。
「あ、っと、エドワード王太子殿下」
途端、面白くなさそうにエドは口をとがらせた。
「やめてくれよ殿下なんて。僕のことはエドでいい」
「や、入学式のあとも言ったけど、流石に王子様を呼び捨てタメ語はどうなんだろうとおもっ……いましてですね」
「ほら、敬語なんてなれないのはいらない。君は僕にとって命の恩人なんだ。何よりこの学園で一番最初にできた友だちなんだから。せめて普通の友だちとして接してくれよ」
「や、まあ……そう、っすね。それならまあ……『命の恩人』?」
なんかよくわからんうちに変な属性を足された気がするけど。
首をひねっっていたら、なにか言いかけたエドは首を振り、苦笑してみせた。
「いいよ。気にしないで。君がそんなつもりでやったんじゃないってことはよくわかってるから」
「? 何の話っすか」
「いいから。君はそのままでいいってことだよ」
「……はあ」
「ところで、何をやってるんだ」
「内職っすね」
言いながら、小さな鍋の中身をくるくるかき回す。焦げたら大変だ。
そんな俺の手元を、エドは興味深そうに覗き込んでいる。
「これ、もしかしてポーション?」
「っすね。といってもそこら辺に生えてる雑草でも作れるくらいの、滋養強壮用のポーションっすけど」
「内職って、もしかしてこれ、売れるのかい?」
「まあ、実家で作ってた一番安いポーションっすから。銅貨3枚くらいにはなるんじゃないっすか」
「へえ。毒の中和もできるし、ポーションも作れる。ウィルって結構マルチだよね」
感心したように言うエドに、居心地が悪くなる。こんなもん、実家では当たり前に作ってた。村では自作したり、畑仕事の合間にクイッと行くような、そんなお手軽なもん褒められたって。
「こんなもん、親父ならもっと美味いの作れますよ」
言いながら最後にヒョイッと家から持ってきたハーブを加える。このハーブもなくなったらどこかで調達しないといけないけど。
ふわっと香りが上がって、色味が緑から黄色に変わる。その変化を見たエドは、何かに気づいたように鍋を覗き込んでいた顔を上げた。
「……この色味と香り、もしかして……」
「おし、完成っと。確かこの辺に瓶が……あったあった」
これも実家から持ち込んだ空き瓶に詰めていく。1本、2本、3本、4本、5本。はじめはこんなもんで様子を見るか。
「……それさ、1本借りてっていい?」
「ああ、いいっすよ。大したもんじゃないけど」
あい、と無造作に手渡した瓶を丁寧に受け取るエド。さすが、育ちが出てる。
「どっかアイテムショップ知らんすか。これ休みの日に売りに行くんで」
「ちょっと待って。その前に僕が持ってるあるツテに、このポーション見せに行ってもいいかな」
「ああ、いいっすよ。別に内職つっても、急ぎで金が欲しいわけじゃないし」
そう言って、その日は鍋を片付けて、二人で宿題をやって就寝。
流石に王子様にアイテムショップの場所聞くのはまずかったかな、と思いつつ、翌日。
「うぃうぃうぃ、ウィル」
「なんすか。そんな慌てて」
夕方帰ってきたエドは、なぜか厳重に箱に入れられたポーションを慎重に取り出して、言った。
「これ、普通のポーションと違う」
「……いや、普通のポーションっすよ。レシピ間違ってないはず」
「ちがちが。レシピは間違ってないと思う。いや僕も知らないけど」
「でしょうね」
「いやそうじゃなくて。このレベルの回復量と回復速度、それに体力増強能力を持つポーション、市場には出回ってないんだよ」
ああ、やっぱ田舎の一番安いポーションじゃ内職にもならないってことか。どうしようかな。親父に教わったレシピはまだあるけど、素材の手持ちがなあ。
「……これ、王室の錬金術研究室が、金貨5枚で買い取るって言ってる」
「……は?」
突然の言葉に、俺は思わず目を剥いた。
「いや冗談きっついっすよ。こんな雑草ポーションに金貨5枚とか……いくら物価が高い王都だからって」
「いや冗談でもなんでもない。このレベル、この精度なら、金貨5枚はカタイ」
やべえな王都。銅貨3枚のつもりで内職で作ったポーション、金貨5枚で売れるんだ。物価何倍だ? 原価ほぼタダだし、3年間ためたら村で遊んで暮らせる金が手に入る。
……まあ、村で使い道なんてほぼないから、あんま意味はないけど。
「流石に高すぎません?」
「いやだから、このレベル、この精度のポーション……いやむしろエリクサーを作るには、王都では金貨5枚は必要なんだよ」
マジかよ。すげえな王都。物価高騰してんじゃねえか。
しばらく黙りこくったエドは、とてもきれいな笑顔を浮かべて両手を広げてみせた。
「少し、ビジネスの話をしないか、ウィリアム君」
「なんすか突然、改まって」
「君はこのポーションを作る。それで僕がツテに売る。取り分は君が7割、僕が3割。どうかな」
いや、どうかな、ってキラキラした瞳で言われても。
「王族が商売はまずくないっすか」
「いやこんな商材ほうっておくほうがまずいと思う僕!」
「ていうか、王都の物価状況はよくわかったんで。とりあえず宿題もあるし、休みの日によく考えましょうよ」
街にも出回ってないようなクズポーション、王都の錬金術研究室が買い取ってくれるなら、それはそれで御の字だけど。
まだビジネスの話をしたがっているエドをなだめすかして、俺たちは休みの日を待つことになった。
……のだが。
「父上からなんかよくわからない理由でウィルにポーション作らせるのはだめって言われたぁぁ……!」
今にも泣き出しそうなエドの言葉で、クズポーションの売買に関する話は流れ。
とりあえず俺はエドをなだめて、手作りポーションで乾杯した。
エバンス破壊録・その2
ウィルいわく「そのへんの雑草で作った」エリクサークラスの回復量、速度、体力・魔力増強力を誇るポーションを見せられた、王立錬金術研究所の研究者たちの自信とプライド。
とりあえず授業も始まって。
そして俺は、唐突に気づいた。
「……生活費、どうなってんだろな」
今更、とか言わないでほしい。
入寮のときにも説明されてないし、なんなら寮のメシはその都度精算ではなく、別の生徒たちはみんな食ったら食堂を出ていってしまう。
さてこのメシ代、後払いか、それとも寮で賄ってくれているのか。
後払いで親父のところに請求なんぞされていたらたまったものではない。「そんな金はねえからお前明日から食うな」とか言われたらどうすりゃいいんだ。
それにメシ代だけじゃない。この制服だってただじゃないし、教科書も普通に支給されたけど有料だろうし。
……もしや俺、今そこはかとなく詰んでいるのでは?
「なんだそんなことか」
入学のときに手のひらクルクルさせて俺のことを特待生だと認めてしまった面接官……いやもう面接官じゃないけど、その人に聞きに行くと、今まで知らずに生活してたのかと言わんばかりの目で笑われた。悪かったっすね。
「特待生は基本的に寮での生活のすべて、そして授業料も教科書代もすべて免除だ。学園が賄うことになっている」
「そりゃ助かるっすね」
「まあ、貴族の子弟はそんな必要はない。これは平民出身の特殊な技能を持つ学徒をこの学園に呼び込むための制度だからな。君のような」
「だから、俺の場合はなにかの間違いですって」
「なにかの間違いではないと入学する前に証明しておいて何をいうか」
俺別に変なことしてないし。サンドバッグのことを言ってるなら、あれはもともとサンドバッグが壊れてただけだし。
「だから、基本的には……そうだな。生活するのに何も問題はない。ただ、友だちができたときに街へ遊びに行く、なんてことになったら、当然ながら君の自由にできる金はない事になってしまうから……父上にでも小遣いを打診してみることだ」
「……小遣い、ねぇ」
基本的に村で金が必要になることは殆どないと言っていい。
アイテムショップは俺んちだし。それ以外の俺が個人的に欲しいものは、親から譲り受けるか、自分で作るかが一般的。そもそも村では物々交換が基本だ。
当然、今まで小遣い制などというものに触れたこともなく。親父に小遣いをねだったら「知らん。アルバイトでもしとけ」と返されるのがオチだ。
「しゃーねえ、バイトでもするか」
とはいえ、学校と寮とは目と鼻の先。アルバイト先なんて簡単に探せるわけもなく。
だったら、ということで、俺はある方針を固めた。
◆ ◆ ◆
「やあウィル! 今度放課後に学校の図書館に付き合って……何してるんだ」
部屋に戻ってきたエドに問いかけられて、俺はとっさに顔を上げる。
「あ、っと、エドワード王太子殿下」
途端、面白くなさそうにエドは口をとがらせた。
「やめてくれよ殿下なんて。僕のことはエドでいい」
「や、入学式のあとも言ったけど、流石に王子様を呼び捨てタメ語はどうなんだろうとおもっ……いましてですね」
「ほら、敬語なんてなれないのはいらない。君は僕にとって命の恩人なんだ。何よりこの学園で一番最初にできた友だちなんだから。せめて普通の友だちとして接してくれよ」
「や、まあ……そう、っすね。それならまあ……『命の恩人』?」
なんかよくわからんうちに変な属性を足された気がするけど。
首をひねっっていたら、なにか言いかけたエドは首を振り、苦笑してみせた。
「いいよ。気にしないで。君がそんなつもりでやったんじゃないってことはよくわかってるから」
「? 何の話っすか」
「いいから。君はそのままでいいってことだよ」
「……はあ」
「ところで、何をやってるんだ」
「内職っすね」
言いながら、小さな鍋の中身をくるくるかき回す。焦げたら大変だ。
そんな俺の手元を、エドは興味深そうに覗き込んでいる。
「これ、もしかしてポーション?」
「っすね。といってもそこら辺に生えてる雑草でも作れるくらいの、滋養強壮用のポーションっすけど」
「内職って、もしかしてこれ、売れるのかい?」
「まあ、実家で作ってた一番安いポーションっすから。銅貨3枚くらいにはなるんじゃないっすか」
「へえ。毒の中和もできるし、ポーションも作れる。ウィルって結構マルチだよね」
感心したように言うエドに、居心地が悪くなる。こんなもん、実家では当たり前に作ってた。村では自作したり、畑仕事の合間にクイッと行くような、そんなお手軽なもん褒められたって。
「こんなもん、親父ならもっと美味いの作れますよ」
言いながら最後にヒョイッと家から持ってきたハーブを加える。このハーブもなくなったらどこかで調達しないといけないけど。
ふわっと香りが上がって、色味が緑から黄色に変わる。その変化を見たエドは、何かに気づいたように鍋を覗き込んでいた顔を上げた。
「……この色味と香り、もしかして……」
「おし、完成っと。確かこの辺に瓶が……あったあった」
これも実家から持ち込んだ空き瓶に詰めていく。1本、2本、3本、4本、5本。はじめはこんなもんで様子を見るか。
「……それさ、1本借りてっていい?」
「ああ、いいっすよ。大したもんじゃないけど」
あい、と無造作に手渡した瓶を丁寧に受け取るエド。さすが、育ちが出てる。
「どっかアイテムショップ知らんすか。これ休みの日に売りに行くんで」
「ちょっと待って。その前に僕が持ってるあるツテに、このポーション見せに行ってもいいかな」
「ああ、いいっすよ。別に内職つっても、急ぎで金が欲しいわけじゃないし」
そう言って、その日は鍋を片付けて、二人で宿題をやって就寝。
流石に王子様にアイテムショップの場所聞くのはまずかったかな、と思いつつ、翌日。
「うぃうぃうぃ、ウィル」
「なんすか。そんな慌てて」
夕方帰ってきたエドは、なぜか厳重に箱に入れられたポーションを慎重に取り出して、言った。
「これ、普通のポーションと違う」
「……いや、普通のポーションっすよ。レシピ間違ってないはず」
「ちがちが。レシピは間違ってないと思う。いや僕も知らないけど」
「でしょうね」
「いやそうじゃなくて。このレベルの回復量と回復速度、それに体力増強能力を持つポーション、市場には出回ってないんだよ」
ああ、やっぱ田舎の一番安いポーションじゃ内職にもならないってことか。どうしようかな。親父に教わったレシピはまだあるけど、素材の手持ちがなあ。
「……これ、王室の錬金術研究室が、金貨5枚で買い取るって言ってる」
「……は?」
突然の言葉に、俺は思わず目を剥いた。
「いや冗談きっついっすよ。こんな雑草ポーションに金貨5枚とか……いくら物価が高い王都だからって」
「いや冗談でもなんでもない。このレベル、この精度なら、金貨5枚はカタイ」
やべえな王都。銅貨3枚のつもりで内職で作ったポーション、金貨5枚で売れるんだ。物価何倍だ? 原価ほぼタダだし、3年間ためたら村で遊んで暮らせる金が手に入る。
……まあ、村で使い道なんてほぼないから、あんま意味はないけど。
「流石に高すぎません?」
「いやだから、このレベル、この精度のポーション……いやむしろエリクサーを作るには、王都では金貨5枚は必要なんだよ」
マジかよ。すげえな王都。物価高騰してんじゃねえか。
しばらく黙りこくったエドは、とてもきれいな笑顔を浮かべて両手を広げてみせた。
「少し、ビジネスの話をしないか、ウィリアム君」
「なんすか突然、改まって」
「君はこのポーションを作る。それで僕がツテに売る。取り分は君が7割、僕が3割。どうかな」
いや、どうかな、ってキラキラした瞳で言われても。
「王族が商売はまずくないっすか」
「いやこんな商材ほうっておくほうがまずいと思う僕!」
「ていうか、王都の物価状況はよくわかったんで。とりあえず宿題もあるし、休みの日によく考えましょうよ」
街にも出回ってないようなクズポーション、王都の錬金術研究室が買い取ってくれるなら、それはそれで御の字だけど。
まだビジネスの話をしたがっているエドをなだめすかして、俺たちは休みの日を待つことになった。
……のだが。
「父上からなんかよくわからない理由でウィルにポーション作らせるのはだめって言われたぁぁ……!」
今にも泣き出しそうなエドの言葉で、クズポーションの売買に関する話は流れ。
とりあえず俺はエドをなだめて、手作りポーションで乾杯した。
エバンス破壊録・その2
ウィルいわく「そのへんの雑草で作った」エリクサークラスの回復量、速度、体力・魔力増強力を誇るポーションを見せられた、王立錬金術研究所の研究者たちの自信とプライド。


