実家のアイテムショップを継ぎたくて〜実家で鳴かず飛ばずだった俺が何故か王立学園に入学することになったんですが、これって何かの間違いですよね?〜

 おうい、と何処かから声がした。
 振り返ると、村の畑の方から隣のダンソンさんが走ってくるところだ。

「おお、ウィー坊でねえか! おかえり!」
「ただいまダンソンさん。で、どしたべ」
「でたでた、ワイバーン」
「ワイバーン!?」

 悲鳴を上げるエド。ああ、と俺はため息を付いた。

「いるんすよね、この時期メスが子育てで気が立ってるから。交尾にあぶれたオスが里に迷い込んじまうの」
「畑さ荒らす前に狩って食うべ」
「狩って食う!?」

 エドがいちいち驚いているのが面白い。そうなんだよな、王都じゃあんまり出ないんだっけ、ワイバーン。

「村のみんな集めるべ。今夜はワイバーン鍋!」
「お客さんいるんだから、驚かせるようなことしないでくださいよ」
「おう!」

 走り去るダンソンさんの背中を見送って、エドが振り返る。

「ワイバーン……本当に出るんだね」
「? 出るっすよ?」

 すぐに村の衆が集まってクワだの斧だの持って畑の方へ走っていく。

「僕たちも行こう!」
「行って別に楽しいことなんぞないっすよ?」

 言いつつも駆け出したエドを追いかけて畑の方へ走っていくと、ちょうどワイバーンが畑の方へ飛んでくるところだった。

「うりゃぁぁぁ!!」

 ダンソンさんが縄のついたモリを投げつける。モリは足に引っかかり、驚いたワイバーンが叫ぶのが見えた。

「こらぁぁぁ、この畑荒らし、落ちてこんかぁぁぁい!」

 怒声一発、ダンソンさんが縄を引っ張ると、必死に羽ばたいていたワイバーンが地面に叩きつけられる。
 そこへ、村の衆が一斉に襲いかかった。

「足潰せぇぇぇ!」

 誰かがバタつく脚を仕留める。

「囲め囲めえ、タコ殴りだべぇぇぇ!」

 誰かが叫び全員でクワだの斧だの振り上げては振り下ろす。
 たぶん、ワイバーンも自分の身に何が起きているのかわかってないだろう。

 それ以上に、眼の前の光景がどうなっているのか理解できていないエドの表情を失った顔がなんとも言えない。

「……えーっと」
「………………」
「……まあ、こんな感じっすね、畑荒らしたワイバーンの末路ってのは」
「こんな感じって言われても!?」
「いやまあ、こんな感じとしか言いようがないんで」

 俺としてもこれが王都に行くまでの日常の光景だったから、こんな感じとしか言いようがないっちゃ言いようがない。

「……あれ、あの、ワイバーンを討伐してる中に、ウィルのお父さんがいないようだけど」
「ああ、親父は店番忙しいっすから。ワイバーンが出た程度で店空けるわけにもいかないっしょ」
「ワイバーンが出た程度!?」
「てか、村長とか来てないんじゃないっすかね。あーうん、そうだそうだ。ワイバーンなんて村総出で狩るようなもんじゃないっすから。ほら言ってるうちに、ワイバーン沈黙したし」

 さっきまで聞こえてきた「ギャッ」とか「グゲェ!」とかいう断続的な悲鳴が聞こえなくなり、ようやく村の衆もタコ殴りをやめたらしい。

「いやあ、久しぶりにデカいワイバーンだべ!」
「この時期は美味いは美味いが、ちっこいのばっかりだでのう!」
「食いでがあるで、今日来たエドワードさん? お客さんも運がいいべ!」
「夏場のワイバーンは脂のっててうめえぞ!」

 ホクホク顔でその場で解体が始まるのを見て、俺はエドを振り返った。

「俺がドラゴン捌くの見てたエドに言うことじゃないかもしれんけど、初めて見るには若干グロいんで戻りましょう」
「……う、うん、そうだね……っていやあの」

 背中を押して戻ろうとする俺を振り返り、エドが言う。

「……ひょっとしなくても、今晩のご飯って……」
「ワイバーンすね」
「……あはは、やっぱりそっか……」

 なにかに絶望したような、それでいて好奇心に負けたような、なんとも言えない表情をして、エドは力なく笑った。

 ◆ ◆ ◆

 そして、夜半。

「えー、本日はぁ、ウィルのお友達のエドワードさんが来てくれているということでぇ」

 村の中央で話をしているのは、メガネを掛けて口ひげを生やした村の村長、ファゴッド爺さんだ。

「思えば村も、今年もバジリスクだのドラゴンだのたくさん来ただども、平和に収穫の時期を迎えられそうだはんでぇ、ごれもみんなの日頃の行いのぉ」
「村長話が長い、カンパーイ!!」
「カンパーイ!!」

 タクとタカが話を遮って乾杯の音頭を取ってしまい、なし崩しに村総出の食事会は始まった。

「お客さんのためにたぐさん作っだはんで!」
「ほれ、食え食え!」

 ということで、エドの眼の前にあるのは、ワイバーンの脚の丸焼きとワイバーン鍋。
 ……エドが思いっきり生唾を飲み込むところを初めてみた。

「大丈夫っすか?」
「う、うん、ちょっとびっくりしてるだけ……」
「あー、先に俺食うっすよ。毒見も兼ねて」
「あ、いやあの、毒見するまでもなく眼の前で調理されていくところを見ているから、問題ないといえば問題はないというか、ここで毒を警戒する必要もないかなと思わなくもないんだけど、その……」
「はあ……」
「……ごめん、先に食べてもらってもいい?」

 さすがに生まれて初めて食うワイバーンの肉を警戒しないわけには行かないよな。

 俺は鍋の肉と野菜をよそって、スープを一口。それから肉を一口。
 まあうん。いつもの味。やっぱ美味いな、夏場のワイバーン。

「……どんな味……?」
「馬肉? とシカ肉とか、そっち系の合わさったような。臭みはないっすよ。奴ら雑食ですけど、一応香草効かせてるんで」
「そっか……」

 背後を見れば、護衛の人も村の衆にあっという間に居場所がバレて、ワイバーンの肉を食わされている。
 エドの方を振り返って深く頷いたところを見ると、食べても大丈夫、という確認も兼ねての毒見のつもりもあったんだろう。

「あれ、エドワードさんはワイバーンの肉嫌いけ?」
「おふくろ、王都じゃワイバーンは普通に食卓さ出ねえだよ」
「あれ、そうなの。ごめんなさいねえ、田舎っぽいご飯しか出せなくて」
「いえ! 大丈夫、ちょっとびっくりしただけです。いただきます」

 引きつった笑顔を浮かべたエドワードが、意を決したように俺のよそった鍋の肉を口にする。

 しばらく、沈黙。

「……美味しい」
「良かったわぁ! まだまだたくさんありますから、たくさん食べてくださいねぇ!」
「あっエドワードさん、これも食ってみてよ!」

 言いながらタクとタカが差し出したのは、ワイバーンの翼膜だ。パリパリに焼いてある。魚の骨せんべいじゃないけど、村じゃガキどものおやつみたいなもんだ。

「えっ……え、ここ、食べられるの……?」

 驚いているエドの眼の前で、三人で食べてやる。ばりぼり、と音を立てて噛み砕くと、旨味が凝縮されていてこれまた美味い。

「ハイ、エドも一口」
「う、うん」

 俺が差し出した一口分を、エドもパリッと一口。

「うん、肉より旨味が濃くて美味しい……!」
「イエーイ!」
「ウェーイ!」

 タクとタカは何が楽しいのかハイタッチし、更にエドに向かって皿を差し出した。

「普段なら取り合いになるところだけど——」
「エドさんお客さんだし、特別にあげるよ!」

 差し出されたのは、よく焼けたワイバーンの頭だった。

「わ、わぁっ!」

 叫んでのけぞるエドの背中をとっさに支える。

「大丈夫っすか」
「だだだ、大丈夫ぅ」

 大丈夫じゃない声で大丈夫って言われてもあんまり信用しにくい。

「タク、タカ! おめらお客さん驚かしてんじゃねえ!」
「あっはっは! わりいわりい!」
「うめえのは確かだども、ちぃと都会の人には刺激が強すぎだか!」

 タクとタカが謝っているところで、二人の父親であるグラッグさんが両腕で二人を同時に絞め上げた。

「おめら、なぁにをしてんだ! こぉの、ばがだれが!」
「いでで、親父、ぐるじいぐるじい」
「ぐるじいぐるじい、離せって、親父ぃ!」
「すんませんエドワードさん、この、ばがどもが失礼を!」
「い、いえ、いえいえ、大丈夫、大丈夫です」

 引きずられていくタクとタカを見送って、俺は改めて胸をさすっているエドを振り返った。

「ほんとすんません、大丈夫っすか」
「うん、驚いただけだよ。大丈夫」

 ならいいんだけど。さすがによく焼けてるとはいえワイバーンの首はない。ホントさすがに。

「調子乗ると、マジでヤバいんでアイツら。ほんとすんません」
「ううん、本当に気にしないで」

 言いながら、エドが村の衆を見渡す。
 酒が入って完全に宴会になっているところもあれば、ガキどもが親によそってもらった鍋や肉をつついているところも見える。
 お客がなければこんなふうにみんなで集まることもないけれども、まあ、よく見知った奴らの、よく見知った光景だ。

「いい村だね」

 その声に、何も裏がないことは、スッキリした顔をしているエドを見ればわかる。

「そっすかね」
「うん、とても、いい村だ」

 エドの声に、俺はなんとなく照れくさくなって、小さな声で応えた。

「……あざっす」