実家のアイテムショップを継ぎたくて〜実家で鳴かず飛ばずだった俺が何故か王立学園に入学することになったんですが、これって何かの間違いですよね?〜

「らっしゃーせー」

 朝のバイトで三角巾とエプロンを着けた姿で、食堂にやってきたエドを出迎える。

「おはようウィル、その格好板についてるね」
「ま、バイト始めて数カ月っすからねえ」

 言いながら配膳をする。スープと、パンと、サラダと、簡単な一品。
 サラダにはドレッシングを自分たちでかけることになっているが、エドがドレッシングを手に取ったところで、俺は声をかけた。

「エド」
「ウィル? どうしたの」
「それかけないほうがいいっす」

 見たことない色だ。これ、食堂のおばちゃんたちが作ったものじゃない。
 なにより。

「その香り、月読草の根っこの香りっす。多分アク抜きできてない。腹下すっすよ」

 次の瞬間、どこからともなく現れた黒ずくめの男が一人、エドの手元からドレッシングを受け取る。香りを確認し、それから頭を下げて姿を消した。

「今の人は?」
「僕の『影』……護衛の一人だ。中身を確認させてる。それにしても、よく気づいたね」
「あれ、食堂のおばちゃんが作ったドレッシングじゃないし、エドが来るまでなかったっすから。毒見終わってないんすよ」
「月読草の根なら、ほんの少し口に入れただけでも助からない。正直お腹を壊すなんてレベルじゃないけどね」
「地元のジジババがよくアク抜きして薬味にしてるっすよ。あの舌が痺れる辛さがたまらんらしいっす。まあガキどもには絶対口に入れさせんけども」

 アク抜きしてなんとかなるものなんだ……、とエドが呻くのが聞こえた。アク抜きが足りないとジジババでも流石に腹を下すけどな。

 影の人が学校に報告したのか、ややあって学校の先生が何人か食堂に飛び込んできた。学園内に毒入りのドレッシングが持ち込まれたのは問題だったらしい。エドが言うには月読草は猛毒だもんな。今日は1日、学校は休校ということになった。

「王太子の僕が狙われたということでまず間違いはないだろうけれど、学園には別の貴族の子息や令嬢も通ってる。彼らに被害が出ないとも限らないからね」

 そう言って部屋へ戻るエドについて俺も部屋に戻る。影の人が何か言ってくれたのか、食堂のおばちゃんたちもひどく疑われることがなくてよかった。

 今日は1日、寮の部屋から出ずに過ごすようにと言われて部屋に入る。しばらくして、影の人がどこからともなく戻ってきた。

「——殿下」
「どうした」
「内密にお伝えすることが」

 寮の入口近くで話をしていたエドと影の人だけれども、少ししてエドの顔が苦しそうにゆがむのがわかった。

「……そんな」
「失礼いたします」

 影の人がどこへともなく姿を消して、エドはふらついた足取りで戻ってきた。そのままベッドに腰を下ろしてため息を付く。

「なんか、あったんすか」

 王族の話はよくわからんことも多いけれども、エドがこれだけダメージを負っているのは初めてだ。聞かないわけには行かない。

「……毒を混入したと思しき刺客が見つかって、それがどうも、第一王子派の貴族の息が掛かっていることがわかったらしい」
「第一王子?」

 えーっと、王太子がエドで。ってことは、長男がエドなんじゃないのか? じゃあ、第一王子もエドじゃないのか?
 首を傾げていると、俺の頭の中がはてなマークでいっぱいなことを察したエドが苦笑する。

「ああ、そうか。ウィルは知らないんだったね。僕は実は、第一王子じゃないんだ。王位継承権は一位なんだけど」
「兄貴がいるってことすか」
「うん、第二夫人……父上の側室の女性が生んだ兄上がいるんだ」
「でも、エドが王太子」

 確認すると、うん、と小さく頷く。

「そのへんは父上が決めたことだから、僕にもなぜ兄上が王太子ではないのかはわからないけれど。少なくとも、兄上はその決定に納得していると思ってた」
「そうなんすか?」
「うん、異母弟の僕にも優しい、穏やかな気性の人で。だからこんな……こんな形で僕に毒を盛るなんて、とても信じられなくて」

 エドの顔が苦しそうにゆがむ。兄貴を疑うのは悲しいよな。
 でも、ちょっと待てよ。

「あの、第一王子『派の貴族』の息が掛かった刺客、っつーことは、その兄貴が直接毒を盛ったわけじゃないんすよね」
「え……ああ、うん」
「じゃ、兄貴は別にエドを殺そうとなんかしてないんじゃないすか」

 エドは眉をひそめ、何かを耐えるように唇を歪ませてから、無理やりという感じで笑った。

「そうだったら……いいんだけど」
「俺兄貴いないし一人っ子だけど、兄弟でいがみ合うのがよくねえのはわかるっすよ」

 短い付き合いだけど、エドは王太子だというだけあって俺よりずっと警戒心が強いし、何より人を見る目があると思う。
 そんなエドが、「気性の穏やかな人」と兄貴のことを評価した。じゃあ、きっとその兄貴は本当に穏やかで優しい性格の人だ。

「兄貴のこと信じられなくなるの、イヤじゃないっすか」
「ウィル……」

 今にも泣きそうな顔をして、エドは何度も頷いてから、今度こそ本当に笑ってみせた。

「うん、そうだね。ありがとうウィル」

 ……よし、なんかよくわからんけど、エドが元気になったんならよかった。
 俺は湿っぽい空気をどうにかするために付け加える。

「大体、なんか兄弟同士で不満があるんなら毒とか盛らずに殴り合いでケリつけりゃいいんすよ。地元の友だちのタクとタカなんて、双子の兄弟だから、ワイバーンの目の周りの肉をどっちが食うかでドロップキックだのコブラツイストだの掛け合ってるっすよ」

 エドの目が見開かれる。
 次の瞬間、腹を抱えてエドが笑い出した。

「ほんと、君の地元のロシュトーク村には驚かされるけど。もうなんていうか、王位継承権とワイバーンの希少部位の取り合いが同じレベルで論じられることに違和感を覚えなくなってる僕がいる!」

 何がおかしいのかわからず、俺は首を傾げるしかなかった。