従姉がナンパしたグループの一人は、俺が男だと知ったあとも距離を縮めてくる

 砂を手ですくい上げ、形を整える。
 目の前の砂に集中していると、不意に大きな声が聞こえた。
「なあ!」
 俺はびくっとして手を止め、声のしたほうを見る。
「はい!」
 声の主は、砂に埋められている海里さんだった。
 突然の大声に、まだ心臓がどきどきしている。
 俺だけじゃなく、近くにいた杏奈も驚いたようだった。
「びっくりしたー」
 杏奈が胸を押さえながら笑う。
「悪い」
 海里さんが謝ると、杏奈は「大丈夫」と返して、また悠人さんたちと話し始めた。
 気づけば、俺だけが海里さんと向き合う形になっていた。
「ごめん。さっきから声かけてたんだけど、聞こえてなかったみたいだから、ちょっと声を大きくした」
「あ……すみません。全然気づきませんでした」
「いや、こっちこそ驚かせてごめん」
「いえ……それで、どうしましたか?」
「悪いけど、タオルを目元だけ隠れるようにしてくれない?」
「あっ、はい」
 タオルを半分に折って、海里さんの目元だけが隠れるようにかけ直す。
「ありがとう」
「いえ……あの、なんでタオルかぶってるんですか?」
 隣では杏奈たちが楽しそうに話している。
 俺と海里さんだけ何も話さないのも気まずくて、気になっていたことを口にしてみた。
「ん?眩しいから」
「ああ。ちょうど正面ですもんね」
 海里さんの視線の先には、ちょうど太陽があった。
 確かに、あれじゃ眩しそうだ。
「そう。でも、さすがに口元までだと息がしづらかったから、助かった」
「役に立てたなら、良かったです」
 少し会話が途切れる。
 他に何を話したらいいのだろう。
 初対面の人とこうして並んでいると、どんな話題を振ればいいのか分からなくなる。
 何か話さなければと思うほど、余計に言葉が出てこない。
 そんなことを考えていると、さっき杏奈が悠人さんたちに聞いていたことを思い出した。
「あの……海里さんも陸上部なんですよね?」
「ああ、そうだけど」
「何の種目やってるんですか?」
 杏奈と同じように質問してみたけれど、思ったより緊張した。
「俺は跳躍。走高跳っていう種目なんだけど、分かる?」
「バーを背中で跳ぶやつですか?」
「そう。なんかやってる?」
「やってないです。運動神経悪いので」
「そうなの?」
「はい」
 短い会話なのに、やっぱり緊張する。
 それでも、ちゃんと会話が続いていることには少しほっとした。
 けれど、初対面の人を相手にしているせいか、なかなか肩の力が抜けない。
 杏奈はあんなに楽しそうに話しているのに、俺にはあんなふうに話すことができない。
 このまま無言になったらどうしよう。
 何か話さないと。
 そう思うほど、胸がどきどきしてくる。
「じゃー、体育は苦手?」
「一番」
「即答だね」
 海里さんは面白そうに、口元に笑みを浮かべた。
「体育って、何やったの?」
「夏休み前は、バレーでした」
「あー、俺もバレーは苦手だな」
「そうなんですか?」
「ああ。ボールが変な方向にいくんだよね」
 海里さんもバレーが苦手だと知って、少し親近感が湧いた。
「分かります。レシーブもサーブも思った方向にいかなくて」
「だよね。よかった、共感してくれて。悠人も翔もできるから、全然共感してくれないんだよね」
 海里さんは嬉しそうに笑った。
「でも、意外です」
「意外?」
「陸上部って運動神経良さそうなイメージなので。」
「あー、よく言われる」
「やっぱり」
「全然なんだけどな」
「そうなんですか?」
「体力テストはいい方だと思うけど、スポーツに関しては全然。練習しないと無理。だから、バレーやった時は周りから驚かれたな。運動できると思われてて」
「そう見えますもん」
「いや、ポンコツだよ」
 海里さんが笑う。
「本当ですか?」
「本当だよ。バレーのとき、めちゃくちゃ恥ずかしかったな」
「そんなにですか。見てみたかったな」
「見られなくて良かった」
 海里さんが笑って、俺もつられて笑う。
 そのとき、杏奈の笑い声が聞こえてきた。
「ありがとう!嬉しい」
 声のほうを見ると、杏奈が悠人さんと翔さんに笑顔を向けていた。
「何の話してるんだろ」
「さあ……」
 海里さんの言葉に、俺も首を傾げる。
 すると、杏奈が俺のほうを振り向いた。
 そのまま携帯の画面を見せてくる。
「SNSを交換したんだ」
 画面には、SNSのアカウント画面が表示されていた。
「いぶちゃんもやってる?」
 悠人さんに聞かれて、頷く。
「見る専門ですけど」
 俺も杏奈に登録してもらったから、アカウントは持っている。
 投稿したことはないけれど。
「なら、交換しよ」
「あっ、はい」
 持っていると言った手前、断るのも変だと思い、俺は携帯を取り出した。
 けれど、どうやって交換するんだろう。
 画面を開いたまま、どうすればいいのか分からず戸惑っていると、翔さんが声をかけてくれた。
「ここ押せばいいよ」
「あ、はい」
 言われた通りに操作して、アカウントを交換する。
「俺もしたい」
 海里さんが声を上げた。
 けれど、海里さんは砂に埋もれていて、携帯を取り出せそうにない。
「どうやって交換したらいいんですか?」
 俺が尋ねると、悠人さんが答えてくれた。
「後で、海里にアカウント教えていい?」
「はい」
 俺は頷いた。
 それからも、杏奈は悠人さんや翔さんと話し、俺は海里さんと話しながら砂埋めを続けた。
 最初は緊張していたけれど、海里さんが俺でも答えやすいように質問してくれる。
 そのおかげで、少しずつ気楽に答えられるようになっていた。
 海里さんと話すのは楽しくて、時々手を止めてしまうこともあった。
「あっ」
 杏奈がふと、腕時計に目を落とした。
「いぶちゃん」
「ん?」
「もうそろそろ戻ろっか」
 俺も時計を見る。
 確かに、休憩を終えて戻ったほうがいい時間になっていた。
 もう少し話していたかったな。
 そんなことを思っていると、杏奈が立ち上がったので、俺も遅れて腰を上げた。
「バイト?」
「そうだよ」
「頑張ってね」
 悠人さんがそう声をかけると、翔さんと海里さんも続いて、俺たちに声をかけてくれた。
「ありがとう。頑張るね」
 杏奈が笑顔で返し、俺も「ありがとうございます」と頭を下げた。
「明日もバイトしてる?」
「うん。朝からいるよ」
「なら、明日行くね」
「ほんと?待ってる!」
 悠人さんの言葉に、杏奈の顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ、また明日」
「うん、またね」
 悠人さんと翔さんに手を振られ、俺も小さく頭を下げると、最後に海里さんに声をかけた。
「今日は話してくれてありがとうございました」
「こっちこそ。話せて楽しかった」
 そう言われて、胸がじんわりと温かくなる。
「また明日な」
「はい。また明日」
 海里さんの言葉に、俺は自然と笑みがこぼれた。
 明日も会える。
 そう思うと、嬉しかった。
 俺と杏奈は最後に三人へ手を振ると、海の家へ戻った。