イベリスの押し花を添えて



私立水無月中学。

ここには大きなドーム状の図書館がある。

私、白石花帆はこの図書館の図書委員だ。

図書委員になった理由は、本が好きだから。

というわけではなく…。

ただ単に、整備委員会や、文化祭実行委員会、生徒会などと比べて、楽そうに思えたからだ。

しかし現実は…。

目の前には大量の本の山。

これらは今日返却された本である。

正直、これを今から片づけるとなると18時は回るだろう。

嫌だなあ。

早く帰りたいなあ。

そう思っていても仕事はやらなければならない。

先輩から、

「白石さん、水瀬くんと一緒にこれ戻してくれる?」

と言われているし、頑張るか。

水瀬っていうのは、私と別クラスの図書委員の男の子だったはずだ。

私は人のことを覚えるのが苦手だからあっているのかわからないけれど。

でもクラスメイトよりも図書委員の彼の方がまだ顔が一致している。

不思議だ。

彼は、割と中性的な顔をしていて、確かファンクラブまであるとか何とか。

そんな彼のことを、私は同じ委員会仲間としてしか見ていなかった。

さてと、仕事をしますか。

花帆は本を何冊か抱えて、先に作業している水瀬のもとへと向かう。

水瀬はすでにもくもくと返却作業をしていた。

ファンクラブがあるくらいだから、もっと人前に出るような委員会に入ったらよかったのに。

花帆は内心そう思っていた。

けれど、水瀬が本に触る手つきは丁寧なもので、本が好きなのかなとも感じた。

「えっと、水瀬くん」

「どうしたの、白石さん」

「手伝いに来たよ」

「この本たちならあっちの棚だな」

「任せてもいい?あと少しでこの棚の本が片づけ終わるから。終わり次第手伝いに行く」

「もちろんだよ」

そうして私たちは黙々と本を片付けていた。

片づけるべき本の棚がわからないときは、水瀬に聞きに行ったりした。

水瀬は作業の途中でも嫌な顔一つせずに、どこの棚か教えてくれた。

気取ったところとか気難しい感じとかがなくて、話しやすいいい人だな。

それが今日の作業で私が水瀬に抱いた感想だった。
さて残り数冊。

この作家の本は…。

一番上の棚か。

届くかな。

何回もぴょんぴょんと跳ねながら私は本を戻そうとしていた。

すると。

ふと後ろからぬくもりを感じた。

後ろを振り返ると、すぐ近くに水瀬の顔があった。

「っっっっびっくりした!!」

思わず大声を出してしまった。

水瀬は目を閉じて耳をふさいでいる。

「びっくりしたのはこっちだよ」

「ごめん」

「別にいいけどね」

それで、と水瀬は私の手元にある本を見る。

「一番上の本だね」

「そうだね」

「届かないんだ?」

「いや、届くし」

「さっきから何回も跳ねてたけど?」

「なんで見てんの」

「俺はもう作業終わったし」

「終わったなら手伝って」

「わかったよ、ちびな白石さん」
「ちびは余計だ!!」

水瀬は軽く舌を出して本を片付けていく。

うう、背が高いってうらやましい。

そんなことを考えていると、水瀬がすべての本を片付け終わったようだ。

こっちを向いて、少しだけ意地悪な顔をして
「ちびな白石さん、終わったよ」

「だからちびは余計だ」

「でもありがとう」

「どういたしまして」

そういうと、水瀬は帰ろうとしてカウンターの方へ向かっていたが、ああと声を漏らしてこちらに振り返る。

「俺は自分より小さい子、かわいいと思うよ」

「はあ!?」

「じゃあまた来週」

そう言い残して、彼は手を振って帰っていった。

「…何なの、あの人」

誰もいなくなった図書館で、私は一人でつぶやく。

ちびって何度もからかってきたと思ったら、最後にはかわいいと思うだなんて。

からかわれただけだ。

きっとそう。

水瀬はファンクラブがあるくらい人気らしいし、ああいうことを女の子にいうのも慣れているのかもしれない。

いや。

「…絶対、そうにきまってる」

自分に言い聞かせるようにつぶやいて、私も帰る準備を始めた。

その日の夜。

夕飯を食べて、お風呂に入って、自分の部屋で宿題をしていた。

いつもと何も変わらない一日。

その、はずだった。

数学の問題を解いている途中で、ふとシャーペンのペン先の動きが止まる。

『俺は、自分より小さい子、かわいいと思うよ』

「………………」

なんで今思い出した??
私は慌てて問題集に視線を戻す。

えっと、二次関数の――。
『かわいいと思うよ』
「ああ、もう!」
シャーペンを机に置いて、両手で頭を抱える。
別に私のことをかわいいと言ったわけじゃない。
水瀬は「自分より小さい子」と言っただけだ。
それなら私以外にもたくさんいる。
そもそも、あの人にはファンクラブまであるらしい。
今日みたいなことだって、いろんな女の子に言っているのかもしれない。
「……って」
そこまで考えたところで、私は顔を上げた。
「なんで私、そんなこと気にしてるの?」
分からない。
今日まで水瀬のことなんて、同じ図書委員の男の子としか思っていなかった。
別のクラスだし、委員会以外で話したこともほとんどない。
なのに。
目を閉じると、意地悪そうに笑った顔が浮かんでくる。
『ちびな白石さん』
「……ちびじゃないし」
誰もいない部屋で言い返してみる。
もちろん返事なんてない。
それなのに、なんだか少しだけ悔しくて。
次に図書委員の仕事があるのは、一週間後。
いつもなら面倒だと思うだけなのに。
その日だけはなぜか。
一週間後が、ほんの少しだけ遠く感じた。