夏が終わったら逢いにきて 〜初めて恋した相手は幽霊でした〜

「う~~~~ん……」

 沢渡先生の教育実習が終わった日の帰宅後。
 僕はベッドにうつ伏せになって、スマホの画面を眺めて唸っていた。
 スマホの画面に表示されてるのは、メッセージアプリで新しく友人を追加する画面だ。
 そこに表示されてる名前は『ゆーし』
 僕がメッセージアプリに新たに追加しようとしてる相手は、言わずもがな沢渡先生だった。

「うーん……」

『追加』のボタンを押せば、きっと向こうには僕の情報が飛ぶだろう。
 押さなければ、沢渡先生と繋がることはない。
 そう考えるだけで寂しく思うんだから、いい加減覚悟をきめろよと自分でも思うんだけど……。

「つか、一人一人に宛てたお礼の手紙に、個人情報混ぜるなよ……」

 そう。ウチのクラスの女子が、なんなら他のクラスの女子ですら喉から手が出るほどに欲しがるであろうイケメン沢渡先生のメッセージアプリのIDは、あろうことか僕宛に渡された手紙の中に書かれていた。

 ……教室で封を開けなくてよかったと、ちょっとほっとした。
 沢渡先生の個人情報を貰ったなんて知られたら、僕はどんな目にあっていたことか……。
 最終学年とは言え、高校を卒業するまでまだある。
 変な波風を立てたくない。
 それに……。

「うう~ん……」

 いいのかな。
 他の人には見えない幽霊だったからこそ、僕はユーレイさんの側にいることができた……気がする。
 気後れすることなく、それどころか惹かれてしまった。
 だけどそれは成就することのない恋だったはずだ。
 何せ相手は幽霊。叶うはずもなかったから。だから僕は……。

「……まぁ、相手はお礼をしたいだけ、もしくは不思議体験を一緒にした人間と語り合いたいだけかも?」

 ついこの間、相手が教育実習だからと告白めいた言葉を言おうとしていたのを遮ったような気もするけど。
 いやいや。幽霊の時に世話をやいたから相手が大仰にとらえてるだけかも。
 うん。しょうがない。比喩じゃなくて生きるか死ぬかの瀬戸際だったしね。
 実際の僕を見て、好きだって気持ちは落ち着いたかもしれない。
 だけど、あんな意味ありげな態度を取ったからって、それを気にして釈明の機会を求めてるのかもしれない。

 うん。そうに違いない。

 ちくちくと再びの失恋の痛みを無視して、僕は新しく追加された相手にメッセージを送るべく、スマホの画面に指を滑らせたのだった。

「……って、返信早っ!」

 当たり障りない文面の最後に、『今後ともよろしくお願いします』なんて思ってもみないことを付け加えた僕のメッセージにはあっという間に既読がつく。
 それどころか、『これからもよろしくね!』なんて文章と、謎の踊りで喜ぶうさぎのスタンプが送られてきた。
 ポコン、ポコンと連続で着信音が響く。
 渋々覗き込んだ画面に書かれていたのは……。

『今度の土曜日、あの図書館で待ってます』

 の一言と、やっぱり謎の踊りをしながら『待ってる』と告げるうさぎのスタンプが届いていた。

「……どこですか? ってしらばっくれてもいいかなぁ?」

 忘れてたとはいえ、過去の自分に嫉妬したなんて、黒歴史以外の何物でもない。
 しかも、彼曰く、彼が教師を目指すきっかけになったのも僕の言葉で、彼が生き返るきっかけになったのも僕の言葉だったとか……正直できすぎている。

「……まぁ、いいかぁ」

『かしこまりました』と描かれた猫のスタンプを送信してから、僕はベッドの上にスマホを投げだした。
 そのタイミングで、僕の部屋のドアをノックする音が響く。

「はい……」

 ドアを開けた先にいたのは……母親だった。

「……どうしたの? 母さん」

 微笑んで見えるよう唇の端を吊り上げる。
 だけど相手は僕のことなど微塵も見てないから、結局無駄な行動なんだろう。

「受験勉強はどうかしら?」

「進んでるよ。このままなら狙ってる大学に行けるって、担任の保坂先生も言ってたし」

「そう……」

 無関心の秘められた熱のない相槌がもたらされ、僕は途端に息苦しくなった。

「じゃあ前に話した通り、大学に受かったら一人暮らしなさいね。そのほうがあなたのためにもいいでしょうからね」

「うん。わかってる」

 母親の背中越しにピアノの音が聞こえてくる。
 つたない音は未だろくに鍵盤に指が届かないからだろう。

「ピアノが弾けなくなったあなたが、ピアノが弾ける昴(すばる)の近くにいるのはつらいでしょう。これはあなたのためなのよ」

「うん。理解(わか)ってるよ」

 母親が欲しかったのは、自分が挫折してしまったピアニストになるという夢を叶える存在。
 ピアノを弾けなくなった僕が母親の関心を失うことは当然だった。
 そして今、母親の関心は三歳の妹、昴に、昴だけに向けられている。

「ならいいわ」

 どこまでも僕に無関心なまま、くるりと踵を返して去っていく母親。
 その背中に告げる言葉は、何も浮かばなかった。