夏が終わったら逢いにきて 〜初めて恋した相手は幽霊でした〜

「えっとね。その七不思議だけ、卒業直前に急に広まったのね。だからまぁ、覚えてると言えば覚えてるんだけど……」

 あれから僕らは場所を変え、高校近くのファストフードに来ていた。
 お姉さんの前にはアイスコーヒー。葛西君はメロンソーダを物凄い勢いで啜り上げてる。
 ……僕の手つかずのグレープソーダも渡した方がいいかな?
 そんなことを思いながら葛西君の前にカップを押し出す。
 嬉しそうにいそいそと手を伸ばした葛西君だったけど……。
 思い切りお姉さんに頭を叩かれた。

「アンタ……お友達の飲み物を狙うんじゃないわよっ! 自分で買ってらっしゃい!」

 ビシッとカウンターのほうを指差され、葛西君は渋々とカウンターへと向かっていく。

「君も……甘やかしちゃダメよ?」

「は……はい」

 ちょっとだけ肩を落としてると、お姉さんは小さくため息を吐いてから口火を切った。

「んで? 七不思議の図書室にある呪いの本の話だっけ?」

「あ、はい。どんな内容なのか、どんな見た目の本なのかご存じでしたら教えて欲しくて……」

「そうねぇ……」

 お姉さんは記憶を探るように斜め上へと視線を投げた。
 少しだけ考えるような素振りの後、艶々に彩られた唇からもたらされた情報は意外な物だった。

「あれはねぇ。たぶん呪いとかじゃなくて、願掛けの一種だったと思うのよね」

「……願掛け……ですか?」

 聞き返した僕の言葉にお姉さんは深く頷いだ。

「そ。ちょうど噂が流行った頃って大学受験の真っただ中でね。もうみんなゾンビみたいになってたわけよ。そしたらね、誰かが言い出したのよね。願いを紙に書いて願掛けすればいいんじゃない? みたいな。まぁ、神社にある絵馬みたいな? そんなノリだったのよ」

「は、はぁ……」

 受験ってやっぱり大変なんだな、と今まさに受験を控えてる僕にとってとても他人事ではない話だった。

「んで、誰かが……。せっかくだからタイムカプセルみたいに書いた願いを隠しとこって言い出して……。ソイツが図書室の本に隠したって話してて……。でも誰かに見つかっちゃったら願いは叶わないかもしれないから、探すなよって……。探したら呪われるぞーみたいな話から、呪いの本になったんじゃなかったかなぁ」

 うーん、と僅かに唸りながら、お姉さんが思い出を語る。
 なるほど、呪いの本、というよりはその隠した願い事を隠すためのカムフラージュ的なものだったのか。

「じゃあ、呪いの本の正体は、その人の願い事が書かれた紙が挟まってる本……ってことですか?」

 僕の確認にお姉さんは軽く頷いた。

「たぶんね。ソイツ……絶対もう一度学校に戻ってくるって言ってたから……。手紙を回収するって目的があれば、頑張れるって……」

 何故か泣きそうになるお姉さん。
 いったいどうしたんだろう。
 ……まさか……。

「その人は……もう学校にくることができなくなった……とか?」

 チラリと脳裏をかすめていったのはユーレイさんの笑顔だった。
 あの人も、再び学校に戻ってくることは叶わないだろう。

「あ、違う違う。それどころか今頃張り切ってるんじゃないかなぁ? ソイツ」

 お姉さんの言葉に、僕は首を傾げる。え? さっきまでの悲壮な空気、ナニ?
 だけども最悪のパターンじゃなかったことにどこか安堵した。

「じゃあ、呪いの本ならぬその手紙は、そのままにしておいた方がいいですね」

 いつかその張り切ってる人が学校に手紙を取りに来た時のために。
 そう気遣ってみたのだが、お姉さんの反応は意外なものだった。

「それはどうだろう? なんか……誰かに見つけて欲しがってた感じもあるのよねぇ」

「……そうなんですか?」

 自分の願い事を他人に見られたいって……なかなか珍しいよな?

「なんかぁ? 自分の夢に対して背中を押してくれた人がいるから、もしその手紙を見つけた人が背中を押された気分になればいいなぁ……みたいな?」

「……はぁ……」

 ちょっとよくわからないな。

「まぁ、気が向いたら探してみて。たぶんアイツのことだから、教育関係の本棚に隠してると思う」

 おぉ、唐突に呪いの本改め手紙が挟まってる本を探す場所が狭まった。
 それにしてもなんでその本棚?
 確かに普通の利用者はあまり手に取らないだろうが、それこそ教師を目指してる人とかが手に取る本が並んでる場所だ。
 僕が探してた本棚みたいに、何年も本が動いた痕跡はありませんみたいなのとはわけが違う。

「あぁ、それはアイツが……」

「ねえちゃーん! 百円貸して!」

 カウンターから届いた葛西君の大声に、お姉さんの言葉は遮られた。
 チラリとカウンターを見れば、ぶんぶんと手を振ってヘルプコールを出してる葛西君と、少しだけ困ったような表情を浮かべているお店の人。
 お姉さんが深々とため息を吐きながら、カウンターへと足早に向かう。
 そして葛西君の頭をべしっと叩いた。
 
「あんたねぇ! 高校生のくせにどうしてメロンソーダ買うお金もないのっ!」

「いや、ソフトクリームも食べたくなって……」

「それでも……!」

 姦しいやり取りを終え、戻ってきた葛西君の手には、緑の水色に満たされたグラスの上に真っ白なソフトクリームが乗ったメロンソーダフロートがあった。
 それをニコニコしながら食べ始める葛西君と、少しだけ疲れたように天を仰ぐお姉さんの姿に、僕は苦笑することしかできなかった。