未成年は相続放棄できますか。

 わたし、坂井悠(はるか)、十七歳。
 大人と少女との境目にいる。選挙権はないけど、結婚はできる。
 それなら、わたしは相続放棄ができるのだろうか。答えはできない。それは未成年だからだ。悔しいが、未成年者は親か、その代理人が法律行為を代わりにやらなければならない義務があるからだ。

「今まで黙っていて、本当にごめんなさいね」
 叔母さんの向川百合がわたしの足元で、大名にひれ伏す平民のように土下座した。
「叔母さん、やめてよ。別にわたし、怒っていないし、それに、叔母さんには本当に感謝しているの。だから、頭を上げてください」
 叔母さんはつと、顔を上げ、眩しそうにわたしを見た。
「悠ちゃん、許してくれるの?」
「許すも何も、わたしに配慮してたんだよね。わたしはさ、始めからお母さんなんていないって思ってたから。だから、お母さんが亡くなったって聞いても、ピンと来ないっていうか、なんていうか...」
「あのね、悠ちゃん、わたし、悠ちゃんの写真とか、お母さんに送ったりしてたの。罪悪感はあった。だけど、お姉さんは悠ちゃんのことを一度たりとも忘れたことはないんだよ。それだけはわかってあげて」
 わたしは急に血圧が下がった感覚になった。いくら百合叔母さんの言葉でも、撥ねつけたかった。
 わたしは立ち上がり、まだ土下座の体勢を崩さない叔母さんを睨んだ。
「それは言われたくないし、わからない。わたし、捨てられたんでしょう?お母さんはわたしよりも、絵を選んだんだよ。留学先で男とヤッてわたしを孕んでさ」
 百合叔母さんはその言葉になんらかのスイッチが入ったように、立ち上がる。背丈は叔母さんと同じくらいだが、体力ではまだ、叔母さんには敵わない。
 叔母さんはわたしを引き取ってから、手を上げたことはない。だけど、この瞬間はビンタの一つでも見舞われるだろうと覚悟した。
 だけど、叔母さんはわたしを憐れんでか、手を上げない。それはわたしが本当の子どもではないから?やっぱり育ての親とはいえ、遠慮がある。
「とにかく、唯一血の繋がったお母さんの悪口だけは言わないでちょうだい。お願い」
 百合叔母さんの泣きそうな表情を見て、わたしは頷く。
 きっとわたしは百合叔母さんを悲しませているんだ。ここまで育ててもらって、叔母さんを泣かせるなんて、わたしは罪な子だ。
「ごめんなさい。叔母さん、わたし、今まだ、心の整理がつかなくて...」
「いいのよ。突然、自分のお母さんが亡くなったなんて、それは誰だって戸惑うし、理解はできないわよね。わたしが悠ちゃんの立場でもそうなるわ」
「あの、お母さんの写真、ありますか?」

 叔母さんは部屋からお母さんの写真を持って来た。
 黒いコートに白い襟巻をして、背景は公園だろうか、お母さんが写っていた。
「これ、一年前にわたしが撮ったの。実はね、悠ちゃんが成人になったら見せようかと思ってね。でも、姉さん、こんなに早く亡くなるなんて...」
 叔母さんは感極まって泣きそうになった。
 わたしは叔母さんを尻目に、観察する。写真の女性には既視感があった。間違いない。わたしは中学生の時にお母さんに会っている。
「叔母さん、この人の雅号って、はるか恵子ですか?」
 すると、叔母さんはふと、真顔になり、わたしを見つめた。
「やっぱり、悠ちゃん、姉さんの個展に行ったんだね。そうよ。はるか恵子が姉さんの雅号よ。はるかは悠ちゃんのはるかからとったの。お母さんはね、悠ちゃんの名付け親でもあるのよ」
 改めてわたしは写真のお母さんを見た。写真に撮られるのが慣れていないのか、表情は硬い。だけど、なんだか幸せそう。わたしを捨てて、幸せそうにしてるなんて。もっと神妙な顔してたっていいでしょう。
 それにわたしの名付け親なんて。わたしは悠という名前は叔母さんがつけたものだと思っていた。なんだか、この十七年、わたしだけが蚊帳の外だった。