「らっしゃーせー」
親父いわくあまりやる気のなさそうなあいさつに、その人は困った顔をした。
ていうか、よそ者だ。この辺境の村はすべての人間が顔見知りになる。おしめの取れる前から面倒を見てくれたおじちゃんおばちゃん、じじばばが、大人になっても子ども扱いしてくる、そういう村だ。
そんななかで、その人は俺の見覚えのない人だった。
「……ウィリアム・エバンス?」
「そっすけど」
その人は、俺の名前をフルネームで確認してきた。よくわからない表情を浮かべ、よくわからない首のかしげ方をしながら、その人はカバンから取り出した封筒を俺に差し出してくる。
「……郵便です」
「え?」
郵便? 生まれてこの方、この村をほぼ出たことがない俺に?
村の外に知り合いとか全くいない俺に?
「何かの間違いじゃないっすか」
「いや、ロシュトーク村のウィリアム・エバンス。君で間違いないんだろ?」
そう言って見せてきた宛名のところには、確かに俺の名前。
ロシュトーク村、アイテムショップ「エバンス」方、ウィリアム・エバンス様。間違いなく俺のことのようだ。
「正直、君のような、その……村から一度も出たことなさそうな田舎も……んんっ、朴訥な青年にこの蝋封の書状を届けること自体、何かの間違いではないかと思うのだが」
「……悪かったな田舎モンでよ」
差し出された封筒をひったくるようにして受け取ると、蝋封を割って中を確認する。
……それから、一秒、二秒。
三秒、四秒。五秒。
——フウ、と俺は息をつき、それを畳んで相手に突き返した。
「……何かの間違いっすね」
「いやいやいやいやいや」
返そうとして両手で阻まれる。とはいえ、それくらい異常な手紙だった。
でっかい押印がいくつも押されていて、金のインクで縁取りとかしてある。無意味に豪華だなー、くらいに思っているけれど、内容は簡素な割にもっと異常だった。
手紙にはこう書かれていたのだ。
「ウィリアム・エバンス。
上記の者、王立学園特待生として入学を許可する。
ついては期日までに規定の役所に出頭すべし。住所は——」
「いや許可されても行く気ないんで。持って帰ってください」
「いやいやいやいやいや!」
手紙を持ってきたその人は更に激しく首を振って、意地でも手紙を受け取るまいと必死だ。
「それ王室御璽付きなので! 入学許可とか書かれてますけどむしろ入学しなかったら命令違反ということになってアレになる恐れのあるソレですから!」
「なんっだその怖すぎる手紙!」
思わずカウンターにその手紙を放り出す。よく見れば、いくつも押されたデカい押印の中でも、なんかひときわデカいハンコがおされてて、それが明らかに特別な感じを醸し出していた。
「いや絶対何かの間違いですって。俺普通の田舎モンだし。この村で普通に親父のアイテムショップで店員やってる家業手伝いの人間だし」
「それはこちらもわかっているし何かの間違いじゃないかってことはよくよくわかってるけど、それはそれとして書類自体は本物で間違いなさそうだし!」
「そんな事言われたって。俺見たことないっすよこんなの」
「そりゃそうでしょ、王室御璽付きの書状なんてめったに無いし、普通はこんな普通郵便で届けたりしないアレだし!」
「だったら持って帰ってくださいって。絶対何かの間違いで同姓同名の誰かの手紙が紛れ込んだだけだから」
「蝋封割った後でそんなことを私に言われても困る! とにかく、渡したので!」
「あっちょっと!」
その人は逃げるように身を翻して走り去ってしまう。恐ろしくなった俺は、厨房でポーションを作っていた親父が戻ってくるまで、呆然とカウンターに座り込んでいたのだった。
◆ ◆ ◆
俺の名前はウィリアム。みんなからはウィルと呼ばれる。地元のロシュトーク村で生まれ、村から出ずにこの年まで生きてきた。
この年齢、いわゆる王都では貴族の子弟たちが王立学園に入るため熾烈な受験勉強ならぬ受験戦争を繰り広げるのだということは小耳に挟んで知っていたけれど、自分には全く関係のないことだと思っていた。
王立学園。国のトップエリートたちが選りすぐった最高峰の教育を受け、国を守り支える官僚や軍人となるべく学ぶ場所。
辺境の村で何事もなく、それこそ「鳴かず飛ばず」って人生を送ってきた俺には一生縁のない場所。そう思っていた。
……そう思っていたのだが。
「行ってきたらどうだ、ウィル」
夕食後、親父にそう言われ俺は目を剥いた。
「冗談きっついぜ親父、店番どうするんだよ」
「お前なんぞさほど役にも立っとらんだろ」
そういう言い方することないだろ。
「この村の住民はたいてい、この村から出ずに人生を終えちまう。だがせっかくもらえた機会だろ、お前自身の目で王都を見て、見聞を広めてこい。ついでに王都にうちの店の販路を広げてくるぐらいの気概は見せろ」
「まあまあ、この子にそんな無理を言うもんじゃないわよ」
めちゃくちゃ言ってくる親父に、まあまあとニコニコして割とひどいことを言ってくるおふくろ。
「……何かの間違いだと思うけどね」
こんな田舎モンを特待生に選ぶなんて、正気の沙汰じゃねえ。
俺は一応、なにかの間違いですね、と言われることを半ば確信しながら、数日で帰れるだろう王都への短い旅行を楽しむことにした。
……こういうときは、切り替えが早くて羨ましい、と言われるポジティブさがあるのである。
親父いわくあまりやる気のなさそうなあいさつに、その人は困った顔をした。
ていうか、よそ者だ。この辺境の村はすべての人間が顔見知りになる。おしめの取れる前から面倒を見てくれたおじちゃんおばちゃん、じじばばが、大人になっても子ども扱いしてくる、そういう村だ。
そんななかで、その人は俺の見覚えのない人だった。
「……ウィリアム・エバンス?」
「そっすけど」
その人は、俺の名前をフルネームで確認してきた。よくわからない表情を浮かべ、よくわからない首のかしげ方をしながら、その人はカバンから取り出した封筒を俺に差し出してくる。
「……郵便です」
「え?」
郵便? 生まれてこの方、この村をほぼ出たことがない俺に?
村の外に知り合いとか全くいない俺に?
「何かの間違いじゃないっすか」
「いや、ロシュトーク村のウィリアム・エバンス。君で間違いないんだろ?」
そう言って見せてきた宛名のところには、確かに俺の名前。
ロシュトーク村、アイテムショップ「エバンス」方、ウィリアム・エバンス様。間違いなく俺のことのようだ。
「正直、君のような、その……村から一度も出たことなさそうな田舎も……んんっ、朴訥な青年にこの蝋封の書状を届けること自体、何かの間違いではないかと思うのだが」
「……悪かったな田舎モンでよ」
差し出された封筒をひったくるようにして受け取ると、蝋封を割って中を確認する。
……それから、一秒、二秒。
三秒、四秒。五秒。
——フウ、と俺は息をつき、それを畳んで相手に突き返した。
「……何かの間違いっすね」
「いやいやいやいやいや」
返そうとして両手で阻まれる。とはいえ、それくらい異常な手紙だった。
でっかい押印がいくつも押されていて、金のインクで縁取りとかしてある。無意味に豪華だなー、くらいに思っているけれど、内容は簡素な割にもっと異常だった。
手紙にはこう書かれていたのだ。
「ウィリアム・エバンス。
上記の者、王立学園特待生として入学を許可する。
ついては期日までに規定の役所に出頭すべし。住所は——」
「いや許可されても行く気ないんで。持って帰ってください」
「いやいやいやいやいや!」
手紙を持ってきたその人は更に激しく首を振って、意地でも手紙を受け取るまいと必死だ。
「それ王室御璽付きなので! 入学許可とか書かれてますけどむしろ入学しなかったら命令違反ということになってアレになる恐れのあるソレですから!」
「なんっだその怖すぎる手紙!」
思わずカウンターにその手紙を放り出す。よく見れば、いくつも押されたデカい押印の中でも、なんかひときわデカいハンコがおされてて、それが明らかに特別な感じを醸し出していた。
「いや絶対何かの間違いですって。俺普通の田舎モンだし。この村で普通に親父のアイテムショップで店員やってる家業手伝いの人間だし」
「それはこちらもわかっているし何かの間違いじゃないかってことはよくよくわかってるけど、それはそれとして書類自体は本物で間違いなさそうだし!」
「そんな事言われたって。俺見たことないっすよこんなの」
「そりゃそうでしょ、王室御璽付きの書状なんてめったに無いし、普通はこんな普通郵便で届けたりしないアレだし!」
「だったら持って帰ってくださいって。絶対何かの間違いで同姓同名の誰かの手紙が紛れ込んだだけだから」
「蝋封割った後でそんなことを私に言われても困る! とにかく、渡したので!」
「あっちょっと!」
その人は逃げるように身を翻して走り去ってしまう。恐ろしくなった俺は、厨房でポーションを作っていた親父が戻ってくるまで、呆然とカウンターに座り込んでいたのだった。
◆ ◆ ◆
俺の名前はウィリアム。みんなからはウィルと呼ばれる。地元のロシュトーク村で生まれ、村から出ずにこの年まで生きてきた。
この年齢、いわゆる王都では貴族の子弟たちが王立学園に入るため熾烈な受験勉強ならぬ受験戦争を繰り広げるのだということは小耳に挟んで知っていたけれど、自分には全く関係のないことだと思っていた。
王立学園。国のトップエリートたちが選りすぐった最高峰の教育を受け、国を守り支える官僚や軍人となるべく学ぶ場所。
辺境の村で何事もなく、それこそ「鳴かず飛ばず」って人生を送ってきた俺には一生縁のない場所。そう思っていた。
……そう思っていたのだが。
「行ってきたらどうだ、ウィル」
夕食後、親父にそう言われ俺は目を剥いた。
「冗談きっついぜ親父、店番どうするんだよ」
「お前なんぞさほど役にも立っとらんだろ」
そういう言い方することないだろ。
「この村の住民はたいてい、この村から出ずに人生を終えちまう。だがせっかくもらえた機会だろ、お前自身の目で王都を見て、見聞を広めてこい。ついでに王都にうちの店の販路を広げてくるぐらいの気概は見せろ」
「まあまあ、この子にそんな無理を言うもんじゃないわよ」
めちゃくちゃ言ってくる親父に、まあまあとニコニコして割とひどいことを言ってくるおふくろ。
「……何かの間違いだと思うけどね」
こんな田舎モンを特待生に選ぶなんて、正気の沙汰じゃねえ。
俺は一応、なにかの間違いですね、と言われることを半ば確信しながら、数日で帰れるだろう王都への短い旅行を楽しむことにした。
……こういうときは、切り替えが早くて羨ましい、と言われるポジティブさがあるのである。


