「……えーっと? 何の冗談ですかね?」
とりあえず……と、外から見えない場所に移動して、二人並んで座る。
うん、目の前でふよふよ浮いていられると、落ち着かないからね。
名前を、自分のことを何一つ覚えていないと言い出した幽霊が相手だけど、僕はなんとか会話を試みることにした。
「冗談も何も……。俺……俺は……誰だ?」
わかりませんって即答したいところだけど、相手は何せ幽霊。下手を打って恨まれて祟られたら目も当てられない。
「えっと……とりあえずなんですが……。この学校の生徒だっていうのは確かなんですよね?」
僕の言葉にハッとしたように顔をあげる幽霊さん。
くるりと音楽室の中を見回して……。
「あ、あぁ、たぶん……。ここって、第三音楽室だろ? 今年度いっぱいで使わなくなるっていう……」
「はぁ……まぁそうですが……」
使わなくなるっていうか、もう使われてないんだけど……。
ただこれで彼が完全な部外者、いや部外幽霊じゃないことが分かった。ここが三つあるうちの一つの音楽室だなんて、外の人は知らないだろう。
「そして三年生なんですよね?」
「あ? あぁそう……だ……。行きたい、いやなりたい職業があって……そこを目指して大学を選んで……それから……っう……」
「だ、大丈夫ですか?」
急に頭を抱えて呻いた相手にとっさに手を伸ばす。
も、半透明な相手の身体は僕の手が触れられるものではなかったらしい。
すぅと相手の身体を通り抜けてしまった自分の手を、呆然と見つめることしかできない。
「それから……俺……俺は……」
「と、とりあえず落ち着いて……っ!」
僕の声をやっと認識したみたいに、幽霊さんが顔をあげる。
何故かハッとしたように僕を見る。
「君……は……」
「三年二組の島原です。……さっきも言いましたが……」
「君が……三年? じゃあここは……高校じゃないのか?」
妙なことを言い出す幽霊さんに困惑する。
いや、きっとこの人は幽霊になりたてで混乱してるんだ。
優しくしてあげないとな。
なんて妙な使命感を抱きながら、相手の誤解を解いていく。
「いいえ、ここは県立○○高校の第三音楽室で、僕は高校三年生です」
「そう……なのか……?」
しかめっ面になっても顔がいい。
顔整いって特だなぁ、なんて考えてしまうのは現実逃避の一種なんだろうか?
相手の質問に力強く是を返しながら、そんなことを考えていると、相手が深々とため息を吐いた。
「……もしかしなくても俺……死んでる?」
「は……いえ、そこはわかりかねます!」
あっぶね……。
危うくはいって言い切っちゃうとこだった。
いや幽霊さんが幽霊だと自覚してもらうチャンスだったんだけども。
でも変に刺激して、僕に憑りつこうとか思われても困るし……。
なんとか穏便に……と思っていると、相手が少しだけため息を吐いた。
「そうだ……俺……確か事故にあって……」
事故……。
その言葉を聞くのは今日二回目だ。
事故に遭うのはどこか遠く、他人事のような気がしてるけど、実は誰にでも起こりうる身近なものだと突き付けられた気分になる。
「そう……だから心残りを……」
「心残り……ですか?」
逡巡しながら自らの思考を整理して口にしてるような状態の相手に、相槌を打つのもおかしなことかもしれない。
それでも何か言葉を発せずにはおれなかった。
俯いた相手の頭を痛まし気に見てしまう。
きっと若くして幽霊になったということは、心残りも沢山あるんだろう。
なんだろう? 好きな人に告白したかったとか? いや、この顔なら恋人の一人や二人いただろうから、ちゃんとお別れを告げたいとかかな?
って、二人も恋人がいたらまずいか……。
なんて考え事をしていたからか、相手が妙に意気揚々と顔をあげたことに気付くのが遅れた。
「そう。俺は……この学校の七不思議を解き明かしたくて……っ!」
「……はぁ?」
思いがけない言葉に、僕は素で疑問の声をあげてしまう。
つか、今コイツなんつった?
「だから! この学校にある七不思議を解き明かしたくて、俺はここに化けて出たんだ!」
化けて出たとか自分で言っちゃったよこの人……。
ぐっと拳を突き上げる相手を後目に、僕はすっくと立ちあがった。
スラックスのお尻部分についてた埃をパンパンと叩き、そのまま音楽室の出口を目指す。
「え? ちょっと待って? ここは手伝うって言ってくれる場面じゃねぇの?」
僕の頭上をふわりと飛び越えて、幽霊さんが僕の行き先を塞いだ。
と言っても、相手は幽霊だから、最悪相手をすり抜けることだってできるんだけどね。
「なぁ? 七不思議とか興味ねぇ? ちょっと俺と調べてみたりとか……」
「……ガンバッテクダサイ。ハヤクジョウブツデキルトイイデスネ」
機械的な笑みを浮かべてそう告げれば、相手の顔に焦りが浮かぶ。
いやでも考えても見て欲しい。
幽霊と一緒に学校の七不思議を調べるとか、絵面がシュール過ぎる。
ていうか僕もいちおう受験生だし?
そんなに暇じゃないし?
放課後の使われていない音楽室に忍び込んでピアノを弾いていた自分のことは見ないふり。
息抜きは時々するから息抜きなんだ。
さすがに幽霊さんの酔狂に付き合ってる暇はない。
「待って待って待って! お願い! 協力して! お願いだから!」
幽霊に拝まれるなんて貴重な体験だなぁ。
……一生体験しなくても良かったけど。
そんなことを思いながら、幽霊さんを見つめていると、何故か悲壮な顔になる。
ていうかさ。
「あ、じゃあ誰か七不思議に興味のありそうな人を連れてきますんで。その人にお願いしてくださいね」
そうだ。それがいい。
そもそも七不思議に興味を持ってる相手なら、幽霊も好きなんじゃないか?
成仏するのを手伝うとかレアな経験、きっと垂涎物だろう。
うん、僕なんかよりよっぽど適切な人間がいる。
うんうんと頷いてると、目の前の幽霊が真っ青になってますます悲壮な顔になる。
まるで死にそうな顔だななんて思うのはちょっとブラックジョーク過ぎるだろうか?
「お、お願いだ! お前が! いや君にお願いしたいんだ! だから……っ!」
「ええー」
「そこをなんとか!」
ウルウルと涙ぐむ真っ黒な瞳に見つめられ……僕は深々とため息を吐いた。
こういうの、性格的に損してるって理解ってるんだけどなぁ。
頼まれたら断れない自分が憎い。
「……わかりました」
相手の顔がぱぁと明るくなった。
おぉ、まるで生きてるみたいだ……なんて失礼なことを考えていると、相手が握手するように手を伸ばしてきた。
「やった! 見た目通りチョロ……じゃなくて、よろしく頼むな!」
「はぁ……」
自分のお人好しさというか物好き加減にため息を吐きながら、是を返したのだった。
……もちろん、握手は幽霊さんの手をすり抜けたため、成立しなかったことを申し添えておく。
とりあえず……と、外から見えない場所に移動して、二人並んで座る。
うん、目の前でふよふよ浮いていられると、落ち着かないからね。
名前を、自分のことを何一つ覚えていないと言い出した幽霊が相手だけど、僕はなんとか会話を試みることにした。
「冗談も何も……。俺……俺は……誰だ?」
わかりませんって即答したいところだけど、相手は何せ幽霊。下手を打って恨まれて祟られたら目も当てられない。
「えっと……とりあえずなんですが……。この学校の生徒だっていうのは確かなんですよね?」
僕の言葉にハッとしたように顔をあげる幽霊さん。
くるりと音楽室の中を見回して……。
「あ、あぁ、たぶん……。ここって、第三音楽室だろ? 今年度いっぱいで使わなくなるっていう……」
「はぁ……まぁそうですが……」
使わなくなるっていうか、もう使われてないんだけど……。
ただこれで彼が完全な部外者、いや部外幽霊じゃないことが分かった。ここが三つあるうちの一つの音楽室だなんて、外の人は知らないだろう。
「そして三年生なんですよね?」
「あ? あぁそう……だ……。行きたい、いやなりたい職業があって……そこを目指して大学を選んで……それから……っう……」
「だ、大丈夫ですか?」
急に頭を抱えて呻いた相手にとっさに手を伸ばす。
も、半透明な相手の身体は僕の手が触れられるものではなかったらしい。
すぅと相手の身体を通り抜けてしまった自分の手を、呆然と見つめることしかできない。
「それから……俺……俺は……」
「と、とりあえず落ち着いて……っ!」
僕の声をやっと認識したみたいに、幽霊さんが顔をあげる。
何故かハッとしたように僕を見る。
「君……は……」
「三年二組の島原です。……さっきも言いましたが……」
「君が……三年? じゃあここは……高校じゃないのか?」
妙なことを言い出す幽霊さんに困惑する。
いや、きっとこの人は幽霊になりたてで混乱してるんだ。
優しくしてあげないとな。
なんて妙な使命感を抱きながら、相手の誤解を解いていく。
「いいえ、ここは県立○○高校の第三音楽室で、僕は高校三年生です」
「そう……なのか……?」
しかめっ面になっても顔がいい。
顔整いって特だなぁ、なんて考えてしまうのは現実逃避の一種なんだろうか?
相手の質問に力強く是を返しながら、そんなことを考えていると、相手が深々とため息を吐いた。
「……もしかしなくても俺……死んでる?」
「は……いえ、そこはわかりかねます!」
あっぶね……。
危うくはいって言い切っちゃうとこだった。
いや幽霊さんが幽霊だと自覚してもらうチャンスだったんだけども。
でも変に刺激して、僕に憑りつこうとか思われても困るし……。
なんとか穏便に……と思っていると、相手が少しだけため息を吐いた。
「そうだ……俺……確か事故にあって……」
事故……。
その言葉を聞くのは今日二回目だ。
事故に遭うのはどこか遠く、他人事のような気がしてるけど、実は誰にでも起こりうる身近なものだと突き付けられた気分になる。
「そう……だから心残りを……」
「心残り……ですか?」
逡巡しながら自らの思考を整理して口にしてるような状態の相手に、相槌を打つのもおかしなことかもしれない。
それでも何か言葉を発せずにはおれなかった。
俯いた相手の頭を痛まし気に見てしまう。
きっと若くして幽霊になったということは、心残りも沢山あるんだろう。
なんだろう? 好きな人に告白したかったとか? いや、この顔なら恋人の一人や二人いただろうから、ちゃんとお別れを告げたいとかかな?
って、二人も恋人がいたらまずいか……。
なんて考え事をしていたからか、相手が妙に意気揚々と顔をあげたことに気付くのが遅れた。
「そう。俺は……この学校の七不思議を解き明かしたくて……っ!」
「……はぁ?」
思いがけない言葉に、僕は素で疑問の声をあげてしまう。
つか、今コイツなんつった?
「だから! この学校にある七不思議を解き明かしたくて、俺はここに化けて出たんだ!」
化けて出たとか自分で言っちゃったよこの人……。
ぐっと拳を突き上げる相手を後目に、僕はすっくと立ちあがった。
スラックスのお尻部分についてた埃をパンパンと叩き、そのまま音楽室の出口を目指す。
「え? ちょっと待って? ここは手伝うって言ってくれる場面じゃねぇの?」
僕の頭上をふわりと飛び越えて、幽霊さんが僕の行き先を塞いだ。
と言っても、相手は幽霊だから、最悪相手をすり抜けることだってできるんだけどね。
「なぁ? 七不思議とか興味ねぇ? ちょっと俺と調べてみたりとか……」
「……ガンバッテクダサイ。ハヤクジョウブツデキルトイイデスネ」
機械的な笑みを浮かべてそう告げれば、相手の顔に焦りが浮かぶ。
いやでも考えても見て欲しい。
幽霊と一緒に学校の七不思議を調べるとか、絵面がシュール過ぎる。
ていうか僕もいちおう受験生だし?
そんなに暇じゃないし?
放課後の使われていない音楽室に忍び込んでピアノを弾いていた自分のことは見ないふり。
息抜きは時々するから息抜きなんだ。
さすがに幽霊さんの酔狂に付き合ってる暇はない。
「待って待って待って! お願い! 協力して! お願いだから!」
幽霊に拝まれるなんて貴重な体験だなぁ。
……一生体験しなくても良かったけど。
そんなことを思いながら、幽霊さんを見つめていると、何故か悲壮な顔になる。
ていうかさ。
「あ、じゃあ誰か七不思議に興味のありそうな人を連れてきますんで。その人にお願いしてくださいね」
そうだ。それがいい。
そもそも七不思議に興味を持ってる相手なら、幽霊も好きなんじゃないか?
成仏するのを手伝うとかレアな経験、きっと垂涎物だろう。
うん、僕なんかよりよっぽど適切な人間がいる。
うんうんと頷いてると、目の前の幽霊が真っ青になってますます悲壮な顔になる。
まるで死にそうな顔だななんて思うのはちょっとブラックジョーク過ぎるだろうか?
「お、お願いだ! お前が! いや君にお願いしたいんだ! だから……っ!」
「ええー」
「そこをなんとか!」
ウルウルと涙ぐむ真っ黒な瞳に見つめられ……僕は深々とため息を吐いた。
こういうの、性格的に損してるって理解ってるんだけどなぁ。
頼まれたら断れない自分が憎い。
「……わかりました」
相手の顔がぱぁと明るくなった。
おぉ、まるで生きてるみたいだ……なんて失礼なことを考えていると、相手が握手するように手を伸ばしてきた。
「やった! 見た目通りチョロ……じゃなくて、よろしく頼むな!」
「はぁ……」
自分のお人好しさというか物好き加減にため息を吐きながら、是を返したのだった。
……もちろん、握手は幽霊さんの手をすり抜けたため、成立しなかったことを申し添えておく。



