従姉がナンパしたグループの一人は、俺が男だと知ったあとも距離を縮めてくる

 アルバイト期間中は、杏奈の家に泊めてもらうことになっている。
 だから、仕事が終わると杏奈と一緒に家へ帰った。
 風呂に入り、晩御飯をご馳走になって、ようやく一息つけると思った。
 貸してもらっている一人部屋に戻ろうとしたところで、また杏奈に腕を掴まれる。
 ――またか。
「……今度はなに?」
「ちょっと聞いてよ」
 そう言って、杏奈がスマホを見せてくる。
「悠人さんと、メッセージ始めたんだ」
「……そうなんだ」
 画面には、悠人さんとのやり取りが表示されていた。
 そういえば、連絡先を交換していたな。
 昼間のことを思い出し、俺は小さく頷いた。
「結構いい感じじゃない?」
 杏奈は嬉しそうに画面を眺めている。
「まあ……」
 やり取りをちゃんと読んでいないから、実際のところは分からない。
 ただ、杏奈の機嫌を損ねないように、とりあえず肯定しておく。
「いぶちゃんには、なんてきたの?」
「俺?知らない」
「見てないの?」
「うん」
「なら、見てみなさいよ」
 杏奈に急かされ、仕方なく自分のスマホを取り出す。
 アプリを開くと、メッセージが一件届いていた。
「あっ……」
 送り主の名前を見て、指が止まる。
 ――「海里」。
 さっき海で話した、海里さんからだった。
「あれ?」
 横から覗き込んだ杏奈が、目を丸くする。
「え、海里くんと交換したの?」
「うん。してないの?」
「私はしてないよ」
「そうなんだ」
 てっきり杏奈も交換したのかと思った。
「よかったじゃん」
「え?」
「海里くんと連絡先の交換できて」
「うん」
「今日、楽しそうに話してたもんね。珍しく、いぶちゃんの方からも話しかけてたし」
 杏奈はそう言って、嬉しそうに笑った。
「珍しく……」
「いつもは、話しかけられたら答えるくらいじゃない?」
 そう言われて、確かにそうだと納得する。
「うん。話してて楽しかった」
 俺はもう一度スマホの画面を見る。
 海里さんから届いたメッセージ。
 連絡がくるだけで、こんなに嬉しくなるなんて思ってもみなかった。
「杏奈もよかったね。悠人さんと連絡できて」
「ええ。私も悠人さんの方から連絡きたのよ」
 杏奈はそう言うと、自分のスマホを嬉しそうに眺める。
 それがよほど嬉しかったのか、杏奈はますます機嫌を良くして、そのまま自分の部屋へ戻っていった。
 俺はスマホの画面を見つめたまま、部屋に戻った。
 こんなふうにメッセージが届くのは、初めてだった。
 普段は別のSNSを使って連絡を取っているから、このアプリを開くことはほとんどない。
 それを友達も知っているので、こっちにメッセージを送ってくる人もいなかった。
【こんにちは。今日、海で話した海里です。アカウント教えてもらったので、フォローしました。よろしくね】
 なんて返したらいいのか、少し迷う。
 こういうやり取りに慣れていない。
 しばらく画面を眺めてから、無難な言葉を打ち込む。
【こんにちは。海里さん、フォローありがとうございます】
 送信してから、ふと自分のアカウント名を見る。
 そこには「伊吹」と表示されていた。
 そういえば、このアカウントは杏奈が作ってくれたものだった。
 名前の変え方も知らないまま、ずっとそのまま使っている。
 初対面の人に本名を教えるのは苦手で、今日も「いぶちゃん」とだけ伝えた。
 もう会わないかもしれない人に、わざわざ本名まで名乗る必要もないと思っているから。
 でも、海里さんとは明日も会う。
 それに、人見知りな俺に最後まで付き合って話してくれた。
 だから、海里さんにはちゃんと自分の名前を伝えたいと思った。
 というか、アカウント名を見れば、もうバレてるだろうけど。
 それでも、自分から伝えたかった。
【伊吹です。よろしくお願いきます】
 これでいいだろうか。
 少し堅い気もするけれど、他にどんな言葉を使えばいいのか分からない。
 だから、まあいっかと思って、そのまま送信した。
 送信したメッセージを、なんとなく読み返す。
「あ……」
 「よろしくお願いします」の「し」が「き」になっている。
 送る前に気づけばよかった。
 訂正しようとしたところで、既読がついた。
「早い!」
 あまりの早さに驚いて、思わずアプリを閉じてしまう。
 それから少しして、もう一度アプリを開くと、メッセージが届いていた。
【伊吹ちゃん、返信ありがとう。あの後、バイトは大丈夫だった?】
 メッセージを読んで、ほっとする。
 どうやら、さっきの誤字はスルーしてくれたらしい。
「伊吹ちゃん……」
 いつも「いぶちゃん」か「いぶ」と呼ばれているから、伊吹ちゃんと呼ばれるのはなんだか慣れない。
 少しだけ違和感を覚えながら、返信を打ち込む。
【お客さんが少なかったので大丈夫でした。海里さんはマッチョ作れましたか?】
 今度は送る前に、誤字脱字がないか確認する。
 大丈夫そうだ。
 そのまま送信した。
 一緒に作っていたこともあって、その後どうなったのか気になった。
 海里さんにメッセージを送ったあと、いつも使っている別のアプリを開いて、友達への返信を済ませる。
 普段なら、しばらく放置してから確認するところだけど。
 海里さんから返信が来ていないか気になって、友達とのやり取りを終えるとすぐにSNSを開いた。
 すると、メッセージが二通届いていた。
【マッチョは時間がなくて途中までになった。これが完成系】
 一件はメッセージで、もう一件は写真だった。
 写真を開いてみる。
 そこには、海里さんの顔もはっきりと写っていた。
 思わず画面を拡大して、まじまじと見てしまう。
 こんな顔だったんだ。
 悠人さんと翔さんは、二人とも目を引くような華やかな雰囲気をしている。
 だから、海里さんも似たようなタイプなのだと思っていた。
 けれど、全然違った。
 派手さはないのに、どこを見ても整っている。
 二人が太陽みたいに明るく目を引くのなら、海里さんは静かな月みたいだった。
 ……かっこいいな。
「やっぱ、類は友を呼ぶんだ」
『イケメンの周りには、イケメンが集まる』
 以前、杏奈が得意げに言っていたことを、ふと思い出す。
『見えなくても分かるの。雰囲気でイケメンって』
 会う直前にも、杏奈はそんなことを言っていた。
 なるほど。
 こうして見ると、杏奈の言っていたことは、本当にその通りだった。
 それにしても、写真を見ていると、思わずくすりと笑ってしまう。
「なんか、ヘンテコだ」
 改めて見ると、やっぱりおかしい。
 送られてきたのは、海里さんが砂に埋まっている姿を、足元まで写した全体写真だった。
 上半身だけ妙に作り込まれていて、そこだけ見るとすごい。
 腹筋や胸筋はしっかり形が作られているのに、腕や足はほとんど砂の塊のままだ。
 力を入れたところと、そうでないところの差が激しい。
 だから余計に、全体で見ると歪に見えた。
【なんか、差がすごいですね。思わず笑っちゃいました】
 海里さんに返信を送る。
 スマホを置いたところで、大きなあくびが出た。
「ふぁ……」
 あくびをした途端、急に眠気を意識する。
 時計を見ると、いつも寝る時間より一時間も早い。
 海の家でアルバイトを始めたばかりの頃は、慣れないことばかりで疲れていたから、帰ってくるとすぐに眠くなっていた。
 でも、最近は仕事にもだいぶ慣れてきて、いつも通りの時間まで起きていることが多くなっていた。
 こんなに早く眠くなるのは、久しぶりだ。
 今日は仕事だけじゃなく、海里さんたちとも話した。
 人見知りな俺にとって、知らない人と話すだけでも結構疲れる。
 たぶん、そのせいもあるんだろう。
 緊張はしたけど、海里さんたちと話している時間は楽しかった。
 明日は本当に来てくれるのだろうか。
「会えたらいいな……」
 そう呟いて、俺はベッドに体を横たえた。
 横になった途端、一気に眠気が押し寄せてくる。
 俺は抗う間もなく、そのまま眠りについた。