夏が終わったら逢いにきて 〜初めて恋した相手は幽霊でした〜

 その日もまた、高校受験に必要なテキストをこなしていた。
 といっても当時は未だどの高校を受験するか決めてなくて、事情を知る担任からもやんわりと急ぐように伝えられていた頃だ。

 ただ漠然と、勉強をこなす中で積み重ねられていた焦燥と苛立ち。
 解けたはずの問題の答えが間違っていたことで、ただそれだけのことで、僕の心は限界を迎え、自習室の机に突っ伏してしまったのだ。
 別に問題が解けなかったことが直接の原因じゃない。
 ただ心の中に積もり積もった澱は許容量いっぱいいっぱいまで迫ってて、解けた自信のあった問題を間違えたっていう些細なことが、最後の一滴となって溢れ出ただけだ。

 ただ、それだけ。
 それだけでメンタルがボコボコになって身動きできなくなってた僕に声をかけてくれたのが、その人だった。

『大丈夫?』

 なんて、事故に遭ってから色んな人にかけられてきた言葉なのに、何故かその人の声はすんなりと僕のナカに染み渡った。
 何か答えなくちゃって焦る僕の内心とは裏腹に口をついたのは、『問題が解けない』っていう泣き言だった。

『あぁ、この問題はね……』

 私語厳禁の自習室から場所を移し、即席の家庭教師となってくれたその人は根絶丁寧に教えてくれた。
 落ち込む原因となった問題だけでなく、それまで躓いていた問題全てを。

 乾いた地面に水が染み込んでいくように、その人の声が僕の心に降り注いで染み込んでいく。
 すんなりと解けるようになった数々の問題が、事故以降ぺしゃんこになっていた僕の自尊心を高めてくれた。
 たったそれだけで? なんて他人からしたら思うかもしれない。
 だけど当時の僕には劇薬のように作用したのだ。
 自分の勉強に集中したいだろうに、僕に勉強を教えてくれ、自分が通う高校のことを面白おかしく教えてくれた。
 そうだ。あの人が子の高校だったから、僕もここを目指したのだ。
 確か……学校の七不思議って言われてるのに実際は五個しかないって教えてくれたのもあの人だった。

 だから僕はその人に……。

『そ、それにしてもお兄さん教えるの上手ですね! せ、先生とか向いてそう……』

 そう、伝えたのだった。
 一瞬だけ虚を突かれたような顔になったその人は、次の瞬間破顔して……。
 その顔が、ユーレイさんの顔と重なっていく。

 あぁ、あの人は……。

「ユーレイさん……だったんですね……」

 ぽつりと落としたひとりごとは、音楽室の壁に吸い込まれて消えていった。