実家のアイテムショップを継ぎたくて〜実家で鳴かず飛ばずだった俺が何故か王立学園に入学することになったんですが、これって何かの間違いですよね?〜

 なんてこと、と目の前の女性が悲鳴を上げている。

「私の愛しいジェイムズをこんな……! 毒を盛るだなんて! あの王太子が命じたに違いないわ!」
「……母上、落ち着いてください」

 声をかけて静止しても、こちらの言葉を聞いてくれる気配もない。

 朝食に盛られていた毒は妖日草の毒。
 コーヒーに入っていたのだが、味がおかしい事に気づいて少量の摂取だったおかげで、軽い手足のしびれと体内の激痛程度で済んだ。

 侍医からは数日の療養を申し渡され、今は自宅でベッドで横になっていたところだ。

 ……だというのに、やってきた母のおかげで身を起こして対応せざるを得なくなり、今は休むどころではない。

「ああ可哀想なジミー、心配しないで、お母様に全て任せておきなさい。あなたこそこの国を、陛下の跡を継ぐにふさわしい王子。それを知っているから王太子もこんなひどいことをするのですから!」
「……いえ、ですから母上、まだエドワード王太子殿下がこのようなことを画策したという確証はないのですから」
「いいえ、いいえ! あの腹の中が見えない小僧、きっとジミーを狙っているに決まっているわ!」

 興奮の冷めない母親のヒステリックな声。違う、と声を荒げることができない自分が、どこまでも情けなかった。
 幼い頃はともに学び、ともに遊んだ異母弟、エドワード。母に見つかれば互いにひどく叱られることを知っていたから、家臣たちの目を盗んで本を持っていったり、菓子を持っていったりしたものだった。
 確かにあの子は幼い頃から頭が良く、どこか肩をいからせて周囲を威圧しているところがあったけれど。それは王子として周囲に侮られてはならないという強い意志の現れであって、懐いたジェイムズには年相応の子どものように声を上げて笑ったり走り回ったりする子だった。

 そんな、エドワードが。
 異母兄とはいえ、兄弟に、自分に、毒を盛るだなんて。

「母上、お気遣いありがとうございます。少し気分が優れませんので、今日のところはこのあたりで」

 まだ興奮冷めやらぬ母を部屋から追い出して、ため息を付く。
 そもそも自分は王になりたいなどと思っていない。自分が王の器ではないことは、自分が一番よくわかっている。
 それよりジェイムズは、なかなか向上しない農作物の収穫高や、土壌の改良など、農政の方面に興味があった。そのことはエドワードも、国王陛下も、よくわかっているはずだ。

 あの毒は、大方エドワードを擁立したい貴族の暴走といったところだろう。それが考えうる中で一番ありがちな可能性だ。そもそもエドワードはどの貴族にも肩入れしない。母である正室カトリーナ妃の実家、アトレアーナ侯爵家にも、自分の婚約者の家であるエルヴァラッド公爵家にも。あの子はそういう子だ。

 だからこそ、今まで仲の良い友だちがなかなかできなかった。王子であることを意識しすぎて、誰よりも公平で、公正で、平等であろうとする。
 それは理想だ。しかし、それでは誰一人、エドワード本人を見てくれる人はいない。

「……王立学園で、友だちができればいいのだけど……」

 そんなことを考えてため息を付いたところで、ノックの音がした。

「ジェイムズ。起きているか」

 父、オズワルド国王の声だった。

 ◆ ◆ ◆

「おお、エドワードさん筋がええのう!」
「本当ですか、ありがとうございます!」
「ダンソンさん、お客さんに薪割りとがさせんでくださいよ……」

 エドが汗をかきながら斧を振り下ろす姿を見て、俺はため息を付く。

「初めての経験ばかりで、楽しいよ!」
「いや、エドが楽しいならそれでいいんすけどね」
「こういう、日常生活に必要な仕事をやってもらって、僕たちの生活は成立しているんだね」
「まあ、野菜も肉も、薪も、誰かがやらんとっていうか、自分でやらんとどうしようもないっすからねぇ」

 俺からすれば、王立学園での生活のほうが何もしてない感じがして居心地が悪い。でも、リリーナさんとかエドの事を見ていると、貴族ってのはそういう日常の仕事を誰かにやってもらわないといけないくらい忙しいのかもしれないな。

 そういや、エドには兄貴がいるんだったっけ。忙しくしてるんなら、この村みたいななんにもない村でちょっとのんびり過ごしてもいいのにな。

 そんな事を考えていたとき、村の入口に一人の人が立っていることに気づいた。
 近寄っていって、声をかける。

「あの、村にお客さんっすかね?」
「ああ、いや、その……」

 その人は黒髪に青い瞳の男の人だった。優しそうな垂れ目で、どこか困ったようにこちらを見ている。
 やがて意を決したように、男の人は声をかけてくる。

「失礼、その、ロシュトーク村というのは、ここで間違いないのだろうか」
「そっすよ。珍しいっすね、こんな何もない辺鄙な村を訪ねてくるなんて」
「陛下……いや、知り合いから、この村を訪ねれば、私の探しているものが見つかるかもしれないと言われて」
「そっすか。何を探してるんすかね。村のアイテムショップは俺の実家なんで、聞いてもらえれば取り扱ってるかどうか大体わかりますけど」
「いや、そうではなく……」

 何が聞きたいのかよくわからないが、とりあえず商品を探しているわけではないらしい。
 喋り方やちょっと洗練された動作からして、王都の人だろう。だとするとあれか? エドが初めのうち驚いてたバジリスクの干物かワイバーンの肉? ドラゴン素材も、こないだエンシェントドラゴンを狩ったばかりだからアホほど余ってるけども。

「兄上!?」
「エドワード!?」

 駆け寄ってきたエドが男の人を兄と呼ぶ。おや。ということは。

「ああ、エドの兄貴っすか」
「兄上、どうしてここに?」
「いや、それは私のセリフなんだが……お前、いや、殿下こそどうしてこちらに」

 するとエドは少し怒ったように唇を尖らせた。

「兄上、僕はここではただのエドなのです」
「それは、どういう……?」
「友だちの帰省についてきている、ただの夏休み中の学生なのです」
「な、なるほど?」
「ですから殿下と呼ぶのはおやめください」

 クス、と空気が抜けるように兄貴さんは笑った。目を細めると、エドが言った「気性の穏やかな人」というのがよく分かる、優しい空気が漂う。

「それならば遠慮なく。——久しぶりだな、エドワード」
「はい、ジェイムズ兄上」

 笑うと、たしかにエドは兄貴さんによく似ている。

「ああ、そうだ。兄上、彼は僕の友だちのウィリアム。ウィル、兄のジェイムズだよ」

 紹介されて、ぺこっと頭を下げた。

「はじめましてっすね。ウィルっす」
「はじめまして。ジェイムズ・ルーラ・アルデイルだ。ウィル君……よもや、エドワードから友だちを紹介してもらえるだなんて思いもよらなかった。いつも弟がお世話になっています」
「いや、こっちこそエドには助けられてばっかりで」
「ところで、兄上はどうしてこちらに? お仕事はよろしいのですか?」

 振り返った兄貴さん、いや、ジェイムズさんが、困った顔をして苦笑する。

「先程の『ただのエド』発言といい、今の『仕事』発言といい、やはりただの杞憂だな」
「……まさか」

 表情を固くするエドを、片手を上げてジェイムズさんは制止する。

「気を悪くしないでほしい。お前の気も知らないどこかの貴族の暴走だろう。似たようなことは、もしかするとお前の方にも起きているかもしれない。謝らなければな」
「そんな、兄上にも被害が!?」
「気にすることはないさ。侍医には休むように言われてしまったが、母の目を盗んで逃げ出すくらいには元気だ」

 ホッと息をついたエドが、膝を押さえて呻く。

「もう、冗談にもなりませんよ……!」
「それで本題だが、父上に言われてきたんだ」
「父上から?」

 首を傾げるエドに、ジェイムズさんは頷いた。

「お前が探しているものが、ここにあるかもしれない、と。お前のことかとも思ったが、それならその後に続いた言葉が繋がらない」
「その後に続いた言葉?」
「——『トぶぞ』、と」

 何を思ったのか、エドは一瞬目を丸くしたあと、腹を抱えて笑い出す。

「あはははっ、兄上、それは絶対、ロシュトーク村を見て回れということですよ!」
「そういうことなのか?」
「はい、僕も『ぶっ飛び』ましたから!」
「褒められてんすかね……?」
「褒めてる褒めてる! 行きましょう兄上、僕たちが案内します!」

 エドはそう言うと、驚いているジェイムズさんの背中を押して村の中へ進んでいった。

 ◆ ◆ ◆

「クェッジさん、お精が出ますね!」
「おうエドワードさんでねえが。ええ芋とれたで!」

 クェッジ爺が畑から手を振る。その姿を見ながら、ジェイムズさんは驚いた顔でうめいた。

「このあたりは痩せた土地のはず……なぜこんなにも作物が」
「まあ、ちょっと変わった肥料使ってますからねぇ」

 さすがに俺も、王都近くでワイバーンの糞が肥料にできないことは学んだので、それのことかと言ってみる。けれどジェイムズさんは首を振り、独り言のように繰り返した。

「肥料? いや、肥料だけ良くても水はけが悪ければここまで実るとは思えない。一体どうして……」

 彷徨っていた目が、傍らの用水路を捉えた。

「失礼、ご老人! この用水路は一体いつから……!?」

 どこか興奮した様子で声をかけるジェイムズさん。クェッジ爺は首を傾げて、それから考え込んだ。

「さあのう、もう昔っがらごの用水路さ使っとるで」
「昔から!? この灌漑システムはまだ王都でも技術が確立していない画期的なものだ。この北の辺境で、こんな技術を見られるだなんて……!」

 なんだ。ジェイムズさん、目がイッキイキしてるぞ。
 俺の心の声が聞こえたのか、エドがすすっと寄ってきて耳打ちしてきた。

「兄上は農政にすごく興味があって。周囲が見えなくなっちゃう時があるんだよね」
「なるほど、農業オタク」

 いるいる。この村にも。変に凝りだすやつ。クェッジ爺とかその典型だ。

「この芋……! 皮にはりがあってみずみずしい! 葉も鮮やかな緑で、こんな元気な作物を見るのは久しぶりだ!」
「なんだぁ? 兄ぢゃん芋さ興味あんのけ? いぐらでも持っでけ持っでけ!」
「よろしいのですか!?」

 嬉しそうに話しているジェイムズさん。かと思えば、クェッジ爺に許可を取って畑の中へ入っていってしまう。

「ああ、こうなると兄上はもう止まらないね」
「昔っからこんな感じすか」
「子どもの僕に延々と治水や農法について話して聞かせるくらいにはね」

 そんな俺たち二人の声など知ったこっちゃねえと言わんばかりに、ためらいもせず畑の土を手にとっては歓声を上げ、畝やら農具やらについて質問をぶつけている。正直、俺でもよくわからん方向に話が進んでいっていた。

 やがて名残惜しげに戻ってきたジェイムズさんは、それでも興奮が冷めない様子で目を輝かせている。

「すごい、すごいすごい! 確かにトぶ! ぶっ飛ぶ!」
「でしょう兄上! 兄上ならこの村の農法に興味を持ってくださると思ってました!」
「ワイバーンの糞や骨粉はこの村でしか取れないが、他の魔獣であれば討伐時多少骨粉や代謝物が出ることはある。今まで捨てるしかなかったそれらを堆肥として使うことができれば……!」
「確か、南の辺境伯が農地の拡大を目指して開拓をしているとか。新しい農法の実証実験として、協力してもらえるかもしれません!」
「ああ、それにこの灌漑システムを応用すれば、土壌の改良も飛躍的に進む!」

 手を取り案ばかりに喜んでいる二人を見やって、俺はなんだ、と声をかけた。

「なんだ。二人とも、めっちゃ仲良しじゃないっすか」

 兄貴がそんな事するはずないとか、弟が暗殺に関わってるなんて杞憂だとか、そんなことを言い合ってたけど、根っこのところはちゃんとつながってて、今も途切れてない。

 二人は顔を見合わせ、少し照れくさそうに笑う。
 やっぱり兄弟だな。その笑顔は、面白いくらいによく似ていた。

「心配かけちゃったけど、もう大丈夫。ありがとうウィル」

 そう言われて、俺の方もなんだか照れくさくなる。鼻の頭を掻きながら視線をそらした。

「ま、めでたしめでた——」

 そこで、思い出す。やべ。本格的にやべえ。

「ど、どうしたのウィル」

 俺は心配そうに聞くエドに、ぎぎぎぎぃ、っとぎこちなく振り返って、言った。

「——夏休み、アホほど宿題出てたの、忘れてたっす——」
「えええええっ!?」

 エドが悲鳴を上げた。

「やってないの、まったく!?」
「え、エドはもう終わったんすか」
「だってウィルの帰省に宿題なんて持ち込みたくないもの!」

 なるほどそりゃ同感。だから俺も教科書はおろかペンすら持ち帰ってない。
 だるだるだる、と滝のような汗が吹き出した。やべえ。今からやって間に合うかな。間に合わないような気がするなぁ。

 ぽん、と肩をたたかれて振り返る。
 ジェイムズさんが、可哀想なものを見る目で俺を見ていた。

「夏休みの宿題は、あとになればなるほど苦しくなるものだぞ、ウィル君」
「——……」

 俺は唐突に考えるのをやめた。
 ああ——空が青いぜ。

「めでたしめでたし、っすね——」
「なんにもめでたくないよ!?」

 エドが悲鳴を上げて、1日早く俺は王都に帰ることになったのだった。

 ……新学期が、憂鬱だぜ。