夏が終わったら逢いにきて 〜初めて恋した相手は幽霊でした〜

 目が覚めたら全部夢だった。

「あ、目が覚めた?」

 だったらいいなぁっていう僕の希望は、ひょいと覗き込んできた顔に木っ端みじんに砕かれた。

「ユ……じゃなくて、沢渡先生……。ここは……?」

「保健室よ。島原くん、図書室で倒れたんだけど、覚えてる?」

「……はぃ……」

 保健室の先生の問いかけに答えるのに、語尾が自信なく小さくなったのは、気絶する直前までのことを思い出したからだ。
 いや、先生に抱きしめられて気絶とか、下手したら沢渡先生の立場が危ない。
 そう思ってきっと沢渡先生を睨みつけると、にっこりと微笑まれた。

「島原くん、明日きっと大変よぉ」

 保健室用の書類に何か書きつけながら、保険医の先生が少しだけ揶揄うような声色でそんなことを言う。

「それは……なんでですか……?」

 何となく不吉な予感に打ち震えてると、ハーフリムのメガネを直しながら、保険医の先生がにこりと笑った。

「島原くん、図書室からここまで沢渡先生にお姫様抱っこで運ばれてきたのよ~。放課後とはいえさすがに目撃者はゼロじゃなかったし、ね?」

 パチンとウインクされても、僕は背筋の震えが止まらない。主に恐怖で。

「僕……殺されるんじゃ……」

 今日一日でウチのクラスのみならず、数多の女生徒の心を掴んだ沢渡先生にお姫様抱っこで運ばれるとか……。

「ま、頑張って。ほらもう最終下校の時間だから。沢渡先生も初日で報告とかあるでしょう? ほれ、解散解散」

 パンパンと手を叩いて散会を促す保険医の先生。
 ……自分が早く帰りたいだけだからじゃないよね?
 まぁ、先生たちだって無駄に残業したくないだろうからね。

「はぁ、わかりました」

 起き上がってベッドから足をおろすと、くらりと身体がゆれた。

「おっと……。大丈夫?」
 
 それを支えてくれたのは、もちろん沢渡先生だ。

「あ、すみません。ありがとうございます」

 沢渡先生に掴まれた腕を、失礼にならない程度の勢いで振りほどく。
 少しだけ傷付いた表情を浮かべる沢渡先生を見て、胸が騒めいた。
 だけど……。
 
「……沢(・)渡(・)先(・)生(・)、倒れた僕を運んでくれてありがとうございました」

 そう告げるだけ告げて、僕はその場を後にした。
 僕の背中に突き刺さる、沢渡先生の視線に気付かないふりをしながら……。


 翌日。
 チラチラと向けられる好奇の視線にさらされながら、相変わらずぼんやりと過ごしている僕に声をかける勇者の役目を引き受けたのは、案の定葛西君だった。

「島ちゃん、昨日沢渡先生に姫扱いされたんだって?」

「合ってるような微妙に間違ってるような……。体調不良で倒れた僕を沢渡先生が保健室に運んでくれただけだよ」

 倒れた理由がそもそも沢渡先生に抱きしめられたことなんだけど、それを言うのは色んな意味で憚られた。
 相手が教育実習生とはいえ教師だし、そもそも男同士だし、ていうか人に抱きしめられた経験が無さ過ぎて倒れるとか……。

「情けなさ過ぎるだろ……」

 思わず頭を抱えてると、葛西君が励ますように僕の後頭部を軽く叩いた。

「まぁまぁ、みんないいもん見れたって面白がってるだけだから、しばらくすれば落ち着くデショ。それにしても沢渡先生頑張ってんねー」

「それは……そうだね」

 確かに沢渡先生は滅茶苦茶忙しそうだった。
 そもそも今年の六月に行うはずだった教育実習を特例で今の時期にやってるのだ。
 本来であれば、受験生である三年のクラスを持つことはないが、沢渡先生の事情を鑑みて、元担任だった保坂先生に指導を受けた方がいいだろうとなったらしい。

「事故って意識不明になって……。目が覚めたのは夏でそっからリハビリを重ねてきたとは言え、大変そうだねぇ」

「……そうだね」

 そう。ユーレイさんが消えてしまったあの日。
 てっきり成仏したのかと思ってたら、どうやら自分の身体に戻っていたらしい。
 そもそもユーレイさんは幽霊ではなく生霊だったみたいだ。

 事故ってから意識が戻らなかったのも、幽霊みたいにふらふらしてたかららしい。
 ……そう考えると、あの黒い霧に呑み込まれなくて本当に良かったんじゃないか?
 たぶんアレに呑み込まれてたらもう二度と意識が戻らなくなってたんじゃない?

 恐ろしい可能性に身を震わせてると、葛西君が意味ありげに僕を見てることに気付いた。

「……何?」

 首を傾げて聞いてみると、葛西君はにんまりと何かを企んでるかのような笑みを浮かべた。
 ……正直イヤな予感しかしないんだけど?

「なぁ、知ってっか? これ、ねーちゃんから聞いた話なんだけど。沢渡先生が目覚めた時にな……」

 葛西君が続けた言葉に、僕は今度こそ頭を抱えたのだった。