男だと知っても、従姉がナンパした友達が俺との距離を縮めてくる

「こんにちは」
 杏奈が元気よく声をかけたので、俺も慌てて頭を下げる。
「こんにちは」
 こちらを見ていた男二人も、挨拶を返してくれた。
「……こんにちは」
 友達二人の声を聞いて、ようやく自分たちに向けられた挨拶だと気づいたのだろう。
 砂に埋められた男が、タオルの下からワンテンポ遅れて返事をした。
 俺は砂に埋まっている男をじっと見た。
 きれいに、顔だけを残して砂に埋まっている。
 俺があまりにもまじまじと見ていたからか、赤い海パンを履いた男が笑いながら立ち上がった。
「今ね、マッチョを作ってるんだ」
「マッチョ?」
「そう。ただ埋めるだけじゃつまらないからさ」
 そう言って、黄色の海パンを履いた男がスマホを取り出した。
「だから、マッチョを作ろうってなったんだ」
 スマホの画面には、筋肉を見せつけるようなポーズを決めた男が映っていた。
「これが見本」
「ボディビルダー……」
 画面に映る男と、砂に埋まっている男を見比べる。
 なるほど。
 だから、こんなに砂を盛っているのか。
 黄色の海パンを履いた男はスマホを砂浜に置くと、見本を確認しながら砂を盛り始めた。
 盛り上げた砂を手で形作り、胸や腹筋を作っていく。
「へぇ……」
 杏奈が興味津々にその様子を見つめていた。
「こういうの、やったことない?」
 赤い海パンを履いた男が杏奈に尋ねる。
「ない!女の子同士で海に来ても、こういうことしないから」
「あー、確かに」
 赤い海パンの男が頷く。
「女の子が砂に埋まってるのって、珍しいもんね。俺もテレビでしか見たことないし」
「でしょ?でも、こういうのちょっとやってみたかったんだよね」
 杏奈は作られていく砂の形を、興味津々に見つめている。
 その様子を見て、赤い海パンの男が笑った。
「じゃあ、やってみる?」
「えっ、いいの?」
「いいよ。せっかくだし」
「なら、やってみたい!」
 杏奈は嬉しそうに頷くと、さっそく男たちのところへ混ざっていった。
 さっきまで男たちに声をかけることしか考えていなかったくせに、今度は砂遊びに夢中になりそうだ。
 ……本当に、自由なやつだ。
「いぶちゃんもやるよね?」
 杏奈から、「やるって言え」と言わんばかりの圧を感じる。
 俺は黙って頷いた。
 まあ、ここに杏奈を一人で残していくつもりもない。
 言われなくても、一緒にやるつもりだった。
「いぶちゃんっていうの?」
 赤い海パンを履いた男に尋ねられる。
「はい。そう呼ばれています」
 本当なら名前を言うべきなんだろうけれど、知らない人に本名を教えるのは嫌だった。
「そうなんだ。俺は悠人(ゆうと)っていうんだ。よろしくね」
 続いて、黄色の海パンを履いた男が手を挙げた。
「俺は(かける)。よろしくな」
「で、こいつが」
 悠人さんが、砂に埋まっている男の頭を指でつつく。
「……海里(かいり)。よろしく」
 タオルの下から、くぐもった声が聞こえてきた。
「私は杏奈!よろしくね!」
 杏奈がにっこり笑って、元気よく手を振る。
「いぶちゃんと杏奈ちゃんね。よろしく」
 悠人さんが笑顔で手を振り返した。
 その人当たりの良さそうな様子を見て、ああ、こりゃ杏奈の好きそうなタイプだなと思った。
 ちらりと杏奈を見ると、やはり悠人さんを見ていた。
「二人は泳ぎに来たの?」
 翔さんに聞かれて、俺たちは首を振る。
「ううん。海の家でアルバイトしてるの。今は休憩中なんだ」
「えっ、休憩しなくて大丈夫なの?」
「大丈夫よ。午後はそんなに忙しくないから。休憩しなくても平気。ね、いぶちゃん」
 ねって、俺は休憩しようとしてたんだけど。
 本当は休憩に入るつもりだったのに、その直前で杏奈に連れてこられたのだ。
 まあ、わざわざ訂正するほどでもないから、言わないけど。
 俺は杏奈に合わせて頷いた。
「そうなんだ。海の家って、あそこだよね?」
 悠人さんが指さした先を見て、杏奈が頷く。
「うん、あそこだよ。私の両親がやってるんだ」
「そうなの?すごいね。両親の手伝いをしてるんだ。えらいね」
「全然だよ。去年から手伝い始めたばかりだから、覚えることも多くて大変なの。いぶちゃんは高校生になった今年から手伝ってくれてるんだ。ね?」
「うん」
「ってことは、高一?」
「はい」
「杏奈ちゃんは高二?」
「そうだよ」
「なら、一緒だ。俺らも高校生だよ。みんな高二」
「同い年だ」
 悠人さんの言葉に、杏奈は嬉しそうに笑った。
「二人は友達?」
「ううん、親戚だよ。いぶちゃんは従弟」
「へー、仲良いね」
 悠人さんと翔さんと目が合った。
 先輩相手にどう返せばいいのか分からず、俺は小さく頷く。
「まあ……」
 それだけ答えて、すぐに視線を逸らした。
 初対面の先輩を前にすると、やっぱり緊張してしまう。
 そのせいか、返事もそっけなくなってしまった。
 少し感じが悪かったかもしれないと思い、ちらりと二人の様子をうかがう。
 幸い、気を悪くした様子はなかった。
 それを見て、俺はほっと息をついた。
「三人は友達なの?」
 杏奈の質問に、二人が頷く。
「そうだよ。んで、部活仲間」
「何の部活やってるの?」
「陸上だよ」
「陸上!なんの種目?」
 杏奈は興味津々な様子で、次々と二人に質問していく。
 その横で、俺は黙って手を動かしていた。
 何を話せばいいのか分からないし、下手に口を挟んで変なことを言うのも嫌だった。
 そんな俺に気づいたのか、悠人さんと翔さんも無理に話を振ってくることはなかった。
 その気遣いがありがたい。
 杏奈たちの話し声を片耳で聞きながら、俺は作業を続けていた。
 しばらくすると、会話も耳に入らなくなるくらい、黙々と手を動かしていた。
 こういう細かな作業は、案外好きなのだ。
 気づけば、周りの声もほとんど耳に入らなくなっていた。