「おい、見回り交代だ」
「あ、ハイ! お疲れ様です!」
敬礼とともに先輩の兵士と場所を交代する。
王都の北端の城郭に設置された見張り台。ここは「竜の谷」と呼ばれるドラゴンの住処が山向こうに位置することから、特に目の良い兵士たちが警備に配置される。
とはいえ、この王都には数百年、ドラゴンが飛来したことはない。
「数時間後には交代だ、しっかり休んでおけよ」
「了解しました! ……にしても」
後輩の兵士は山向こうの竜の谷に目をやる。
「怖いですね、数百年来たことはないとはいえ、ドラゴンの住処がこんな近くに」
「口だけだろ、そんなこと言って」
「本気ですよ! いつ山を越えてやってくるかもわからないんでしょう?」
「来やしないさ。飛べるとはいえ、山を越えてくるのはドラゴンだって一苦労だろう」
そう言って城郭の外に目をやった先輩兵士のほうが、言葉を切った。
「……なんだ、あれ」
山の向こうから飛んでくる黒い影。
大きな翼。歪に生えた角。そのシルエットを、目の良い彼ははっきりと捉えた。
そのうえで……常識が否定する。
嘘だ。
だって。
ここ数百年、「あれ」は王都に来ていないはずで——
視線の先で、それが、口を開く。
——グゥォォオォォォォォ……ォン
ここまでビリビリと空気を震わせる、咆哮。
「せ、先輩、あ、あ、ああ、あれ……!」
指を指す後輩の声が、震えている。
それは天空の覇者。
Sクラス冒険者ですら討伐に複数のパーティが編隊を行う強敵。
炎を操り、すべてを焦がすブレスで、凶悪に曲がった鉤爪の一振りで、命を狩る者。
……もはや、疑う余地すらない。
傍にあった鐘を全力で鳴らしながら絶叫する。
「ドラゴンだ——!!」
◆ ◆ ◆
ドラゴン飛来の一報を受け、王国でも最強とほまれ高い近衛騎士を含めた防衛部隊が編成される。騎士団長は厳しい顔で、集まった騎士、兵士、そして魔術師たちを見渡した。
「すでに話は聞いているはずだ。この王都に、未曾有の危機が訪れている!」
ゴクリ、と誰かが息を呑む音が聞こえる。当然だ。ドラゴンは魔力も知能も、そして膂力ですら人間を遥かに上回る。普通の人間ならば、ドラゴンがただ着地しただけで押しつぶされる。
ゴミのように、塵のように、ただ前足の一振りで人はおろか建物ですら吹き飛ばされる。ドラゴンとは魔獣ではない、『災害』なのだ。
一体何人が、この中で生き延びることができるのか。
そして、王都にどれだけの被害が出ることになるのか。
全ては、騎士団長にすらわからない。
目を閉じ、生じた絶望を胸のうちに押し殺す。
カッと目を見開いた騎士団長は、拳を突き上げて自らを奮い立たせるように叫んだ。
「我らは王国に命を捧げて来た! 今こそ、その誉れを示すとき! 皆心せよ、これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!!」
うおお、と拳を突き上げ皆が己を鼓舞する。
「ドラゴン、北の城壁に接近!」
見張りの兵士が叫ぶ。
「総員出動! 一般兵は市民の安全を確保し、南の広場に避難させよ! 騎士団、魔術部隊北の城壁の外でドラゴンを迎え撃つ!」
隊列を組み、北の城壁に急ぐ。
——それは、唐突に発生した。
巨体が、城壁の上にわずかに見えていたドラゴンの巨体が、消えた。
「……えっ」
誰かがあげた声が、ズゥン、という地響きに掻き消える。
直後。
——グギャアァァァァァァァッ!!?
恐怖と、怒りと、理不尽への抗議とがまぜこぜになった悲鳴が、聞こえた。
「……いまのは?」
「…………さあ?」
騎士団長の問いかけに、副団長が首を傾げる。
「まさか……誰かがすでに交戦している……?」
騎士の一人が言った言葉に、騎士団長は顔色を変えた。
「まずいぞ、騎士団、魔術師部隊急げ! 交戦しているのが何者かはわからないが、その者の命が危ない!」
騎士団長を先頭に、全力で街を駆け抜ける。
やがて北の城門付近まで来たとき、それは見えた。
一人の、少年だ。
王立学園の制服を着ている。リボンの色からして、あれは今年の入学生か。
その左肩に、薬草を入れた袋を背負い、右手に、ドラゴンの尻尾を握り。
彼は、首をコキコキと無らしながらスタスタとこちらに向かって歩いてきていた。
ずる、ずる、とドラゴンが少年の歩く速度にあわせて引きずられていく。
動かない。どうやら、絶命しているようだ。
「はー、びっくりした。久しぶりに見たわ、ドラゴンとか」
「………………」
かしゃーん、と何処かで剣が落ちる音がした。
騎士団長は、自分の手が剣を取り落としている事に気づいていなかった。
「このデカさなら素材も肉も取り放題だな。あーでも、ドラゴンの肉とかって売れんのかな。エドに聞かねーと。まあとりあえず捌くとこ探すか」
かしゃーん、とまた何処かで剣が落ちる音がした。
副団長が剣を取り落とした音だと、かなり経ってから騎士団長は気づいた。
少年が振り返る。ごく普通に、いい天気ですね、みたいな顔で問いかけてきた。
「あっすいませーん。このあたりでドラゴン捌けるくらい広い場所ってありませんかね」
騎士団長はとりあえず、後ろを指さす。
「あ、ああ。北の広場が一番近いと思うが」
「あざーす」
ぺこり、と会釈して、少年は歩き出す。
ドラゴンが、その後ろを引きずられていく。
ず、ずずず、ずりずりずりずり。
思わず、その場にいた全員が、少年に道を譲った。
ずりずりずり、と壁に押し付けられながらドラゴンが少年に引きずられていく。
そこで、ようやく騎士団長は我に返る。
——いま、少年はなんと言った?
ドラゴンを……捌く??
「ちょ、ま……ちょっと待てぇぇぇぇぇい!!」
絶叫してから剣を拾い上げ、騎士団長は少年の跡を追いかけた。
◆ ◆ ◆
「ウィル!」
叫んで駆け寄ってくるエドを認めて、俺はうんざりとした顔をしながらため息で応えた。
「ああエド、なんとか言ってやってくださいよ。この大きさのドラゴン、さっさと捌かねえと肉がいたんじまう」
「いやまずその前に、君このドラゴンどうしたの!」
「えーっと」
問われて、思い出す。
凶獣の森に、なくなったポーションの素材になる雑草を取りに行って。
その帰りに、ドラゴンを見つけて。
「爪で殴りかかってきたから掴んで足を潰して」
「あしをつぶして」
「引きずり落として、急所に一発入れて」
「きゅうしょにいっぱつ」
「で、絞めました」
「しめました……て倒したってこと!?」
「倒すってか……絞めないと捌けないっしょ、暴れるし」
それより、早く捌かねえとホントに肉が痛む。肝とか鮮度が命なのに。
「……あのねウィル」
なぜかため息を付きながら、エドは呻く。
「ドラゴンの出現は、国の武力総出で討伐隊を編成する、いわば国家存亡の危機なんだ」
「……国存亡すか。たしかにうちの地元でも畑荒らすわ家畜攫うわ、見つけ次第タコ殴りの刑に処すレベルの大災害っすもんね」
騎士団長と名乗ったおっさんとエドがなんとも言えない顔をする。なんで?
「……で、ドラゴンの討伐が成功したら、数人がかり、数日がかりで、ドラゴン素材をその手の専門技術者が摘出していくんだ」
「数日っすか。そんなに時間かけてやるんすね。でもそんなんしたら肉痛みますよ」
「……あのねウィル、とりあえずすごく君がそっち食いつくから聞くけど」
額を抑えながら、エドが聞いてくる。
「……肉、何に使うの」
いや何に使うのって。今更聞くことか?
「そりゃ、食うんでしょ。美味いっすよドラゴン肉」
「……うわぁやっぱりぃぃぃぃ……!」
頭を抱えてエドが呻く。もしかして。いや、もしかしなくても。
「王都じゃドラゴン肉食わないんすか」
「うんさっきも言ったけどねウィル、王都じゃドラゴンは国家存亡に関わる重大案件だから。食べるなんて考えもしなかったんだよ?」
「美味いのに……」
「ちなみに、君のところではドラゴンはどうやって捌くの?」
問われて、うーん、と考え込む。どうやってって。
「部位ごとに分けて、素材にするとこは素材にして、食えるところは食う感じっすね。村のジジババは手慣れてるので、5分もありゃ捌き終わりますよ」
「5分……!?」
騎士団長が膝を折った。何に絶望しているんだろう。
「まあ、俺は手際悪いんで、30分位かかっちまうんですけどね」
「……30、分……」
あっけにとられた顔で、エドもつぶやいている。
「だって、もったいないじゃないっすか。竜肝とか、ちょっと炙って食うと美味いんすよ。親父とか酒の肴にしてます」
「……竜肝!? あの、強力な魔力を秘めた錬金素材を、酒の肴!?」
誰かが叫ぶ声が聞こえる。振り返ると、魔術師みたいな格好をした人が膝をついて拳で地面を叩いている。……なんで?
「竜肝は美味いんで、うちじゃ素材にはしないんすよね。ハツは硬すぎて食うのも大変なんで、ポーションに使うんすけど」
「…………ハツ、って、心臓……竜心臓!?」
「ああ、うん、そっすね」
「そんな……竜肝ですら入手困難なドラゴン素材なのに……! 心臓で作るポーションとか、どんな効果になるんだ……!」
「いや、村のジジババがちょっと風邪引いたときに使うくらいの滋養強壮薬っすけど」
こんなこと聞いてなんになるんだろう。いい加減早く捌かせてほしいドラゴン。
「じゃ、もういいっすか。早く捌かねえと本気で竜肝とかハツとか採れなくなっちまうんで」
言いながら包丁を取り出す。エドが「ぷはっ」と吹き出した。
「あっはははは! 本当に君って、僕のことを驚かせてくれるなあ!」
「そんな変なことしてないつもりっすけどね」
「いいよ、捌くところを見せてくれたら」
「そんな気持ちのいいもんじゃないですよ?」
「そのくらいは覚悟の上さ。皆もよく見ておくといい。なかなか見られないドラゴンの生態をしっかり目に焼き付けておこう!」
「で、殿下! よろしいのですか!?」
騎士団長のおっさんが問いかけてくるのを、エドも苦笑しながら首を振る。
「数日掛けて採れるかどうかわからない、というかほとんど取れない竜肝や竜心臓を、ウィルなら採れるという。ならお願いしない手はないだろう?」
「じゃ、始めるっすね」
翼を切り取り、腹を裂き、骨を外す。
ゆっくりしていてはうまくいかない。村のジジババには「ウィルはおっかなびっくりやるであかんのだわ」と笑われる手際をエドや騎士たちの前で披露するのは恥ずかしいけど、こんなデカいドラゴン、さっさと捌かないともったいない。
そして30分後。
「できましたー」
部位ごとに分けた肉と内臓を前に、額に伝った汗を拭う。
「いや、マジ手際わりいな俺……すいません、めっちゃ時間かかっちゃって」
「いや……ありがとうウィル、すごいものを見せてもらったよ!」
エドが口元をハンカチで押さえながら首を横に振る。それから振り返って、全員に叫んだ。
「みんな、捌いてもらったものをしっかり確認して、使える素材は錬金術研究室に運び込むように! それから肉については……初めての経験だし、いただこうか!」
◆ ◆ ◆
「陛下、エドワード、参りました」
王の執務室へ入ったエドワードは、今日起きた「ドラゴンを捌いた少年」の報告書を父の執務机に置く。
「うむ、ご苦労」
ねぎらいの声とともにそれを受け取った父王がそれを確認していく。
「……父上、先日も聞きましたが」
「なんだね」
エドワードは報告書から目を上げずに続きを促す父王に、すうっと息継ぎをしてから問いかけた。
「ウィル……ウィリアム・エバンスの出身地、ロシュトーク村とはなんなのですか。バジリスクの毒を中和する技術を持ち、頻繁にワイバーンを討伐して食し、今回に至ってはドラゴンを30分で解体する……こんな技術を持つ村の存在を、私は知りません」
「……エドワード」
報告書を執務机に置いて、父王は指を組む。
「……あそこは、触れてはならん」
「友人の出身地ですので、そういうわけにもいかないのですが」
「ウィル君と仲良くするのは構わんが、ロシュトーク村については触れぬように」
「……いえですが」
「触れぬように」
有無を言わさぬ父の声に、エドワードもため息を付くしかない。
「今まで通り、『まあウィルだしな』で済ませよと?」
「そうなるな」
「そうなるな、って」
肩を落とし、エドワードは呻いた。
「わかりました。なるべく彼が学園で浮くことがないように、今後も友人としてその動きを見守ることにします」
「それでよい、ときに」
ふと、父王は顔を上げる。
「最近お前の顔も少し明るくなったように思うが」
「ええ、来週の休みにウィルと散歩に行くことになっておりまして」
「そうか」
父王はここで初めて、口元をほころばせた。
「初めての友人を、大事にするのだぞ」
「はい、では失礼します」
部屋を出ていく息子を見送り、王は伏せていた小さな額縁を取り上げる。
「……お前の息子、俺の息子と仲が良いそうだぞ。血は争えんな」
その額縁の中には、若かりし頃の王と、その友人が肩を組む様が描かれていた。
「あ、ハイ! お疲れ様です!」
敬礼とともに先輩の兵士と場所を交代する。
王都の北端の城郭に設置された見張り台。ここは「竜の谷」と呼ばれるドラゴンの住処が山向こうに位置することから、特に目の良い兵士たちが警備に配置される。
とはいえ、この王都には数百年、ドラゴンが飛来したことはない。
「数時間後には交代だ、しっかり休んでおけよ」
「了解しました! ……にしても」
後輩の兵士は山向こうの竜の谷に目をやる。
「怖いですね、数百年来たことはないとはいえ、ドラゴンの住処がこんな近くに」
「口だけだろ、そんなこと言って」
「本気ですよ! いつ山を越えてやってくるかもわからないんでしょう?」
「来やしないさ。飛べるとはいえ、山を越えてくるのはドラゴンだって一苦労だろう」
そう言って城郭の外に目をやった先輩兵士のほうが、言葉を切った。
「……なんだ、あれ」
山の向こうから飛んでくる黒い影。
大きな翼。歪に生えた角。そのシルエットを、目の良い彼ははっきりと捉えた。
そのうえで……常識が否定する。
嘘だ。
だって。
ここ数百年、「あれ」は王都に来ていないはずで——
視線の先で、それが、口を開く。
——グゥォォオォォォォォ……ォン
ここまでビリビリと空気を震わせる、咆哮。
「せ、先輩、あ、あ、ああ、あれ……!」
指を指す後輩の声が、震えている。
それは天空の覇者。
Sクラス冒険者ですら討伐に複数のパーティが編隊を行う強敵。
炎を操り、すべてを焦がすブレスで、凶悪に曲がった鉤爪の一振りで、命を狩る者。
……もはや、疑う余地すらない。
傍にあった鐘を全力で鳴らしながら絶叫する。
「ドラゴンだ——!!」
◆ ◆ ◆
ドラゴン飛来の一報を受け、王国でも最強とほまれ高い近衛騎士を含めた防衛部隊が編成される。騎士団長は厳しい顔で、集まった騎士、兵士、そして魔術師たちを見渡した。
「すでに話は聞いているはずだ。この王都に、未曾有の危機が訪れている!」
ゴクリ、と誰かが息を呑む音が聞こえる。当然だ。ドラゴンは魔力も知能も、そして膂力ですら人間を遥かに上回る。普通の人間ならば、ドラゴンがただ着地しただけで押しつぶされる。
ゴミのように、塵のように、ただ前足の一振りで人はおろか建物ですら吹き飛ばされる。ドラゴンとは魔獣ではない、『災害』なのだ。
一体何人が、この中で生き延びることができるのか。
そして、王都にどれだけの被害が出ることになるのか。
全ては、騎士団長にすらわからない。
目を閉じ、生じた絶望を胸のうちに押し殺す。
カッと目を見開いた騎士団長は、拳を突き上げて自らを奮い立たせるように叫んだ。
「我らは王国に命を捧げて来た! 今こそ、その誉れを示すとき! 皆心せよ、これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!!」
うおお、と拳を突き上げ皆が己を鼓舞する。
「ドラゴン、北の城壁に接近!」
見張りの兵士が叫ぶ。
「総員出動! 一般兵は市民の安全を確保し、南の広場に避難させよ! 騎士団、魔術部隊北の城壁の外でドラゴンを迎え撃つ!」
隊列を組み、北の城壁に急ぐ。
——それは、唐突に発生した。
巨体が、城壁の上にわずかに見えていたドラゴンの巨体が、消えた。
「……えっ」
誰かがあげた声が、ズゥン、という地響きに掻き消える。
直後。
——グギャアァァァァァァァッ!!?
恐怖と、怒りと、理不尽への抗議とがまぜこぜになった悲鳴が、聞こえた。
「……いまのは?」
「…………さあ?」
騎士団長の問いかけに、副団長が首を傾げる。
「まさか……誰かがすでに交戦している……?」
騎士の一人が言った言葉に、騎士団長は顔色を変えた。
「まずいぞ、騎士団、魔術師部隊急げ! 交戦しているのが何者かはわからないが、その者の命が危ない!」
騎士団長を先頭に、全力で街を駆け抜ける。
やがて北の城門付近まで来たとき、それは見えた。
一人の、少年だ。
王立学園の制服を着ている。リボンの色からして、あれは今年の入学生か。
その左肩に、薬草を入れた袋を背負い、右手に、ドラゴンの尻尾を握り。
彼は、首をコキコキと無らしながらスタスタとこちらに向かって歩いてきていた。
ずる、ずる、とドラゴンが少年の歩く速度にあわせて引きずられていく。
動かない。どうやら、絶命しているようだ。
「はー、びっくりした。久しぶりに見たわ、ドラゴンとか」
「………………」
かしゃーん、と何処かで剣が落ちる音がした。
騎士団長は、自分の手が剣を取り落としている事に気づいていなかった。
「このデカさなら素材も肉も取り放題だな。あーでも、ドラゴンの肉とかって売れんのかな。エドに聞かねーと。まあとりあえず捌くとこ探すか」
かしゃーん、とまた何処かで剣が落ちる音がした。
副団長が剣を取り落とした音だと、かなり経ってから騎士団長は気づいた。
少年が振り返る。ごく普通に、いい天気ですね、みたいな顔で問いかけてきた。
「あっすいませーん。このあたりでドラゴン捌けるくらい広い場所ってありませんかね」
騎士団長はとりあえず、後ろを指さす。
「あ、ああ。北の広場が一番近いと思うが」
「あざーす」
ぺこり、と会釈して、少年は歩き出す。
ドラゴンが、その後ろを引きずられていく。
ず、ずずず、ずりずりずりずり。
思わず、その場にいた全員が、少年に道を譲った。
ずりずりずり、と壁に押し付けられながらドラゴンが少年に引きずられていく。
そこで、ようやく騎士団長は我に返る。
——いま、少年はなんと言った?
ドラゴンを……捌く??
「ちょ、ま……ちょっと待てぇぇぇぇぇい!!」
絶叫してから剣を拾い上げ、騎士団長は少年の跡を追いかけた。
◆ ◆ ◆
「ウィル!」
叫んで駆け寄ってくるエドを認めて、俺はうんざりとした顔をしながらため息で応えた。
「ああエド、なんとか言ってやってくださいよ。この大きさのドラゴン、さっさと捌かねえと肉がいたんじまう」
「いやまずその前に、君このドラゴンどうしたの!」
「えーっと」
問われて、思い出す。
凶獣の森に、なくなったポーションの素材になる雑草を取りに行って。
その帰りに、ドラゴンを見つけて。
「爪で殴りかかってきたから掴んで足を潰して」
「あしをつぶして」
「引きずり落として、急所に一発入れて」
「きゅうしょにいっぱつ」
「で、絞めました」
「しめました……て倒したってこと!?」
「倒すってか……絞めないと捌けないっしょ、暴れるし」
それより、早く捌かねえとホントに肉が痛む。肝とか鮮度が命なのに。
「……あのねウィル」
なぜかため息を付きながら、エドは呻く。
「ドラゴンの出現は、国の武力総出で討伐隊を編成する、いわば国家存亡の危機なんだ」
「……国存亡すか。たしかにうちの地元でも畑荒らすわ家畜攫うわ、見つけ次第タコ殴りの刑に処すレベルの大災害っすもんね」
騎士団長と名乗ったおっさんとエドがなんとも言えない顔をする。なんで?
「……で、ドラゴンの討伐が成功したら、数人がかり、数日がかりで、ドラゴン素材をその手の専門技術者が摘出していくんだ」
「数日っすか。そんなに時間かけてやるんすね。でもそんなんしたら肉痛みますよ」
「……あのねウィル、とりあえずすごく君がそっち食いつくから聞くけど」
額を抑えながら、エドが聞いてくる。
「……肉、何に使うの」
いや何に使うのって。今更聞くことか?
「そりゃ、食うんでしょ。美味いっすよドラゴン肉」
「……うわぁやっぱりぃぃぃぃ……!」
頭を抱えてエドが呻く。もしかして。いや、もしかしなくても。
「王都じゃドラゴン肉食わないんすか」
「うんさっきも言ったけどねウィル、王都じゃドラゴンは国家存亡に関わる重大案件だから。食べるなんて考えもしなかったんだよ?」
「美味いのに……」
「ちなみに、君のところではドラゴンはどうやって捌くの?」
問われて、うーん、と考え込む。どうやってって。
「部位ごとに分けて、素材にするとこは素材にして、食えるところは食う感じっすね。村のジジババは手慣れてるので、5分もありゃ捌き終わりますよ」
「5分……!?」
騎士団長が膝を折った。何に絶望しているんだろう。
「まあ、俺は手際悪いんで、30分位かかっちまうんですけどね」
「……30、分……」
あっけにとられた顔で、エドもつぶやいている。
「だって、もったいないじゃないっすか。竜肝とか、ちょっと炙って食うと美味いんすよ。親父とか酒の肴にしてます」
「……竜肝!? あの、強力な魔力を秘めた錬金素材を、酒の肴!?」
誰かが叫ぶ声が聞こえる。振り返ると、魔術師みたいな格好をした人が膝をついて拳で地面を叩いている。……なんで?
「竜肝は美味いんで、うちじゃ素材にはしないんすよね。ハツは硬すぎて食うのも大変なんで、ポーションに使うんすけど」
「…………ハツ、って、心臓……竜心臓!?」
「ああ、うん、そっすね」
「そんな……竜肝ですら入手困難なドラゴン素材なのに……! 心臓で作るポーションとか、どんな効果になるんだ……!」
「いや、村のジジババがちょっと風邪引いたときに使うくらいの滋養強壮薬っすけど」
こんなこと聞いてなんになるんだろう。いい加減早く捌かせてほしいドラゴン。
「じゃ、もういいっすか。早く捌かねえと本気で竜肝とかハツとか採れなくなっちまうんで」
言いながら包丁を取り出す。エドが「ぷはっ」と吹き出した。
「あっはははは! 本当に君って、僕のことを驚かせてくれるなあ!」
「そんな変なことしてないつもりっすけどね」
「いいよ、捌くところを見せてくれたら」
「そんな気持ちのいいもんじゃないですよ?」
「そのくらいは覚悟の上さ。皆もよく見ておくといい。なかなか見られないドラゴンの生態をしっかり目に焼き付けておこう!」
「で、殿下! よろしいのですか!?」
騎士団長のおっさんが問いかけてくるのを、エドも苦笑しながら首を振る。
「数日掛けて採れるかどうかわからない、というかほとんど取れない竜肝や竜心臓を、ウィルなら採れるという。ならお願いしない手はないだろう?」
「じゃ、始めるっすね」
翼を切り取り、腹を裂き、骨を外す。
ゆっくりしていてはうまくいかない。村のジジババには「ウィルはおっかなびっくりやるであかんのだわ」と笑われる手際をエドや騎士たちの前で披露するのは恥ずかしいけど、こんなデカいドラゴン、さっさと捌かないともったいない。
そして30分後。
「できましたー」
部位ごとに分けた肉と内臓を前に、額に伝った汗を拭う。
「いや、マジ手際わりいな俺……すいません、めっちゃ時間かかっちゃって」
「いや……ありがとうウィル、すごいものを見せてもらったよ!」
エドが口元をハンカチで押さえながら首を横に振る。それから振り返って、全員に叫んだ。
「みんな、捌いてもらったものをしっかり確認して、使える素材は錬金術研究室に運び込むように! それから肉については……初めての経験だし、いただこうか!」
◆ ◆ ◆
「陛下、エドワード、参りました」
王の執務室へ入ったエドワードは、今日起きた「ドラゴンを捌いた少年」の報告書を父の執務机に置く。
「うむ、ご苦労」
ねぎらいの声とともにそれを受け取った父王がそれを確認していく。
「……父上、先日も聞きましたが」
「なんだね」
エドワードは報告書から目を上げずに続きを促す父王に、すうっと息継ぎをしてから問いかけた。
「ウィル……ウィリアム・エバンスの出身地、ロシュトーク村とはなんなのですか。バジリスクの毒を中和する技術を持ち、頻繁にワイバーンを討伐して食し、今回に至ってはドラゴンを30分で解体する……こんな技術を持つ村の存在を、私は知りません」
「……エドワード」
報告書を執務机に置いて、父王は指を組む。
「……あそこは、触れてはならん」
「友人の出身地ですので、そういうわけにもいかないのですが」
「ウィル君と仲良くするのは構わんが、ロシュトーク村については触れぬように」
「……いえですが」
「触れぬように」
有無を言わさぬ父の声に、エドワードもため息を付くしかない。
「今まで通り、『まあウィルだしな』で済ませよと?」
「そうなるな」
「そうなるな、って」
肩を落とし、エドワードは呻いた。
「わかりました。なるべく彼が学園で浮くことがないように、今後も友人としてその動きを見守ることにします」
「それでよい、ときに」
ふと、父王は顔を上げる。
「最近お前の顔も少し明るくなったように思うが」
「ええ、来週の休みにウィルと散歩に行くことになっておりまして」
「そうか」
父王はここで初めて、口元をほころばせた。
「初めての友人を、大事にするのだぞ」
「はい、では失礼します」
部屋を出ていく息子を見送り、王は伏せていた小さな額縁を取り上げる。
「……お前の息子、俺の息子と仲が良いそうだぞ。血は争えんな」
その額縁の中には、若かりし頃の王と、その友人が肩を組む様が描かれていた。


