実家のアイテムショップを継ぎたくて〜実家で鳴かず飛ばずだった俺が何故か王立学園に入学することになったんですが、これって何かの間違いですよね?〜

「今日からテストっすね……」
「そんな不安そうな顔しなくても、授業でやったことをきちんと覚えているか確認するだけだから大丈夫だよ」

 エドが俺の肩をポンポン叩いてくる。
 そう、今日から夏休み前のテスト。俺からすれば生まれて初めてのテストってやつだ。
 今日から3日間、テストだけをやることになる。エドのおかげで勉強についてはなんとか追いつけているが、実習だった剣術と魔法学については全力で落第する気配しかない。

「……俺は別に落第しても痛くも痒くもないっつかそうだろうなって気しかしねえっすけど、『特待生が落第する』ってのがやべえのはなんとなく理解できてるんすよね……」
「だから、そんなに気負わなくていいって。ウィルのいつもの調子でやっていれば、落第することなんてないから大丈夫」
「それならいいんすけどねぇ……」

 これについてはエドに慰められても楽観的ではいられないんだよなぁ。
 クラスに入ると、全員が恐ろしいくらい真面目な顔でテスト勉強をしている。なんかやべえ。この世の終わりみたいな感じになってる。

「みんな必死だねぇ」
「ヤバくないっすかこれ」
「ヤバくないって。ウィルなら大丈夫、自信持ちなよ」
「う、ウス」

 友人にそう言われれば腹をくくるしかない。俺は逃げたくなるのをこらえてクラスに足を踏み入れた。

 1日目。
 1時限目。薬草学。
 2時限目。魔法学実技試験。
 3時限目。経済学。

「終わった……」
「まだ明日も明後日もあるからね」
「いや魔法学でまたしくじった……」
「あれしくじったっていうのかなぁ?」

 2日目。
 1時限目。剣術実技試験。
 2時限目。政治学。
 
「そもそもっすよ。俺に政治学って必要っすかね」
「そもそもだけどそれを言ってはいけないと思う」
「心配しないでください開き直ってるだけなんで」
「開き直らないの」

 3日目。
 1時限目。魔物学。
 2時限目。錬金術。

 キーンコーンカーンコーン。

「試験を終了する! 回答をそのままに生徒は教室を出るように。テスト結果上位者については職員室前の掲示板に張り出される。諸君、ご苦労だった!」

 試験官の先生が声をかけ、俺は思いっきり伸びをして全力で開放感を味わった。終わった。テストの結果はともかく、この3日間マジで辛かった。授業で出たところばっかりだから問題そのものは特に難しくはなかったけれども、ひたすらに空気が。空気が重い。

「ウィル、どうだった、初めてのテストは?」

 教室を出たところで近寄ってきたエドが問いかける。俺は肩を回しながらため息を付いてうめいた。

「ムリムリ無理っす。こんなもん何度もやるってすごいっすね王都」
「王都がすごいっていうより、学生のときだけのイベントだからね。どの学校へ通ったとしても、勉強とテストはセットだったと思うよ」
「……学生ってのはすごいっすね。家のアイテムショップを継ぐだけならこんな苦労いらないんすけど」
「まあ、こういうイベントを3年間数回こなして、いい成績を取っていくからこそ、優秀な官僚や騎士になっていくのさ。それにアイテムショップ店員だって苦労はあるだろ?」
「まあ、色々間違うとそのたびに親父の鉄拳が飛んできますから。テストの結果をさらされるか、即座に親父にぶん殴られるかの違いって考えりゃ……」
「……正直、ご父君の拳での制裁のほうが、テストなんかより遥かに厳しいと思うけどな」

 エドが苦笑して、それからぽんと手を叩いた。

「よし、何はともあれ、これでテストは完了だ。この後どうする? 久しぶりに散歩にでも行こうか」
「いっすね」

 頷いたところで、魔法による校内放送が響き渡った。

「1年生のウィリアム・エバンス。1年生のウィリアム・エバンス。すぐに職員室へ来なさい。繰り返す。1年生のウィリアム・エバンス。1年生のウィリアム・エバンス。すぐに職員室へ来なさい」
「ええー……俺ぇー……」

 廊下中の視線が俺に集中する。
 あの特待生何をした、まさかカンニング、そんな声がちらほら。

「……かんにんぐ? ってなんすか」

 エドに問いかけると、耐えきれなくなったように腹を抱えて笑い出す。

「そんな言葉が聞こえた時点でカンニングじゃないんだろうなって感じだけど。テストの答えやヒントになるものを、隠れてテスト中に見て解答することさ」
「ああ……考えもしなかったすね」
「だろうね。行っておいでよ。何かの間違いだろう」

 言われて、職員室に向かう。チラチラ見られるのを居心地悪く感じながら、俺は職員室の扉をノックした。

「失礼しゃーっす。ウィリアム・エバンスっす」
「入りたまえ」
「失礼しゃーっす」

 ドアを開けて、足を止めた。
 職員室中の先生が俺を見ていた。

「……失礼しゃっした」
「いや待て待て待て待て」

 面接官をしてくれたあの人がとっさにドアを閉めようとした俺を止める。

「止めないでくださいマジで怖い何なんすか俺カンニングとかしてないっす」
「いやカンニングについてはみんな疑ってないから。とにかく入りなさい」
「……ウッス」

 ドアが閉まる。なんなんだこの空気。一歩入ったところで、面接官の人が俺のテストをデスクに広げた。

 全部真っ赤に色々書かれている。赤ペン。……つまりこれが意味するところは。

「……俺、落第っすか」
「落第ならまだ良い方っていうか落第は絶対しないけど君そのテストってものがどんなものかよくわかってないんだろ」

 息継ぎ無しでそう詰め寄られて、俺は首を傾げた。

「え、っと。授業で習ったことを確認するためのものっすよね?」
「へーそうか。理解はできてるんだな? じゃあこの解答は何かな?」
「え、習ったことと、一応知ってることを書いておいたつもりっすけど」

 職員室中の空気がおかしなものに変わる。知っていること……? え、知ってること……? という声。何だ。なにかおかしなことをしたか。

「まず薬草学!」
「あっはい」
「『月華草の分布域を答えよ』! これに対し君の解答はなんだ!」
「えっと……『国内北東部の湿潤な地域に分布。冷暗所を好むため、条件に合致した地域は極めて少なく、危険な魔物の生息域とも重なる』っしたかね」
「それは正解その後!」
「えっと」
「『ちなみに俺の実家の庭にはアホみたいによく生えてくるので雑草だと思ってガシガシ抜いてました。今度これを枯らす除草剤の錬金方法おしえてもらえたら嬉しいです』!」
「……ああ、事実そうだったんで」
「事実でも! これは! 教科書に書かれていないので! 書かなくていいの!!」

 そうだったのか。それは知らなかった。

「あと魔物学!」
「ああ、バジリスクの問題」
「『家の近くでは井戸端によく出るので、足で踏み殺して毒抜きして干物にしてました』! 毒抜き! 君の実家ではよくやることかもしれないけど! 一般にはできないの!!」
「え、そうなんすか」

 首を傾げたところで、魔物学の教授が手を上げる。

「ちょっと聞いてもいいかね。バジリスクの干物ってどんな味なんだ?」
「先生も! 興味あるからって聞かんでください!!」
「ああ、鶏よりちょっと淡白で、噛んでるうちにちょっと旨味が出てくる感じっすね。炙って食べると美味いんすよ」
「君も君で真面目に答えるな!!」
「ちょ、近いうちに毒抜き方法を教えてくれんかね!?」
「毒抜きする前に遭遇すること自体稀でしょうが!!」

 面接の人が絶叫している。教科書に書かれてないことを書くのは、そんなにいけないことだったのか。

「じゃ、錬金術もヤバいっすね」
「錬金術……? 錬金術のテストでもなにか書いたのか!」
「あの……『ポーションの精製方法について答えよ』って問題で」
「……ポーション」
「『うちでは小鍋でぐつぐつ煮て作るんですけど、精製したほうが精度が高いんすね、勉強になりました』って」
「うん、まあそれは……授業で学んだことだからいいとして」

 と言いかけたところで、錬金術の先生が手を挙げた。

「ちょっと待ちなさい、その小鍋で作ったっていうポーション、まさか王都の錬金術研究所が金貨5枚で買い上げようとしたという、作成者未公表のエリクサーじゃ」
「え、ああ、なんかエド、っとエドワード王太子殿下が金貨5枚で買い取るとか言われたって話をどっかでしてたっけ。でもエリクサーなんかじゃなくて、ただの滋養強壮用のクズポーションっすよ?」
「いや分析結果ではあの回復量と速度は明らかにエリクサー級という結果が……それにさっきちらっと君の解答を見たところだと、ポーションのレシピの中で一人エリクサー級のアレンジレシピ書いてなかった?」
「ああ、あれっすか。『うちでは竜血がじゃなくてワイバーンの血を使います。安いしその辺で捕まえられるので』って」
「ワイバーンだってそこらで捕まるもんじゃないわぁぁぁ!!」

 頭を抱えて絶叫された。あ、そうだった。王都じゃワイバーン捕まえられないって聞いてたはずなのに、すっかり忘れて書いちまった。

「あー……すんません。あの、じゃあこれ、やっぱ落第っすかね」
「……いや……」

 頭を抱えたままぜえはあと肩で息をしている面接の人にこわごわ問いかけると、

「君の書いた言葉にウソはなかっただろうし、実際教科書に書かれてる内容はほぼしっかり頭に入ってることは理解できたので、落第はさせられんというか」
「じゃあ別にいいっす。落第してなきゃ」
「いやむしろ君の解答に今学校にいる先生全員が自分の今まで信じてた学説に疑問を持ち始めて自分自身を見失っているというか」

 いや、俺にそんな事言われても。
 はあ、とため息を付いた面接の人は、こちらに解答用紙を突きつけながら言う。

「いいかね、テストは教科書で習った内容だけを書けばいい。自分の知っていることは一旦胸のうちにしまっておきなさい。こういうことになるから」
「……ウッス、気をつけます次から」

 とはいえ、返す返すも「当然のように自分がしてることをテストで解答欄に書くな」と言われたって。俺が覚えられるってことは、クラスの連中みんな覚えてるんだろうし、そんなもんで点数をつけることなんてできるんだろうか。
 まあ、そのへんは俺が考えることじゃなくて先生が考えることなんだろうし、いいか。

「あーちなみに。知識の上では君は首席レベルだったが」
「しゅせき」
「ここ」

 指さされたのは、赤ペンの中でも特に何故か嬉しそうなのが伝わってくる筆跡の文字。

「綴り間違いな! ここと、ここ!」
「おう……」

 何故か嬉しそうに、面接の人が指さして笑っている。なんでそんな嬉しそうなんだよ。

「というわけで、君が首席になることはないと思う」
「別に『しゅせき』とやらになりたいわけでもないんでいいんすけど」
「というわけで、君への事情の聞き取りは終わった。出ていってよし」
「……じゃああの、失礼しゃっす」

 職員室を出たところで、ざわざわと集まっていた生徒たちがざっと引いた。
 ……視線がイタイ。

「……なんすか」

 問いかけたところで、全員がブンブンと首を激しく横に振った。なんか怖がられている気がするんだけども。
 その生徒たちの壁を割って、エドが顔を出す。

「ウィル、どうだった?」
「なんか俺の答案用紙で先生たちが自分を見失ったらしいっす」
「ナニソレ」

 俺は首を傾げ、それから肩をすくめた。

「さあ、俺もよくわからんっす。まあとりあえず、教科書に書かれてたことだけを書いとけって言われたんで、次回からそうします」
「君の答案用紙、見てみたいなぁ。返ってくるかな」
「返ってきたら見せますよ。すんげぇ真っ赤になってたから、まあ俺の名前が掲示板に晒されることはないっしょ」

 ——そして一週間後。
 職員室の掲示板に、成績優秀者の名前が貼り出された。

「首席……ああ、首席って学年トップってことすか。『エドワード・リンツ・アルデイル』。エドっすね。やっぱすごいっすわ」
「ありがとうウィル。でもウィルもすごいよ」

 エドのすぐ下に、俺の名前があった。

「……ビリもさらされるんすね……」
「違うよウィル、あそこに名前があるってことは、次席、学年2位ってことだよ」
「……うそぉ」
「ウソじゃないよ。ウィルがちゃんと勉強してきた証拠」

 何故か自分の名前を首席の列に見つけたよりも嬉しそうな顔で、俺の背中を叩いてくる。

「あざっす」

 俺は頷いて、ペコリと頭を下げた。