夏が終わったら逢いにきて 〜初めて恋した相手は幽霊でした〜

『ご卒業おめでとうございます』

 校長先生の言葉に、ぐっと胸が詰まる。
 あんまり学校に興味のなかった僕でさえそうなんだから、僕の隣にいる女子たちが軒並み泣きじゃくってるのも致し方ないんだろう。
 静かな講堂のあちこちからすすり泣きが聞こえてきた。

 今日は高校の卒業式。
 
 三年間通ったここともお別れだ。
 式が終わって教室に戻ってからも、別れを惜しむ声があちこちから聞こえてくる。

「島ちゃ~ん! お別れなんて寂しいよ~」

「うわっ!」

 葛西君に抱き着かれ思わず驚きの声をあげてしまう。
 ずっしりと背中に伸し掛かるクラスメイトをジトリと睨みつけた。

「そうは言うけど、四月からだって一緒じゃん」

 そう。
 なんの腐れ縁か、このクラスメイトとは同じ大学に合格していた。
 学部は違うが、顔を合わせることもあるだろう。

「そう言ってもさぁ~。大学行ったら島ちゃん取られちゃうじゃん~」

 ぷすりと頬を膨らませる葛西君に、僕は苦笑を返すしかなかった。

「それはないよ。向こうは四年生なんだから、あっちはあっちで忙しいだろうし」

 僕の言葉に、相手はきょとんと首を傾げ、なんだか可哀想な人を見る目で見られた。
 ……なんだよ。
 
「……島ちゃん、大学行ったら頑張って……」

「いやだから同じ大学……」

 表情の意味を知りたかったのに、葛西君は別の人に呼ばれて行ってしまった。
 なんなんだいったい……。

 ふわりと教室のカーテンが翻って、柔らかな春風が桜の花びらを運んできた。
 真っ白いカーテンの浮かび上がる様で思い出したのは……ユーレイさん。

 透けててフワフワ浮いててどこまでもあやふやなのに、存在感はしっかりあって。

 その記憶に押し出されるようにして、僕は教室を後にした。
 向かう先は第三音楽室。
 からりとドアを開ければ、ふわりと翻るカーテン。
 そして……。

「ユーレイ……さん?」

 窓際に佇む人影は、とても見覚えのある物だった。
 窓に背を預け、ぼんやりと外を見ている。
 逆光に沈む顔からは、その表情は伺えない。

 広がったカーテンがその身を隠そうと大きく翻ったから。

「……っ!? 雄志さんっ!」

 僕は思わず駆け出して、その長躯に抱き着いた。

「う、わっ!? ……ほくちゃん? どうしたの?」

 いきなり抱き着いた僕の身体を抱き留めながら、優しい声が問いかける。
 見上げれば、しっかりと意思のある黒い瞳が僕を見下ろしていた。

 それにどこかほっとしながら、僕は当然の疑問を口にした。

「……ところでなんでいるんです?」

「え? 卒業を祝いに来た恋人にそれは酷くない?!」

 えぇ?! と大げさに驚く雄志さん。
 そうは言っても……。

「え? 後で待ち合わせしてましたよね? ていうか、よく入れましたね?」

 この学校の卒業生とはいえ、それはもう三年も前のことだ。
 恋人が卒業生だからっていうだけで入って来られる物でもないだろうし。
 そもそもなんて説明したんだよ……。

「ん? そこはほら。保坂っちに頼んで入れてもらったんだよ」

「そう……なんですか……」

 保坂先生になんて言って頼んだんだろう? ってちょっと気になったけど、わざわざ来てくれたことが嬉しい。

「……へへっ」

 ぎゅっと抱き着けば、相手の腕が僕の背中を撫でた。

「……ほくちゃん、卒業おめでとう」

「ありがとう……ございます。へへ。春から同じ大学ですね?」

 そう。雄志さんと付き合い始めた僕は、雄志さんの通ってる大学を第一志望に定め、受験勉強を乗り切った。
 正直あまり褒められた理由じゃないけど、僕へのモチベーションアップ効果は絶大で。
 ついでに教師を目指してる恋人が勉強を手取り足取り教えてくれたおかげで、合格を手に入れたのだ。
 もちろん、僕みたいな不純な動機で教育学部を目指すのはどうかと思ったから、雄志さんと学部は違うけど。
 あと雄志さんは四年生だから忙しいだろうし、そこまで一緒にいられるとは思ってもないけど。

 それはそれ。
 ピアノが弾けなくなってから、何の目標もなく自分の世界に閉じこもってた僕を、広い世界に連れ出してくれた。
 それだけでもう、雄志さんは凄いのだ。

 万感の思いを込めて、雄志さんを抱き締める。
 
「……ね? ほくちゃん。せっかくだから……七不思議を確認しようか?」

「……へ?」

 唐突な提案に、僕は驚いて目を見開いた。