従姉がナンパしたグループの一人は、俺が男だと知ったあとも距離を縮めてくる

 海の家に入ると、入口近くにいた叔母さんから声をかけられた。
「いぶちゃん、おつかいありがとう。……あら、そちらの方は?」
 叔母さんは、俺の隣にいる海里さんを見て、不思議そうに首を傾げる。
「あっ、買い出し手伝ってくれて」
「まあ、そうなの。重いのに、ありがとうございます」
 叔母さんが海里さんから荷物を受け取ろうと手を伸ばす。
 けれど、海里さんは軽く首を振った。
「いえ、目的地が一緒だったので。よければ、中まで運びますよ」
「ありがたいけれど、そこまでしてもらうのは悪いわ」
「俺は大丈夫ですよ」
 海里さんが笑って答えると、叔母さんはゆっくりと手を下ろした。
「そう?それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら。ありがとうね。あそこの机に置いてもらえると助かるわ」
「分かりました」
 海里さんは荷物を抱えたまま、店の奥――厨房のすぐそばにある机まで運んでくれた。
 そこで荷物を置いてくれた、その瞬間。
「海里ー!」
 背後から翔さんの声が聞こえてきた。
 声のほうを見ると、椅子に座った悠人さんと翔さんがこちらに向かって手を振っていた。
 海里さんも二人に向かって手を振り返す。
「友達?」
「はい。じゃあ、俺はこれで」
 海里さんが二人のところへ向かおうとすると、叔母さんが慌てて声をかけた。
「ちょっと待って。お礼に何か奢るわ。何が食べたい?」
「えっ、いや、大丈夫ですよ」
「そう言わずに。好きなもの頼んでいいから」
「でも、そこまでしてもらうのは……」
「いいのよ。何が食べたい?」
 叔母さんは譲るつもりがなさそうだった。
 海里さんが困ったように俺を見る。
 俺は小さく首を振った。
 こうなった叔母さんは、何を言っても聞かない。
 諦めてメニューを選んでもらうしかない。
 そう伝えるように、俺はメニューを海里さんに差し出した。
「好きなものを選んでください」
 海里さんはメニューを見ながら、しばらく迷っていた。
 けれど、なかなか決まらないようで、やがて俺に尋ねてきた。
「いぶちゃんのおすすめは?」
「俺?俺はポテトですけど」
「なら、ポテトをお願いします」
「フライドポテトね。分かったわ」
 叔母さんは嬉しそうに頷いた。
「重いのに運んでくれてありがとうね」
「いえ。こちらこそ、奢っていただいてありがとうございます」
「うん。すぐ用意するから待っててね」
 そう言うと、叔母さんはフライドポテトを用意してもらうため、厨房にいる叔父さんのもとへ向かった。
 俺も改めてお礼を言おうと思い、海里さんのほうを見る。
 すると、海里さんもこちらを見ていた。
「手伝ってくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして。伊吹ちゃん、さっきは本当にごめんね」
「もういいですよ。気にしてないので」
 俺がそう言うと、海里さんは少しだけ安心したように息を吐いた。
「……ありがとう」
 そう小さく呟いて、海里さんは笑った。
「それじゃ」
 そう言って、海里さんは悠人さんと翔さんのところへ戻っていった。
 俺は買ってきた荷物を片づけるため、袋から品物を取り出していった。
 ようやくピークが過ぎたようで、店内には数組のお客さんが残るだけになっていた。
 品物をすべてしまい終えると、俺は手持ち無沙汰になった。
 しばらく注文も入らず、ぼんやりと店内を眺めていると、翔さんが手を挙げた。
 注文票を持って行こうとした瞬間、俺より早く杏奈が伺いに向かう。
 まるで待ち構えていたみたいな速さだ。
 その様子に苦笑しつつ、俺はこっそり海里さんたちのほうへ視線を向けた。
「昨日ぶりですね」
 杏奈が声をかけると、悠人さんは歯を見せて笑った。
「そうだね。昨日ぶりだね」
「本当に来てくれたんですね」
 杏奈は嬉しそうに笑った。
 そのまま悠人さんが、三人分の注文をまとめて伝えていく。
 杏奈はその内容を聞きながら、注文票にペンを走らせていた。
 その隣で、海里さんは手元のグラスに入った水を飲んでいる。
 ごくごくと喉を鳴らし、一度で飲み干してしまった。
 空になったグラスを見て、俺はウォーターピッチャーを手に取り、海里さんたちのテーブルへ向かった。
「おっ、いぶちゃんも昨日ぶり」
 翔さんに声をかけられて、俺はお辞儀する。
「こんにちは。昨日ぶりです」
 すると、翔さんが海里さんをちらりと見た。
「海里と一緒だったんだね」
「あ、はい。買い出しに行ってて。帰りに荷物を運ぶのを手伝ってもらいました」
「へー、そうだったんだ」
 俺は三人のグラスに水を注いでいく。
 それぞれ礼を言われ、俺は軽く会釈した。
「でも、二人が会うところ見たかったなー」
 翔さんが残念そうに言う。
「なんでですか?」
 俺が尋ねると、翔さんは海里さんのほうを見て、にやりと笑った。
「実際に会ったとき、海里がどうなるのか見たかったんだよね」
「いぶちゃんのこと、女の子だと思ってたからさ」
「男の子だと知ったら、どんな反応するかなって」
 海里さんが俺のことを女の子だと思っていた理由が、ようやく分かった。
 二人は俺が男だと知っていたのに、そのことを海里さんにはわざと伝えなかったんだ。
「で、どうだった?」
「……まあ、驚いて言葉を失ってましたね」
 どうやら二人は、俺と海里さんが会ったときの反応を楽しみにしていたらしい。
 俺のことを、ちょっとした話の種にしていたのだ。
 それを知って、いい気はしなかった。
 なんとなく心に引っかかるものを感じて、俺は二人から視線を逸らすように横を向いた。
 すると、そこで海里さんと目が合った。
「……ごめん」
 また謝る海里さんに、俺は少し困ってしまう。
「もう謝らなくていいですよ」
「でも……」
「本当に大丈夫なので」
 そう言ってから、俺は少しだけ考えて口を開いた。
「ただ、もう間違えないでくださいね」
 俺が冗談っぽく言うと、海里さんは間髪入れずに答えた。
「もちろん」
 でも、俺には一つ気になることがあった。
「……でも、どうして女の子だと思ったんですか?」
「みんなが『ちゃん』付けで呼んでるから、てっきり女の子だと思ってた」
「ああ、そういうことだったんですね」
 どうやら、俺の予想が当たっていたらしい。
 そう思ったところで、ふと視界の端に二人の姿が映った。
 それにしても、面白がるための材料にされたのは、やっぱりムカつくな。
 俺が男だと知った海里さんが、どんな反応をするのか。
 二人は、それを楽しみにしていたんだ。
 昨日会ったばかりの俺のことまで巻き込んで。
 そう考えると、どうにもイラついた。
 俺が小さくため息をつくと、ようやく怒っていることに気づいたらしい。
 たぶん、笑っているから、気にしていないとでも思っていたんだろう。
 でも、俺が笑っていたのは、怒っていることを顔に出さないようにするためだった。
「お前ら、いい加減謝れよ」
 海里さんにそう言われて、二人はようやく頭を下げた。
「すみませんでした」
 ……言われないと謝れないんだ。
 人に嫌な思いをさせておいて、自分から謝ることもできない二人に、呆れてしまう。
 もう、これ以上この二人と関わりたくなかった。
 少し間を置いてから、俺はいつもの笑顔を浮かべた。
「……大丈夫ですよ」
 これ以上、怒っていても仕方がない。
 いつまでもこのことで感情を使うのも面倒だった。
 それに、これから先関わることもないだろうし。
 そう思って、俺は気持ちを切り替えた。