ゼラニウムが結んだ恋

 翌日、百合人は退院した。両親は仕事で来れないので、百合人は一人で荷物をまとめた。
「お大事にね!」
 馴染みの看護師が明るく見送ってくれたが、百合人の心は晴れないままだった。
 ――南原……。あれっきりだったな……。
 あれこれと思い悩みながら、病室を出る。そこで百合人は、ふと福井のことを思い出した。そういえば、同じ病棟にいるのだっけ。
 ――寄ってくべきかな? でも、向こうだって僕の見舞いに来なかったわけだし……。 そこで百合人は、昨日の南原の言葉を思い出した。
『ああいう態度を取るのは、お前に構ってほしいから』
 恋敵、とも言っていた。つまり福井もまた、自分を好きなのだろうか。
 ――なおさら、顔合わせづらいんだけど……。
 悩みながら男子トイレに入った百合人は、ドキリとした。そこにはまさに、福井がいたのだ。
「あ……」
 二人は、同時に声を上げた。そして、同時に沈黙する。先に言葉を発したのは、福井の方だった。
「花岡、悪かった! 怪我させちまって」
「い、いや! あれは、僕が受け身を間違えたんだし。それに、お前こそひどい怪我じゃん」
 百合人は、福井の腕を指さした。大がかりに吊っている。
「あー……」
 福井は、気恥ずかしそうな顔をした。
「みっともねえな。南原にやられたんだよ」
「うん、知ってる。南原に聞いた」
 すると福井は、目を見開いた。
「何、あいつ、見舞いに来たわけ?」
「そうだけど」
 もろもろ気まずくて、小声になる。福井は、一瞬仏頂面になったものの、仕方なさげに頷いた。
「まー、そりゃそうか。てか、見舞いにも行かなかった俺に、あれこれ言う資格はねーし。……いや、行くべきとわかってたんだけど。勇気が出なくてさ」
 そこで福井は、意を決したように百合人を見つめた。
「花岡、ごめんな。今まで、変に絡んでさ。どうにかしてお前と話したかったんだけど、きっかけが思いつかなかったんだ」
 南原が言ったことは、やはり当たっていたのか、と百合人は唖然とした。
「馬鹿みたいだろ。必死に頑張って、お前との接点作ったのに……。柔道では一緒に組めるように裏工作したし、同じ美術部に入って、お前と同じ美大目指して……」
「ちょっ、ちょっと待って!」
 百合人は、あわててさえぎった。福井がそんな努力をしていたのも驚きだったが、最後のフレーズは何だ。
「僕と同じ美大って何? 福井、お父さんと同じ道を進みたいんじゃなかったの?」
 父親が美大の教授だから自分も、と目指していたのではなかったのか。ところが彼は、あっさりとかぶりを振った。
「いや? うちの親父は、俺に好きな道を行けって言ってるけど? それでも美大に進もうと思ったのは、花岡と同じとこに行きたかったから」
 ――何て誤解だ。
 百合人は、顔を覆いたくなった。