夏が終わったら逢いにきて 〜初めて恋した相手は幽霊でした〜

「どうも申し訳ございませんでしたぁ!」

「せ、先生すみませんっ!!」

 第三音楽室の床で正座しながら、僕たちは目の前で仁王立ちする保坂先生に全力で謝罪していた。
 ていうか先生にキスシーン見られるとか、マジで消えてなくなりたい……。

「まったく……。お前、教育実習で受け持ったクラスの卒業を影ながら見守りたいとか言ってたくせに……」
 
「いやそれはマジですって! 卒業式中バッチリ後ろから見てましたからねっ! なんならちょっと泣いた!」
 
 羞恥で身悶える僕を後目に、普通に会話を始める二人。
 ていうか、雄志さん。式の時からいたんだ。

「あー、わかったわかった。あぁ、そうだ。島原の進学先はコイツの大学だろ? せいぜいこき使ってやんな」

「そんな……こき使うなんて……」

 保坂先生の言葉に、返事を濁す僕。

「え? 俺、ほくちゃんにこき使われんなら本望だよ?」

 本気か冗談かわからないことを担任の前で言わないでほしい。
 身の置き場がなくて、縮こまっていると、保坂先生が感慨深げに息を吐いた。

 「それにしても……。第三音楽室の怪異も今日で卒業か……」

「……えっ?! 先生それって?!」

 保坂先生の思いがけない言葉に、僕は目を丸くする。
 誰にも気づかれてないと思ってたのは、どうやら浅はかな考えだったらしい。

「ん? 第三音楽室から聞こえてくるピアノの音の正体は島原だろう? 本来は閉鎖された教室に生徒が入り込むのはよくないんだぞ?」

 バチンとウインク……したつもりなんだろうけど、しっかり両目を瞑ってるからちょっぴりカッコついてない。
 でも……それでも……。
 
「見守ってて……くれたんですね……」

 僕の言葉に苦笑いを浮かべる保坂先生。

「まぁ、中学の先生から色々聞いてたからな……」

 僕なんて扱いづらい生徒だっただろうに、今更ながらに見守られていたことに気付く。
 いや、今気づけて良かったのかもしれない。卒業を迎えた僕は、今日を逃してしまえば知ることすらできなくなっていたんだから。

「ありがとう……ございます」

 殺気のとは違った意味で頭を下げる。
 ポンポンと肩を撫でる温かい手の感触。
 くしゃりと頭を撫でる大きな手。

 ピアノを弾けなくなってから、僕は僕自身に価値を見出せないでいた。
 母親に切り捨てられたことも大きかっただろう。
 だから高校生活はどこか無気力で、クラスでも浮き気味だった。
 もちろんちゃんと喋るクラスメイトの葛西君みたいな人もいたけど……。
 放課後になったらいつの間にか姿を消す、幽霊みたいな僕を気にかけてくれる人がいた。
 それだけで……僕という存在が許された気がした。
 
「……大学行っても、しっかりやれよ」

 保坂先生の言葉に、何度も頷きを返す。

「ほくちゃんのことはこの俺にお任せください!」

 ピシリと自分を指差してドヤる雄志さん。

「お前はもう事故んなよ」

「ぐふっ! アレは巻き込まれただけで……」

 二人のやり取りに自然と笑みがこぼれた。
 いや雄志さんの事故は笑い事じゃないんだけど。

「ふはっ。あはは。……保坂先生、また遊びに来てもいいですか?」

「んぁ? かまわんよ。いつでもおいで」

 もう一度ぽんぽんと頭を撫でられる。
 じんわりと広がる温かさとか優しさとか、そういったもので胸がいっぱいになった。

「……先生、三年間ありがとうございました」

 改めてそう告げれば、保坂先生も嬉しそうに微笑んだ。

「あぁ、三年二組の島原北斗君、卒業おめでとう」

「ありがとう……ございます!」

 泣き笑いの僕に笑みを残して先生は僕たちに背を向けた。

「ほれ、お前らも不純異性交遊、じゃなくて同性交遊してないで早く帰れよ~」

 余計な一言を残して去っていった背中に、僕たちは顔を見合わせたのだった。