「……うっそぉ」
寮の裏に横付けされた馬車を見て、俺はようやくそれだけ口にした。
飾り気はほとんどない。だけど明らかに耐衝撃、対魔法攻撃の障壁が張り巡らされた馬車。周囲にはピタリと護衛の皆さんが馬に乗って張り付いている。とんでもねえことになった。
後ろから覗き込んだエドが、申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、今回はお忍びで君の帰省に同行したいって言ったんだけど……周りがこれ以上は譲ってくれなくて」
「いや……いいっすけど。流石に王子様が一人でふらふら出かけるわけにもいかないっすもんね」
「あっでも、乗合馬車で帰るよりは早いよ、絶対!」
そりゃそうだろうな。乗合馬車の馬と王子様を乗せる馬車の馬がスペック同じだとは思えん。
「俺、本当に一緒に乗ってっていいんすか」
「うん。今回は僕が君のお宅にお邪魔することになるんだし、乗って行ってよ」
エドは軽く言うが、そうなると俺が普通に金をケチって乗合馬車じゃなく歩きで帰ろうとしていたとか言えなくなってしまうじゃないか。
まあぶっちゃけ、王都に来るときは急ぎだったから乗合馬車で来たけど、考えてみりゃ歩きも馬車もほとんど所要時間は変わらんのだよな。
……まあ、それはともかくとして。
「じゃあまあ、お世話になるっす」
「はい、どうぞ乗って」
というわけでいつもは絶対に乗らねえレベルの馬車に乗ること半日。
「……マジで早くついちゃったよ……」
俺とエドは村の入り口にいた。
「ウィル大丈夫? 疲れてない?」
心配そうに覗き込んでくるエドを振り返って俺は率直な感想を口にした。
「1時間乗ってもケツが痛くならない馬車とか初めて乗ったっす」
「あはは、ウィルが嬉しそうで良かった」
エドが笑ったところで、騎士の人がエドに話しかけてくる。
「殿下、我々は王都へ戻ります」
「ありがとう。ここは王都より竜の谷に近い。君たちも気をつけて帰って」
「お帰りの際にお迎えに参りますが……本当に護衛がつかなくてよろしいのですか」
「『影』がついていてくれるから大丈夫さ」
「緊急事態の場合、その『影』から知らせが届く手筈となっておりますが」
「君たちに任せる。僕は君たちがいるから、安心して友人と過ごせるんだ」
「身に余るお言葉です。それでは我々はこれにて」
騎士の人たちが馬に乗って駆け去っていくのを見送って、エドが振り返った。
「おまたせ、じゃあ行こうか」
「ウス」
歩き出したところで、畑を耕していたおばちゃんが顔を上げた。
「あ、ジーナばっちゃ。おーい」
俺が声をかけたところで、ジーナばあちゃんは嬉しそうに頭に被っていた手ぬぐいを脱いでこっちに駆け寄ってきた。
「あれ、ウィー坊、ウィー坊でねが! あれま、ちぃっと見んうづにこげなでっがぐなっでぇ!」
隣のエドがぱちくり、止めを瞬いたのが見えた。
「なんて?」
「ちーと見んうづにって……ばっちゃ、俺は春に王都さでがげだばがりでねが」
「みんな、みんなぁ! ウィー坊が村さけぇって来たべ!」
俺の方を見たエドが更に目を瞬いた。
「えーっと、な、なんて?」
「ああ、ジーナばっちゃは『ちょっと見ないうちにこんなに大きくなって』って。年寄りの訛りは結構きっついんで、初めてだと何言われたかわかんないっすよねぇ」
「あれ、ウィー坊、こん子ぉは誰だべ?」
今のはさすがに、エドも聞き取れたんだろう。胸に手を当て、ペコリと静かに一礼してみせた。
「はじめまして。僕はエドワード。学園でウィル君と同級生なんです」
「まぁー、王都の人だべ!? こーげな、なんもねぇ村さ来でいだだいで……!」
「とんでもない、ウィル君の育った村をぜひ見せてほしいと、僕の方から無理を言ってお願いしたんです」
エドの笑顔はよそ行きだけど、学園で他の生徒に詰め寄られているときの笑顔と比べればかなり柔らかい。
「あ、エド、ちょっと」
「? どうしたのウィル」
そういや、お忍びとはいえエドの事情は誰にも話さなくていいのか心配になり、ちょいちょい、と手招きして確認する。
「エドが王子様だっつーことは、伏せといたほうがいいんすかね」
「そうだね、余計な気を使ってもらいたくはないし……」
「っすよね」
「おめら、なーにをこそこそ話してんだべ?」
ジーナばあちゃんが首を傾げてくるので、なんでもねえ、と俺はとっさに返した。
「ほれほれ、ウィー坊、帰ってきたならみんなさあいさつしてくるべ! エドワードさん、ウィー坊が村さ案内しますだで、ちぃと待っとってくれろ。ほれ、後ろに控えとる黒い人、あの3人も一緒でいいべか?」
その瞬間、エドの顔色が代わった。
「ど、どうして気配を殺した『影』の人数まで……!」
「ん? 影? わがんねけども、そごとぉ、そごとぉ、そっぢの人はエドワードさんのお付きの人だべ?」
指さすのは、木の陰、草むら、何もない用水路の脇。確かに、よーく見れば俺にもそのあたりに人がいることは何となく分かる。
「ジーナばっちゃ、相変わらずだべ。さすが草むらに隠れたバジリスク踏み潰すだげのこどあるべ」
「そげに褒めでもなぁにもでんべ! うづのじっちゃのほうがよほど鋭いべ」
そんな事を話していると、エドが肩で息をつき、それから困った顔で振り返った。
「……そういうわけだから、君たちも出てきてあいさつをしなさい」
その言葉と同時に足音もなく姿を表した黒ずくめの人たちが、エドの後ろでジーナばあちゃんに膝をつく。
「彼らは僕を守るためについている護衛です。事情があって……護衛をそばから離すわけにいかない立場なものですから。どうか理解を」
「はー、エドワードさんも大変だべなぁ。いいべいいべ。なーんにもない村だけんど、ゆっぐりしでいっでくんろ」
まあ、ジーナばあちゃんは、というか、この村の人達は誰もそういうことを気にしないタイプばっかりだ。
「これで護衛さんも、ちょっとは羽伸ばせるといいっすけどね」
「一応、彼らは仕事中だからね?」
苦笑して、エドワードが肩をすくめた。
◆ ◆ ◆
「タクです!」
「タカです!」
「よろしく!」
「いてぇいてぇ、おめら再会直後に二人で技さかけるバカがあるか」
「うるせぇなんにも言わんと王都さ行きおってからに、土産もなしか!」
「そうだそうだ、土産もなしかぁ!」
「ウィル、すごい曲がり方してるけど大丈夫!?」
……なんてことがあって、ようやく俺は実家のアイテムショップにたどり着いた。
「たでーまー」
「あらウィル、あんた帰ってくるなら帰ってくるっておっしゃいよ!」
出迎えたのは竹箒で入口近くを掃除していたおふくろだ。おふくろは何を思ったかこっちに向かって竹箒を振り下ろしてくる。
ばさばきぃ、とわけわからん音がして、脳天に竹箒が降った。あぶねえ、護衛さんがエドを遠ざけておいてくれてよかった。
「ってぇなおふくろ!」
「もう帰ってくるなら帰ってくるって連絡さよごしなさい! 何も準備してないじゃないの!」
「お客さんもいるってのにバイオレンスな家庭事情見せてどーすんだっつの!」
「えっ……」
そこでようやく我に返ったおふくろは、遠目にニコニコ笑っているエドと目を合わせてから顔を真赤にして再び俺を竹箒でぶっ叩いてくる。
「いて、いていていていて」
「あ、あらあらあら! ごめんなさいねこんなところをお見せして、ウィルのお友だち!?」
「ウィル君と同級生のエドワードといいます。あの、ウィル君大変なことになっているのでもうそのへんに……」
「あ、あらあらごめんなさい! ごめんなさい今お父さん呼んでくるわね! ちょっとあなた、あなたぁ!」
エドの執り成しで、なんとか竹箒を収めたおふくろは、そのまま親父を呼びに店の奥へ引っ込んでしまった。
「……照れ隠しがバイオレンスな方向へ行くんすよね、うちのおふくろ……」
「うん、個性的なお母様だなっていうのはなんとなく理解できたかな」
叩かれて出たホコリを払っていると、歩いてきた親父がそのまま拳を脳天に振り下ろしてくる。
ごちん、と音がして、目から火花が散った。
「なっ……にすんだべ親父!」
「店前でほごりさはだくな。商品に被ったらどうすんだべ」
「これが……ウィルに聞いた鉄拳制裁……!」
呆然とつぶやくエドの声が聞こえたのか、拳をおろした親父がエドを振り返る。
「あんたがエドワードさんか。ウィルが学校で世話になっとります」
「いえ、僕の方こそ、ウィル君にたくさん助けられています。ご迷惑でなかったら、村にしばらく滞在させてもらえたらと」
「ああ、部屋さ空いとるで、好きなだけおったらええ」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑うエドに、俺はほっと胸をなでおろした。
エドのおかげで、2発目の鉄拳制裁を免れた、と。
寮の裏に横付けされた馬車を見て、俺はようやくそれだけ口にした。
飾り気はほとんどない。だけど明らかに耐衝撃、対魔法攻撃の障壁が張り巡らされた馬車。周囲にはピタリと護衛の皆さんが馬に乗って張り付いている。とんでもねえことになった。
後ろから覗き込んだエドが、申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、今回はお忍びで君の帰省に同行したいって言ったんだけど……周りがこれ以上は譲ってくれなくて」
「いや……いいっすけど。流石に王子様が一人でふらふら出かけるわけにもいかないっすもんね」
「あっでも、乗合馬車で帰るよりは早いよ、絶対!」
そりゃそうだろうな。乗合馬車の馬と王子様を乗せる馬車の馬がスペック同じだとは思えん。
「俺、本当に一緒に乗ってっていいんすか」
「うん。今回は僕が君のお宅にお邪魔することになるんだし、乗って行ってよ」
エドは軽く言うが、そうなると俺が普通に金をケチって乗合馬車じゃなく歩きで帰ろうとしていたとか言えなくなってしまうじゃないか。
まあぶっちゃけ、王都に来るときは急ぎだったから乗合馬車で来たけど、考えてみりゃ歩きも馬車もほとんど所要時間は変わらんのだよな。
……まあ、それはともかくとして。
「じゃあまあ、お世話になるっす」
「はい、どうぞ乗って」
というわけでいつもは絶対に乗らねえレベルの馬車に乗ること半日。
「……マジで早くついちゃったよ……」
俺とエドは村の入り口にいた。
「ウィル大丈夫? 疲れてない?」
心配そうに覗き込んでくるエドを振り返って俺は率直な感想を口にした。
「1時間乗ってもケツが痛くならない馬車とか初めて乗ったっす」
「あはは、ウィルが嬉しそうで良かった」
エドが笑ったところで、騎士の人がエドに話しかけてくる。
「殿下、我々は王都へ戻ります」
「ありがとう。ここは王都より竜の谷に近い。君たちも気をつけて帰って」
「お帰りの際にお迎えに参りますが……本当に護衛がつかなくてよろしいのですか」
「『影』がついていてくれるから大丈夫さ」
「緊急事態の場合、その『影』から知らせが届く手筈となっておりますが」
「君たちに任せる。僕は君たちがいるから、安心して友人と過ごせるんだ」
「身に余るお言葉です。それでは我々はこれにて」
騎士の人たちが馬に乗って駆け去っていくのを見送って、エドが振り返った。
「おまたせ、じゃあ行こうか」
「ウス」
歩き出したところで、畑を耕していたおばちゃんが顔を上げた。
「あ、ジーナばっちゃ。おーい」
俺が声をかけたところで、ジーナばあちゃんは嬉しそうに頭に被っていた手ぬぐいを脱いでこっちに駆け寄ってきた。
「あれ、ウィー坊、ウィー坊でねが! あれま、ちぃっと見んうづにこげなでっがぐなっでぇ!」
隣のエドがぱちくり、止めを瞬いたのが見えた。
「なんて?」
「ちーと見んうづにって……ばっちゃ、俺は春に王都さでがげだばがりでねが」
「みんな、みんなぁ! ウィー坊が村さけぇって来たべ!」
俺の方を見たエドが更に目を瞬いた。
「えーっと、な、なんて?」
「ああ、ジーナばっちゃは『ちょっと見ないうちにこんなに大きくなって』って。年寄りの訛りは結構きっついんで、初めてだと何言われたかわかんないっすよねぇ」
「あれ、ウィー坊、こん子ぉは誰だべ?」
今のはさすがに、エドも聞き取れたんだろう。胸に手を当て、ペコリと静かに一礼してみせた。
「はじめまして。僕はエドワード。学園でウィル君と同級生なんです」
「まぁー、王都の人だべ!? こーげな、なんもねぇ村さ来でいだだいで……!」
「とんでもない、ウィル君の育った村をぜひ見せてほしいと、僕の方から無理を言ってお願いしたんです」
エドの笑顔はよそ行きだけど、学園で他の生徒に詰め寄られているときの笑顔と比べればかなり柔らかい。
「あ、エド、ちょっと」
「? どうしたのウィル」
そういや、お忍びとはいえエドの事情は誰にも話さなくていいのか心配になり、ちょいちょい、と手招きして確認する。
「エドが王子様だっつーことは、伏せといたほうがいいんすかね」
「そうだね、余計な気を使ってもらいたくはないし……」
「っすよね」
「おめら、なーにをこそこそ話してんだべ?」
ジーナばあちゃんが首を傾げてくるので、なんでもねえ、と俺はとっさに返した。
「ほれほれ、ウィー坊、帰ってきたならみんなさあいさつしてくるべ! エドワードさん、ウィー坊が村さ案内しますだで、ちぃと待っとってくれろ。ほれ、後ろに控えとる黒い人、あの3人も一緒でいいべか?」
その瞬間、エドの顔色が代わった。
「ど、どうして気配を殺した『影』の人数まで……!」
「ん? 影? わがんねけども、そごとぉ、そごとぉ、そっぢの人はエドワードさんのお付きの人だべ?」
指さすのは、木の陰、草むら、何もない用水路の脇。確かに、よーく見れば俺にもそのあたりに人がいることは何となく分かる。
「ジーナばっちゃ、相変わらずだべ。さすが草むらに隠れたバジリスク踏み潰すだげのこどあるべ」
「そげに褒めでもなぁにもでんべ! うづのじっちゃのほうがよほど鋭いべ」
そんな事を話していると、エドが肩で息をつき、それから困った顔で振り返った。
「……そういうわけだから、君たちも出てきてあいさつをしなさい」
その言葉と同時に足音もなく姿を表した黒ずくめの人たちが、エドの後ろでジーナばあちゃんに膝をつく。
「彼らは僕を守るためについている護衛です。事情があって……護衛をそばから離すわけにいかない立場なものですから。どうか理解を」
「はー、エドワードさんも大変だべなぁ。いいべいいべ。なーんにもない村だけんど、ゆっぐりしでいっでくんろ」
まあ、ジーナばあちゃんは、というか、この村の人達は誰もそういうことを気にしないタイプばっかりだ。
「これで護衛さんも、ちょっとは羽伸ばせるといいっすけどね」
「一応、彼らは仕事中だからね?」
苦笑して、エドワードが肩をすくめた。
◆ ◆ ◆
「タクです!」
「タカです!」
「よろしく!」
「いてぇいてぇ、おめら再会直後に二人で技さかけるバカがあるか」
「うるせぇなんにも言わんと王都さ行きおってからに、土産もなしか!」
「そうだそうだ、土産もなしかぁ!」
「ウィル、すごい曲がり方してるけど大丈夫!?」
……なんてことがあって、ようやく俺は実家のアイテムショップにたどり着いた。
「たでーまー」
「あらウィル、あんた帰ってくるなら帰ってくるっておっしゃいよ!」
出迎えたのは竹箒で入口近くを掃除していたおふくろだ。おふくろは何を思ったかこっちに向かって竹箒を振り下ろしてくる。
ばさばきぃ、とわけわからん音がして、脳天に竹箒が降った。あぶねえ、護衛さんがエドを遠ざけておいてくれてよかった。
「ってぇなおふくろ!」
「もう帰ってくるなら帰ってくるって連絡さよごしなさい! 何も準備してないじゃないの!」
「お客さんもいるってのにバイオレンスな家庭事情見せてどーすんだっつの!」
「えっ……」
そこでようやく我に返ったおふくろは、遠目にニコニコ笑っているエドと目を合わせてから顔を真赤にして再び俺を竹箒でぶっ叩いてくる。
「いて、いていていていて」
「あ、あらあらあら! ごめんなさいねこんなところをお見せして、ウィルのお友だち!?」
「ウィル君と同級生のエドワードといいます。あの、ウィル君大変なことになっているのでもうそのへんに……」
「あ、あらあらごめんなさい! ごめんなさい今お父さん呼んでくるわね! ちょっとあなた、あなたぁ!」
エドの執り成しで、なんとか竹箒を収めたおふくろは、そのまま親父を呼びに店の奥へ引っ込んでしまった。
「……照れ隠しがバイオレンスな方向へ行くんすよね、うちのおふくろ……」
「うん、個性的なお母様だなっていうのはなんとなく理解できたかな」
叩かれて出たホコリを払っていると、歩いてきた親父がそのまま拳を脳天に振り下ろしてくる。
ごちん、と音がして、目から火花が散った。
「なっ……にすんだべ親父!」
「店前でほごりさはだくな。商品に被ったらどうすんだべ」
「これが……ウィルに聞いた鉄拳制裁……!」
呆然とつぶやくエドの声が聞こえたのか、拳をおろした親父がエドを振り返る。
「あんたがエドワードさんか。ウィルが学校で世話になっとります」
「いえ、僕の方こそ、ウィル君にたくさん助けられています。ご迷惑でなかったら、村にしばらく滞在させてもらえたらと」
「ああ、部屋さ空いとるで、好きなだけおったらええ」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑うエドに、俺はほっと胸をなでおろした。
エドのおかげで、2発目の鉄拳制裁を免れた、と。


