夏が終わったら逢いにきて 〜初めて恋した相手は幽霊でした〜

 突然の出会いだったユーレイさんとの別れは、やっぱり突然だった。

「じゃあ今日は……階段の踊り場に映る血まみれの生徒……」

 いや、怖いな?
 ノートに書かれた七不思議も残すところあと二つになっていた。
 といっても七不思議のうちの一つの正体は僕だったし、他のもたいしたことではなかった。
 あれだ、幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつだった。
 夜になると目が光る銅像は、側にある街灯の光が微妙に目の部分で反射してるからだったし、開かずの部屋は鍵を紛失しただけで今は鍵を交換済みらしい。
 誰かが泳いでる室内プールも、夜の間にプールを洗浄する機械を時々動かしてるからだったし。
 何度消しても黒板に浮かび上がる文字は、なんのことはない。
 誰かが白い油性ペンで書いた落書きが消せずに残っているだけだった。

「まぁ、七不思議なんてそんなもんだよなぁ」

 鏡があると噂の階段に向かいながら、僕はぽつりと呟いた。
 そりゃそうだ。
 早々心霊現象なんてあってたまるか!

「まぁまぁ。いいじゃないの。高校生活の思い出にさぁ。七不思議を暴く! ってめっちゃ青春っぽくて楽しくね?」

 前言撤回。
 心霊現象は意外と身近にあるらしい。
 ふよふよと僕の横に浮かんでるユーレイさんを見ながら、僕はそっとため息を吐いた。

「そりゃ……楽しくないわけじゃないですけど……」

 チラリとユーレイさんの顔を見上げる。
 整った顔立ちは、生きてたらめちゃくちゃモテてただろうなって思わせるものだ。
 たぶんユーレイさんと本当に同い年でも、僕たちは所属するグループが違っていたことだろう。
 あれだ、一軍男子(ユーレイさん)それ以外()ってやつだ。
 べ、別に悲しくなんてないんだからっ!

「ん? どした?」

 僕の視線に気付いたのか、ふわりと空を舞うユーレイさんが上から僕の顔を覗き込む。
 ……進行方向に来られると、そのまま顔が重なってしまいそうで……。
 いや、ユーレイさんは幽霊だからすり抜けるだけなんだけど!
 そうは言ってもすり抜けるのは遠慮したいので、そっとユーレイさんを避けながら目的の場所を目指す。

 ……至近距離で見つめ合ってしまったことによって、熱くなった頬を見られないように。

「……で、あの下にあるのが例の鏡か……」

 空中で考える人のポーズをとるユーレイさんがふむ……と思案気に見つめる先には、大きな鏡があった。

「……ていうか、生徒がぶつかって亡くなった鏡なんて……普通そのまんまにしときますかね?」

 僕の疑問に、中空でずっこけるふりをするユーレイさん。
 芸が細かいな……。

「……まぁ、それは言わない約束ってことで」

 僕の頭上を飛び越えたユーレイさんが鏡に向かっておりていく。
 その半分透けた背中を追いかけるようにして、僕も階段へと一歩を踏み出し……。

「あ……」

 踏み外した。
 バランスを崩した身体。
 ふわりと嫌な浮遊感が胃を刺激する。
 傾く視界の端には驚いて目を見開くユーレイさん。

「っ! バカっ?! 何やってんだ?!」

 慌てて駆けつけたユーレイさんが、僕の身体を支えようと手を伸ばして……すり抜けた。
 焦ったユーレイさんの顔と僕の顔が近づいて、重なり合って、通り抜ける。

「……っう?!」

 階段を落ちた時には、なるべく身体の力を抜いて落下に任せた方が怪我が少ない。
 なんていつ聞いたかわからないことを思い出しながら、僕は階段を落ちていく。

「いっ! ……てぇ……!」

 転がり落ち切った僕は、踊り場でうめき声をあげるしかできなかった。
 
「く……ぅ……!」

 恐る恐る手足を動かしてみても、激しく痛むところはないらしい。
 どうやら下手に身体に力を入れて落下するより、身を任せてしまった方がいいというのは事実だったらしい。
 そんなこと、身をもって体験したくなかったけど。

「おい! 北斗?! 大丈夫か!?」

 ユーレイさんの心底焦った声が頭上から響く。

「だい……じょうぶそう……」

 衝撃に耐えるため瞑っていた目を恐る恐る開けば目の前に人影。

「っ?!」

 それは……無様に踊り場に転がる僕だった。別に幽体離脱したわけじゃない。転がった拍子に目の前に噂の鏡が来ただけだ。
 そして……踊り場の鏡には僕しか映っていなかった。
 そんな当たり前のはずのことに、ものすごくショックを受ける。
 僕の目の前でうるさいほどに笑って喋って、確かに存在してるはずなのに。

「おい! ホントに大丈夫か?!」

 なかなか起き上がらない僕に焦れたのか、ユーレイさんが上から僕の顔を覗き込んだ。
 本当だったら鏡に映るであろう位置なのに、やっぱり鏡には僕の姿しかない。
 ユーレイさんの姿は……映ってなかった。

「……ははっ」

 今さらなその事実が……僕の胸の奥に重く沈んでいった。