夏が終わったら逢いにきて 〜初めて恋した相手は幽霊でした〜

「ぶぁっはっはっはっはぁ!」

「……ちょっと笑いすぎぃ……」

 ジトリと横目に見てもユーレイさんの笑いは止まらないようだ。

「だって……っ! 七不思議の正体が……っ! まさかの……っ! お前っ!」

 息苦しそうに、それこそ死にそうなくらい笑ってるんだけど……。
 いやそもそも幽霊だからもう死なないのか?

「僕だってそんなこと思われてるなんて知りませんでしたよ」

 憮然とした表情を浮かべても、ユーレイさんの笑いは止まらない。
 ……まぁ、僕も他人事だったら大笑いしてたんだろうけどさ。
 まさかね、コッソリ忍び込んでピアノを弾いてただけで、七不思議の仲間入りをしちゃうなんてさ。
 さすがに想定外だったよ……。

 まだまだ笑いが止まらなさそうなユーレイさんを後目に、落ち着くまで長そうだと僕は数学のテキストを広げて受験勉強に専念することにした。

「……おい。……おいってば……! おーい! ほくちゃーん?」

「……はっ?!」

 バッと顔をあげれば、窓からは赤い夕陽が差し込んでいた。

「え? あれ?!」

 オレンジ色に染まる窓の側に立っているのは……ユーレイさんだ。

「え? もしかして僕?! ユーレイさんのことガン無視してました?!」

 やっちまったぁと内心思いながら、慌ててテキストを閉じる。
 集中し過ぎると周りの声が聞こえなくなるのは、ピアノをやってた時から変わらない悪い癖だ。
 焦る僕を後目に、ユーレイさんからなんの返事もないことを訝し気に思いながら顔をあげた。

「……ユーレイさん?」

 真っ赤な空を背に僕を見つめるユーレイさんの顔には、何とも言えない表情が浮かんでいた。

「……ユーレイさ……ん?」

 夕日に呑み込まれそうなユーレイさんにそっと手を伸ばす。
 その手は……あっさりと(くう)を掻いた。

「あ……」

 そうだ。
 彼はもうこの世のものではない。
 触れることすら叶わない。
 理解していたはずの事実(こと)を改めて突き付けられて、僕は何も言えなくなってしまった。
 伸ばした手を引いて、ぐっと胸元のネクタイを掴む。
 ぎゅっと締まった首元に息苦しさを感じながら、もうこの苦しさをユーレイさんが感じることはないんだと突き付けられた。
 
「ユーレイ……さん」

「……どした?」

 僕の掠れ切った声は確かにユーレイさんの耳に届いたらしい。
 小さく、儚く微笑むユーレイさんの顔に、僕は泣きたくなるような息苦しさを覚えた。

「んぁ~。今日は遅くなったし、もう帰んな」

 どこまでも落ちていきそうな空気を切り裂くように、ユーレイさんが幽霊らしからぬ明るい声をあげる。

「す、すみません……っ! 七不思議を確認するって話だったのに……っ!」

 そうだ。
 僕はユーレイさんの心残りを解消するために、この学校の七不思議を実際に見てみるって話になっていたんだ。
 そう……。ユーレイさんの心残りを……。
 心残りが消えてしまえば……ユーレイさんは成仏する。してしまう……。

 僕を見つめる優しいユーレイさんの瞳から逃れるように……僕はそっと目を逸らしたのだった。