実家のアイテムショップを継ぎたくて〜実家で鳴かず飛ばずだった俺が何故か王立学園に入学することになったんですが、これって何かの間違いですよね?〜

 翌朝。
 村のみんなが顔を突き合わせて困った困った言ってるところに出くわして、俺は首を傾げた。

「どしたべ、みんな」
「おおウィル、村の井戸さバジリスクが落ちだみでえでの、今井戸の中がら死骸さ取り出してるとこだべ」

 振り返ったグラッグさんがそういう。まあ、村ではよくあることだ。死骸を取り出して中和剤を撒けば元の通り使える。問題はないだろう。

「まあとりあえず、エドにはしばらぐ井戸の水さ飲まねように伝えでおぐっす」
「おお、それからの」

 ここからが本題のようで、険しい表情をしたグラッグさんが声をひそめる。

「……クェッジ爺んとごの畑さ荒らされだみでえでの」
「獣っすか」
「いや、足跡いっぺえあっだはんで、芋泥棒だ」

 なるほど、それでみんな深刻な顔をしているのか。
 獣ならまだいい。罠で捕まえて、あるいは狩って食えばいいだけの話だ。まあ食いでがあるワイバーンみたいなやつが捕まるとは限らないけれども。

 ただ人間の場合食うという選択肢はない。とはいえ、村には自警団のような組織はなく、警衛兵が駐屯する街までもかなりある。
 早い話、捕まえたってなんにもいいことがないのだ。

「芋泥棒とは、物騒だべな」
「んだな」

 その時だった。

「い、いで、いでででででっ」

 村長が悲鳴を上げる。突然の大声に、その場にいた村人全員が振り返った。

「なんだべ!」
「どうしただ、村長!」
「こ、こし、腰が……!」
「親父に言って湿布薬貰っで来るっす!」

 井戸のそばで腰を抑えて倒れている村長に、俺は慌てて家へ戻った。

 ◆ ◆ ◆

「——ぎっくり腰?」
「っすね」

 起きてきたエドに事情を説明する。村長宅には親父が出向いた。湿布だけでなく、鍼灸もやるつもりで一式持っていったので、しばらく戻ってくることはないだろう。それまでは俺が店番だ。
 カウンターで俺の隣に座りながら、エドが心配そうに眉をひそめる。

「村長さん、大丈夫なのかな」
「結構痛がってたけど、親父が行ってるんで問題はないと思うっす」
「それと、井戸の方も心配だね。そんな身近にバジリスクが出るなんて……」
「まあ、落ちられたらこっちも迷惑なんで、見つけ次第頭踏み潰して駆除するんすけどね。夜中のうちに落ちたんじゃねえかって。おかしいんすけどね。バジリスク夜行性だから、井戸にうっかり落ちるなんて考えにくいんすけど」

 しばらく、エドが黙り込む。

「……死骸は、見つかったのかな」
「え、いや……どうなんでしょう。水に落っこちたバジリスクは干物にできないんで、捨てるしかないんすよねぇ」
「いや、そうじゃなくて」

 少し厳しい表情で、エドがなにか考え込んでいる。

「毒だけを、井戸に流された……そんな可能性を考えてしまったんだ」
「なんで?」
「お忍びとはいえ、僕がここにいることを、第一王子派の貴族が知っている可能性はゼロではないから」

 ああ、そういうことか。

「だとしたら、僕がここにいるせいでみんなに迷惑が……」
「そんなことはないっすよ」

 バジリスクの毒だけを井戸に流すバカがいるとしても、あんなくせーもん、村で気づかないやつはいないし、今回のように中和されて終わりだ。そこに手間はあっても、迷惑はない。
 迷惑だって言うなら、流したバカが一番迷惑だ。

「それに目下村にとって一番迷惑なのは、やっぱあれっすね、芋泥棒。見つけ次第タコ殴りっすわ」

 ぱし、と拳を手のひらで叩く。その途端、後頭部をベシンと手のひらで叩かれた。
 おふくろだ。めっちゃいてぇ。

「やめなさいよお客さんの前で、はしたない! ごめんなさいねぇ、エドワードさん、この子ったら喧嘩っ早いというか血の気が多いというか、そのくせ村の中では一番のもやしっ子で」
「ウィルが、もやしっ子……?」

 俺とおふくろを交互に見比べて驚いたように呻くエド。まあな。木剣ぶっ壊したり藁人形ぶっ壊したり、的を爆裂させたりしてっからな。

「たぶん、タクとタカならこんなもんじゃねえっすよ。アイツら俺より強いんで、腕っぷし」
「技かけられたりしてたとき、全然抜け出せてなかったもんねぇ」

 そうエドが笑ったとき。

「エンシェントドラゴンだぁぁ!!」

 畑の方から、叫び声が聞こえた。

「エンシェント、ドラゴン……!?」

 さっと顔色を変えたエドが呻く。その額を一筋、汗が滴っていた。

「エンシェントドラゴンといえば、竜の谷で数年に一度しか生まれないとされるドラゴンの上位種……! 我が国開闢からこれまで一度として、討伐はおろか遭遇した経験すらない、伝説の巨竜じゃないか……!」

 振り返ったエドの表情が完全に凍っている。俺は振り返って、そして応えた。

「うん、教科書にはそう書いてあったっすね」
「教科書には、って……?」

 エドが呆けた顔で首を傾げる。

「エドは運がいいっすよ。ワイバーンに引き続いて今回は巨竜鍋っすか」
「…………えっ」

 何を言われたのかワカラナイ、という顔で、エドは表情を引きつらせた。

「エンシェントドラゴン、アラで取った出汁がうまいんすよね。問題は——」

 外から声がする。

「おいおい、どうするべ。村長がこんなときにぎっくり腰じゃ、あのドラゴン捌くのに20分はかかるべ」
「しかたねえ、村総出で出るべ。畑荒らされるよかずーっとマシだ」
「んだな。狩って食うべ」

 ぞろぞろ、と村のみんなが畑へ向かう。手にクワだの斧だの、モリだのを持って。

「終わったら飲めるように、ポーション多めに作っとくっすよー」
「おー!」
「たのんだで、ウィー坊!」

 店の中から声を張り上げると、片手を上げて村の衆が口々に応える。

「——問題は、マジ数年に一回くらいしか食えないことと、村長いないと捌くのに時間かかっちまうことなんすよねー」
「……ホント、暗殺とか刺客とか気にしてた僕がおバカに見えてきたくらい、ロシュトーク村っていい村だよね……っ!」

 なぜか泣き出しそうな声で、エドがそう叫んだ。

 ——ちなみにその日の夜はエンシェントドラゴンで二度目の宴会が催された。

「ちくしょう、腹立つ! 腹立つけど! 確かにお鍋のスープがすっごく美味しい!!」
「……何に怒りをぶつけてんすかエド」