実家のアイテムショップを継ぎたくて〜実家で鳴かず飛ばずだった俺が何故か王立学園に入学することになったんですが、これって何かの間違いですよね?〜

 翌日。寮の部屋に通されて、ベッドに置いてある制服に袖を通す。
 すげえ。村で作ってもらった一張羅よりしっかりした生地だ。制服ってこんなに高級なんだな。と、王立学園の凄さを改めて感じ入ったところで、ふと気になった。

「……ホコリっぽいな」

 入寮の前にしっかり掃除されたとは思うけど、掃除は店番の役目で、怠ければ親父の鉄拳が飛んでくる。ぶる、とその痛みを思い出して震え上がった俺は、とっさにほうきとちりとりと雑巾を探した。

「えっとたしか、用務員室に」

 案内してもらったときにちらっと見つけていた用務員室で事情を説明してほうきとちりとりと雑巾を受け取る。ついでにバケツに水を汲んで、さあ掃除開始だ。
 窓を拭いてから窓を開け、空気を取り込みながら机の上を水拭きする。ベッドの上のシーツや毛布をまとめてホコリを払い、落ちてきたまち針を拾って雑巾で拭い、机の上に置いた。

「誰だよあぶねえな、こんなところに針なんて」

 言いながらベッドと机を一箇所にまとめて床を掃き清め、それから水拭き。床に落ちてた変な匂いのするちっこい瓶も拾い上げる。

「うわくっせ、何だよこれバジリスクの毒の匂いじゃん。えーっと確か解毒には……」

 念のため実家から持ってきた解毒剤で瓶の中身ごと中和してから、これもまとめてゴミ箱へシュート。

「ぅわ、君何してるんだ」
「へ」

 部屋を覗き込んできていた制服の男子……多分リボンの色から同じ学年だろう、に声をかけられ、俺は顔を上げて、それから床の雑巾がけに専念した。

「なにって、掃除っすよ」
「……なんで?」
「ホコリくせーから」
「……普通に、掃除の役目のものがここを徹底的にきれいにしたはずだけど」

 不思議そう、というか不審そうな声でそう言われて、俺は改めてそいつの方を見た。
 金色の髪、青色の瞳。中肉中背の背丈。なんかお時話に出てくる王子様然としたやつだ。

「その割には、毛布にまち針突き刺さってたり、ベッド下にバジリスクの毒の入った瓶転がってたり、掃除のしがいがあるっすよ?」
「——は?」
「にしても、バジリスクの毒だけ取り出して何に使うんすかね、あんなもん食えるわけでもねえのに。……あ、珍味とかになるんかな」

 男子生徒は突然声色を変えた。こちらを警戒しているふうにしながらゴミ箱を覗き込む。

「あー覗かないほうがいいっすよ。中和剤は撒いといたけど、まだその辺くせーから」
「中和剤!? バジリスクの毒に!?」
「だってバジリスクは普通に毒抜きしてから食わないとだめじゃないっすか」

 言いながら、ベッドと机を今拭き掃除したほうに移動させて反対側も掃き清め、拭き掃除。こっちはむしろホコリが溜まって大変なことになっていた。

「うわやっぱりホコリくせー、掃除したんじゃねえのかよ」

 ゴミ箱を覗き込むために部屋の中に入ってきていたその男子生徒は、呆けたように俺の手際を見ながら壁際に立ちすくんでいた。

「……食う」
「は?」
「……バジリスクを、食べる?」

 別に俺の掃除の手際に感服していたわけではないらしい。

「ああ、うまいっすよ。毒抜き失敗するとちょっと腹下すけど」

 普通に答える。地方によっては食わないこともあるんだろうか。結構うまいのに。

「え、王都では食わないんすか」
「……あ、ええと……そう、だね」

 男子生徒は驚いた顔のままだ。何か言いかけてはやめ、口を開いては閉じるを繰り返している。
 何に驚いているのかわからないけど、とりあえず掃除の邪魔をしないならありがたい。俺は真っ黒になってしまった雑巾をジャブンとバケツの水の中に放り込んで、それからベッドと机の位置をもとに戻した。

「よし、掃除完了っと。ところでどこの部屋の人っすか」
「あ……、この部屋……」

 まだ呆然としているらしい男子生徒。どうやら相部屋の相手だったらしい。

「ああ、じゃあこれから一緒の部屋なんすね。よろしく」
「あ、よ、よろしく」

 流石に掃除を終えた手で握手はまずい。俺はゴミ箱とバケツとほうきとちりとりを持って、用務員室に返しに行くことに決めた。
 おっと、まち針も持ってかないとな。

「じゃあこれ、返してくるんで」
「あ、ああいや、待ってくれ。僕も一緒に行こう」
「用務員室に用事でもあるんすか?」
「いやそういうわけじゃないけど。その量、一人で運ぶのは少々面倒だろ?」

 そう言って指をさされた。確かに。バケツにほうきにちりとりに、ゴミ箱。あとゴミ箱に捨てたらまずいまち針を持って、となると、流石に両手が塞がる。

「ゴミ箱とまち針は僕が持つよ。君は他のを」
「あざーす」

 言いながら俺は相部屋のそいつといっしょに部屋を出た。
 歩きながら、そいつは突然自己紹介を始める。

「僕はエドワード。君は?」
「あー。そういや名乗ってなかったすね。ウィリアムっす。地元ではウィルとかウィー坊とか呼ばれてました」
「僕もウィルと呼んでも?」
「いっすよ」
「じゃあ僕のことはエドって呼んでくれ」
「うっす」

 そんなことを言い合いながら用務員室に入る。

「失礼しゃーっす。掃除用具返しに来ました。雑巾真っ黒になっちゃったんで、捨てといていいっすか」
「ああ、構わんよ」

 用務員のおじさんがそう言ってくるので、遠慮なくバケツから取り出して水を絞ってからその場のゴミ箱に放り込む。

「あ、そうだ。部屋掃除してて毛布からまち針出てきたっす」
「えっ」

 用務員さんの顔色が変わる。流石に危ないもんな。

「あと、なんか妙にくせーなと思ったらバジリスクの毒が瓶詰めにされて転がってたんで、中和してゴミ箱に放り込んだんですけど。これってどこで処理すればいいですかね?」
「は!?」

 用務員さんの顔色がもっと悪くなった。かと思うと突然デスク横の光るボタンをカチカチ高速で連打し始める。

「け、けけけ警備員! 警備隊!!」

 なんだなんだ。何が起きた?

 そう思っていると、どやどやと中庭に通じる扉から黒い制服を着たいかめしい男の人たちが入ってくる。

「バジリスクの毒を持ち込んだとの通報! 直ちに拘束を!」
「へ」
「貴様か、学園に危険物を持ち込んだ大罪人は!」
「ええ、いや、掃除してたら出てきたけどもう中和してあるし」
「毒を中和とか意味わからないことを言っている! 危険人物の疑い!」
「いやバジリスクの毒は普通に毒抜きしないと食えないっしょ」

 詰め寄られながら助けを求めてエドを見る。と、エドも困った顔をしながら頭を振った。

「ウィル、王都ではバジリスクを食べないし、何なら遭遇した時点で国の精鋭討伐隊が編成されるレベルの大事件なんだよ」
「ええー、村の畑荒らすし井戸端に出て鬱陶しいからだいたい干物にして食っちまうのに」
「…………」
「逆に王都では何を食うんすかね?」
「……それは今後の学園生活でわかるからおいておこう」

 言いながら、今にも捕まりそうな俺の隣に出てきたエドが声を上げる。

「彼の言っていることは驚くべきことだが、すべて本当だ。証拠となる針と毒薬の瓶もこちらで確保している」
「で……!?」

 なにか言いかけた警備隊の一番偉そうな人が、エドに膝をついて頭を垂れる。すぐにザッて音がしそうなレベルで、一斉に警備隊の人と用務員さんが膝をついた。

「え、え? どゆこと?」
「畏れ多い、頭を下げんか! このお方は……!」

 なにか言いかけた警備隊の一番えらい人が、エドの指一本で押し黙る。
 いやマジ、どういうこと?

「君たちも顔を上げてほしい。君たちの職務への忠実さはよく理解しているが、実際に私は見たのだ。彼が私の部屋のベッドしたから小瓶を発見したのも知っているし、針についてもこちらにある」
「恐れながら殿下……」

 ……DENKA? とは?? なんか聞き覚えのない言葉が出てきたぞ。

 なにか言いかけた用務員さんの言葉を遮って、エドは更に続けた。

「そもそも、彼が暗殺者ならば私の眼の前でそんなものを取り出して見せるはずがないんだ。そんな愚かな暗殺者がいるはずがない。そうだろう?」
「………………」

 警備隊のえらい人は、俺の方をみて、それから首を傾げたあと、小さな小さな声でうめいた。

「……この男なら有り得そうなバカっぽい顔してるけどなぁ……」
「悪かったっすねバカっぽくて」

 ……しばらく、なんとも言えない沈黙が続いた。

「……ともかく、だ」

 ゴホンっ、と咳払いをしたエドは、平静を取り繕っている顔をしながら続ける。

「彼の無実はこの私が証言しよう。彼が中和したという、ゴミ箱に入った毒入りの小瓶も、最初はほのかに刺激臭がしていたが、今は殆どなんの匂いもしない」

 警備員の一人が押しいただくようにゴミ箱を受け取って中身を確認する。

「この色味、ビンの中に入っているのが何らかの薬物であることは間違いないようですが……確かに、無臭です」
「しかし、中和というのは……?」
「ああ、実家から持ってきた解毒剤っすね。アレがないとバジリスク食えないんで」
「食べる、食べないの話は今はいいから」

 エドが真面目な顔で遮ってきたので、俺は静かにすることにした。

「殿下のお言葉がに従い、これ以上咎めることはしないが……」

 警備隊のえらい人が、手袋をはめて瓶を手に取りながら言う。

「念のためだ。その解毒剤とやらも提出してもらうぞ」
「ええ、じゃあバジリスクどうやって毒抜きするんすか」
「毒抜く抜かない以前に遭遇する前提で話をするんじゃない!」

 思いっきり怒鳴られて、思わず肩をすくめた。なんでだよ。バジリスク出たときに毒抜きできなきゃ食えねーじゃん。
 ……いや、そもそも論。

「……王都ってバジリスク出ないんすか」
「出ないっていうか、さっき行った通り遭遇した時点で精鋭の討伐隊が編成される大事件だね」

 苦笑するエドに、へえ、としか返せない。
 王都ってすげえな。あんな害獣一匹で精鋭部隊が出せるとか。

 感心しきりの俺の顔を見ながら、エドは困った顔をする。

「僕にしてみれば、君の郷里のほうがよほどすごいと思うけどな」
「なんで?」
「……なんでもない」

 まあなんにせよ、実家の解毒剤が根こそぎ持っていかれたのは痛いけど、また調合すれば済む話だし。エドのおかげで、俺は入寮当日に逮捕されるのだけは免れた。

 ——そのエド……エドワードが、入学式の首席あいさつという形で「王太子」と紹介されているのを目撃するのは、3日後のことである。