実家のアイテムショップを継ぎたくて〜実家で鳴かず飛ばずだった俺が何故か王立学園に入学することになったんですが、これって何かの間違いですよね?〜

 翌朝。
 なんとなく早く起きた俺は、外に散歩に出ることにした。
 といってもまだ周りは真っ暗にちかい。何度か瞬きして暗闇に目が慣れたところで、俺は歩き出した。

 エドは色々考えているみたいだけども、正直なところそこまで危険なことがこの村で起きるとは思えない。いや、王子様であるエドの身の危険を軽々しく考えるつもりはないけれども、直接襲ってきても親父とおふくろが気づくだろうし、井戸に毒を流されたとしても大抵の毒なら中和できる。暗殺をやろうとしているやつらが何を考えているかはわからないけれども、あの程度で暗殺が成功するとか、エドの周りを守ってる護衛の人とか騎士の人とかをバカにしすぎじゃなかろうか。

 そんなことを思いながら、村の中央にある井戸に向かう。
 そういえば、と思い出した。バジリスクが落ちたにしては、毒が薄かったと誰かが言っていたっけ。死骸も結局見つかっていない。落ちたあと、なんとか自力で抜け出したのだろうとみんな言っていたけれども。

 ——と。

 井戸の前に誰かいる。暗がりで見にくいけれど黒い服を着た人だ。
 ……もしかしてエドの護衛の人か?
 いや、ちがう。なんていうか、気配がもう違う。

 じゃあ……。

 俺はじっとそいつの行動を見守る。
 黒ずくめのそいつは、懐からなにかの瓶を取り出し、その中身を井戸の中に注ぎ込んだ。
 ツンと臭うのは、バジリスクの毒の匂いではなく、今度は……。

「月読草っすか。それも解毒剤あるんで、中和はできるっすけど。やめてもらえません? 迷惑なんで」
「……!」

 振り返ったそいつが身を翻して走る。俺は足元に転がっていた石ころを拾い上げて、思い切り振りかぶった。

「逃げてんじゃ、ねえ、よっ」

 ばしっとあたったのはそいつの右腕だ。ちくしょう、外した。足を狙ったのに。
 そいつは右腕をかばいながらクェッジ爺の畑に飛び込むと、そのまま村の外へ飛び出していく。あの野郎、エドの命を狙っただけじゃなく芋泥棒もやってやがったか。

「次はねえ。タコ殴りにしてやる」

 ばし、っと拳を叩いてから、俺は中和剤を取りに家に戻る。
 歩きながら、ふと意識を向けると、すぐそばにエドの護衛の一人がいた。

「追いますか、ウィリアム様」
「いや、いっすよ。クェッジ爺の畑はすぐ外に森があるんで、昔っから害獣被害が多いんす。次芋狙ったら捕まるように罠仕掛けとくんで」
「……いや、あの、エドワード殿下の暗殺のほうが重要なのでは……」
「そっすね。でも村への侵入ルートはどっちにしろクェッジ爺の畑になるんで、村からすりゃ芋泥棒のほうが先っすね」
「…………なるほど」

 納得したようなしないような声を上げて、護衛の人はふいっと姿を消した。

 ◆ ◆ ◆

 ——夜半。

 彼は柵を乗り越え、畑から村に侵入した。音もなく地面に降り立つと、周囲を見渡し、人の気配を探る。

 ——いない。今朝のあの少年のように気配を完全に殺して近寄ってくるものもいないようだ。
 ほ、と息をつき、気を引き締め直す。エドワード王太子を暗殺する任務を負って数日。いまだ目的は達成できていない。

 昨日はバジリスクの毒を中和され、今日の朝にはあの少年に月読草の毒を中和された。信じがたいが、井戸への毒の混入は事実上不可能と言わざるを得ない。

 とはいえ、方法はまだ残っている。
 エドワード王太子が逗留しているのはあの少年の実家と思しきアイテムショップ。王太子には『影』がついているとはいえ、その実力も村人から場所を特定される程度の腕となれば、王都の裏社会で随一の腕を誇る彼が負けるとは考えられなかった。

 目的の王太子を殺す。
 目撃されれば、アイテムショップの住人も殺す。

 毒の中和技術が高いとはいえ、所詮は辺境の村。この仕事は何度もしくじるようなものではない。

 ——そう、思っていた。
 一歩踏み出したその瞬間、足首に奇妙な感覚。
 瞬間、顔面に向かって何かが飛んできた。

「ぶっ!?」

 慌てて手で拭う。臭い。激烈に臭い。

「なん、だ、これは……!?」
「やーい、引っかかったべ芋泥棒!」

 若い男の叫び声がして、周囲から一斉に村人が立ち上がった。
 完全に囲まれている。今まで気配など欠片もしなかったのに。

「……は?」
「もう一発くらい食らっどけ、ごの芋泥棒!」

 べちゃ、と再び顔面にこぶし大の何かが叩きつけられる。

 臭い。本当に臭い。ナニコレ。マジでナニコレ。

「どうだ、ウィルからの依頼で俺らが作った対芋泥棒捕縛兵器、その名も『芋盗りギロチン君2号』!」
「何だその恐ろしすぎる命名!?」
「畑に入り込んだ泥棒を徹底的に補足しで、一定時間でワイバーンの糞を顔面にお見舞いする秘密兵器だべ!」
「どうっすか、タカが設計、タクが組み上げた『芋盗りギロチン君2号』の威力は。すぐに自分の首を切り落としたくなるレベルで臭いっしょ」

 あの少年が、腕を組んで村の衆の中心に立ち、こちらをじっと見つめていた。
 まずい、この臭いではどこにいても補足される。一旦逃げて体勢を建て直さなければ。

「貴様……! これで勝ったとおも……!」

 顔面にワイバーンの糞と言われた激烈に臭いベッチョリしたものが叩きつけられた。

「これで勝ったと思うなよ! ここに王太子がいる限り、俺は何度でm」
「やーい芋泥棒」

 べちょっ。

「だから俺は芋泥棒じゃなくて、王太子暗殺に差し向けられt」
「うるさいべ。芋畑に入り込んだ目的なんて芋以外考えられんべ」

 べちゃっ。

「貴様ら、まだこっちが喋ってる途中でしょうがぁぁぁ!!」
「ぃやかましいわぁぁぁ!!!」

 叫んだ瞬間、さっき以上に強い威力で、ベッチョリしたものが背後から叩きつけられた。
 痛い。臭い云々以前に、ナチュラルに痛い。

「おめ、うづの畑さ何度も何度も、何度も何度も踏み荒らすおっでからに! 芋泥棒でなければ畑さ踏み荒らしてもええと思っとるんか! ああ!?」

 振り返ったところ、すごい形相の老人に思い切り詰められた。その殺気だった表情に思わず身も凍りつく。

「……そごさ座れ」
「えっ」
「座れというだら座れ!」

 老人に言われ、その場に正座する。

「なすてうづの畑さ荒らすた?」
「いや……荒らしたつもりは、な、なくて」
「荒らすだづもりながげれば、人の畑さ入っでもええのが!」
「だ、……だめです」

 村の衆が厳しい顔をして、「んだべ」「わがってるでねえが」とこちらを説教モードで睨みつけている。

「んだば、なすで荒らすただ」

 ——むりだ。

 唐突に、彼は悟った。
 この村人たちを相手に、エドワード王太子を暗殺するのは不可能だ。

 肩を落とし、口を開く。情けなさというのか、惨めさというのか、ひたすら涙が出て止まらなかった。

 ——俺が。
 王都裏社会で随一の腕を誇るこの俺が。
 芋泥棒。
 芋泥棒、以下。

「こ、この村にぃ、今滞在してるぅ、え、エドワード王太子をぉ、あ、暗殺するために来たんでずげどぉ……!」
「エドワードさんはうづの村のお客さんだべ。そったらごとするなら、おめも詫びさ入れねばなんねど」
「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃ……!」

 彼は泣き崩れた。
 それを見ながら、少年がパシッと拳を叩くのが見えた。

「一件落着、っすね」

 ◆ ◆ ◆

 翌朝。

「おはようウィル。皆さんも早いですね」
「おはようっすエド。みんな畑作業があるっすからね、エドはゆっくり寝てていいんすよ」

 起きてきたエドに、俺も片手を上げて挨拶する。ああそうそう。

「芋泥棒、捕まったっすよ」
「本当に?」
「はい、今全部武器とか自害用の毒とか取り上げて、クェッジ爺のとこで芋掘りやらされてるとこっす」
「……武器と自害用の毒?」

 聞きとがめたエドに、肩をすくめて応える。

「ああ、あの芋泥棒暗殺者でもあったらしいっす」
「皆さんに、ケガはない!?」

 心配そうに聞くエド。そんな神経質にならなくてもいいのに。まだ芋泥棒が出たのは自分のせいだと思ってんのかな。

「大丈夫っすよ。芋泥棒用にタクとタカが作った罠に引っかかって、クェッジ爺にしこたま説教食らって、反省したみたいっすから。今はおとなしいもんっす」
「……そう、よかった……。というか」

 困ったような、でもどこか楽しそうな笑顔を浮かべて、エドが肩をすくめる。

「この村での日常にしてみれば、暗殺なんて取るに足りないね。この数日逗留して、その事実が身にしみたよ」
「あ、そういや、すんませんエド、村のみんなにエドの素性バレちゃって」

 そこまで行ったところで、いつの間にか後ろに忍び寄っていたタクとタカが技をかけてきた。

「オラァ! ウィルぅ!」
「王子様と何楽しそうに話してんだオラァ!」
「いででで、おめら、何すんだこら!」
「た、タクさん、タカさん!? ウィルが変なふうに曲がってる!」

 さらに近寄ってきたおふくろが、顔を真赤にしながら俺の頭を叩いてきた。

「もう嫌だわ、エドワードさんっだら、いえ、王子様ってお呼びすべきなのかしら! 知っでいたらワイバーンだとかエンシェントドラゴンだとか、そんな田舎料理さ出すこともなかったのに、もーぉ恥ずかしい! お口に合っでながったらどうしましょう!」
「いえ、あのとても美味しかったので! それに」

 エドが微笑むのを見て、タクとタカの手が止まり、ようやく俺はなんとか脱出することができた。

「この数日間、ただのエドワードとして接していただいて、僕の方こそとても嬉しかった。できれば今後も、今まで通り接してください。お願いですから」
「……ウィル、いい友だちを持っだな」

 俺の頭をガシッと掴んだのは親父だ。

「どこかで見たことがあると思ったら、エドワードさん、おめさんむかーしお忍びで来た王家の若様の息子さんだったか」
「え、親父王様の事知ってんの?」
「あの当時はまだ王子様だったがよ」
「父のことを、ご存知でしたか」
「おめさんのように数日ごの村さ滞在してよ、帰りがけに『この村の日常に比べたら、暗殺や政争など取るに足りねえ』とが言っで帰っでっだべ」

 親父のその言葉に、目を丸くしたエドは、次の瞬間クスクスと声を立てて笑い出した。

「奇遇です、父がそのように言っていたなんて。僕も今、全く同じ気持ちです」
「褒められでんだが、貶されでんだが、わがんねえな」
「いや、貶されてんでしょこれ」

 仏頂面の親父に、俺は静かに頷いた。