この海の家は、杏奈の両親──俺にとっては叔父さんと叔母さんが経営している。
杏奈は俺より一つ年上で、ここで働くのは今年で二年目。
俺は今年高校生になったので、夏休みからここでアルバイトを始めた。
働き始めてからしばらく経ち、今では一人で注文を取ったり、料理を運んだりと、自分で考えて動けるようになってきた。
とはいえ、忙しい時間帯になると、いくつもの注文が一度に入ってきて頭が混乱することもある。
ミスをしないか不安になるけれど、今のところ大きな失敗はしていない。
昼のピークを過ぎ、ようやくひと息つける時間が訪れる。
この辺りで海水浴ができる場所はここしかないため、夏になると人が一斉に集まってくる。
さっきまで飛び交っていた注文の声も少しずつ遠のき、波の音が耳に届く。
照りつける日差しは相変わらず強いが、潮風が火照った体を心地よく冷ましてくれた。
「いぶちゃん、杏奈、お疲れ様。そろそろ休憩入って大丈夫よ」
叔母さんに声をかけられ、俺は「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。
やっと休憩だ。
昼ご飯は混む前に早めに済ませた。
腹一杯食べたから、お腹も空いていない。
今、一番感じるのは眠気だ。
休憩は一時間あるので、休憩室でゴロゴロしよう。
そう決めて、首にかけていたタオルで額の汗を拭った、その瞬間だった。
「ん?」
タオルを持っていない方の手を、杏奈にぐいっと引っ張られた。
「行くよ!」
「はっ?!」
あまりにも突然のことで、頭が追いつかない。
抵抗する暇もなく、杏奈は俺の感情を置き去りにしたまま、砂浜へ駆け出した。
サンダルの中に砂が勢いよく入り込む。
「ちょっ、どこ行くんだよ!」
聞いても、杏奈は答えない。
ただ、目的地が決まっているとでもいうように、迷うことなくまっすぐ進んでいく。
俺は引っ張られるまま、その後を追った。
そして、杏奈の進む先に、見覚えのある海パンを見つけた。
赤い海パンと黄色い海パン。
どちらも柄が派手で、遠くからでもよく目立つ。
杏奈があれだけ「イケメンだ」と騒いでいたせいで、覚える気なんてなかった俺の頭にもしっかり残っていた。
二人は砂浜に座り込んで、何やら楽しそうに砂山を作っている。
目を凝らしてみると、二人の間には砂の山ができていて、タオルを被った誰かが首から下をすっぽり埋められていた。
……となると、砂に埋まっているのは、青の海パンの人か。
それにしても、杏奈はどこに向かっているんだろう。
この先にいるのは、あの三人組しかいない。
そう気づいた瞬間、俺は咄嗟に杏奈へ声をかけていた。
「ちょっと、待って!」
止まってほしくて声をかけたのに、杏奈は振り返りもせず、「何よ?」とだけ返してくる。
いや、返事はいいから止まってくれ。
そんな俺の願いとは裏腹に、杏奈は三人のほうへ歩く速度をさらに上げていく。
「っ……」
そこで、ようやく気づいた。
杏奈が向かっているのは、あの“イケメン判定”した信号組のところだ。
嫌な予感がする。
「……まさか、あの三人に声かけるつもり?」
「そうよ!」
杏奈は当たり前のように頷いた。
「ナンパに行くから、ついてきてよ」
「やだよ!」
「はあ?女の私一人で、男三人のところに行けっていうの?」
「俺、ほんと行きたくないんだけど」
冗談じゃない。
俺には、あの三人組に声をかける理由なんて一つもない。
そもそも、従姉のナンパの付き添いなんて、できれば全力で避けたい。
そんな俺の気持ちなど知るはずもなく、杏奈は振り返りもせず、そのままの勢いで俺を引っ張り続ける。
杏奈は俺と違って、行動力がある。
思いついたらすぐに行動するタイプで、これまで何度も俺はその行動力に振り回されてきた。
杏奈の握る手に、さらに力がこもる。
本音を言えば、「一人で行け」と言いたい。
けれど、一度やると決めた杏奈が簡単に折れないことは、俺が一番よく知っている。
しかも、杏奈は怒ると結構めんどくさい。
ここで「俺は帰る」なんて言ったら、あとで何を言われるか分からない。
一人で帰って杏奈を怒らせるくらいなら、嫌でも一緒に行ったほうがいい。
そう結論を出して、俺は諦めて渋々ついていくことにした。
もともと、俺は人見知りだ。
知らない人に話しかけるのも、知らない人から話しかけられるのも得意じゃない。
ましてや、初対面の男三人組に自分から声をかけるなんて、俺にとってはほとんど罰ゲームだった。
そして、とうとう男たちがこちらに気づいた。
一斉に向けられた視線に、心臓が嫌な跳ね方をする。
逃げたい。
けれど、杏奈に手を掴まれている俺は、引っ張られるように歩くしかなかった。
杏奈は俺より一つ年上で、ここで働くのは今年で二年目。
俺は今年高校生になったので、夏休みからここでアルバイトを始めた。
働き始めてからしばらく経ち、今では一人で注文を取ったり、料理を運んだりと、自分で考えて動けるようになってきた。
とはいえ、忙しい時間帯になると、いくつもの注文が一度に入ってきて頭が混乱することもある。
ミスをしないか不安になるけれど、今のところ大きな失敗はしていない。
昼のピークを過ぎ、ようやくひと息つける時間が訪れる。
この辺りで海水浴ができる場所はここしかないため、夏になると人が一斉に集まってくる。
さっきまで飛び交っていた注文の声も少しずつ遠のき、波の音が耳に届く。
照りつける日差しは相変わらず強いが、潮風が火照った体を心地よく冷ましてくれた。
「いぶちゃん、杏奈、お疲れ様。そろそろ休憩入って大丈夫よ」
叔母さんに声をかけられ、俺は「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。
やっと休憩だ。
昼ご飯は混む前に早めに済ませた。
腹一杯食べたから、お腹も空いていない。
今、一番感じるのは眠気だ。
休憩は一時間あるので、休憩室でゴロゴロしよう。
そう決めて、首にかけていたタオルで額の汗を拭った、その瞬間だった。
「ん?」
タオルを持っていない方の手を、杏奈にぐいっと引っ張られた。
「行くよ!」
「はっ?!」
あまりにも突然のことで、頭が追いつかない。
抵抗する暇もなく、杏奈は俺の感情を置き去りにしたまま、砂浜へ駆け出した。
サンダルの中に砂が勢いよく入り込む。
「ちょっ、どこ行くんだよ!」
聞いても、杏奈は答えない。
ただ、目的地が決まっているとでもいうように、迷うことなくまっすぐ進んでいく。
俺は引っ張られるまま、その後を追った。
そして、杏奈の進む先に、見覚えのある海パンを見つけた。
赤い海パンと黄色い海パン。
どちらも柄が派手で、遠くからでもよく目立つ。
杏奈があれだけ「イケメンだ」と騒いでいたせいで、覚える気なんてなかった俺の頭にもしっかり残っていた。
二人は砂浜に座り込んで、何やら楽しそうに砂山を作っている。
目を凝らしてみると、二人の間には砂の山ができていて、タオルを被った誰かが首から下をすっぽり埋められていた。
……となると、砂に埋まっているのは、青の海パンの人か。
それにしても、杏奈はどこに向かっているんだろう。
この先にいるのは、あの三人組しかいない。
そう気づいた瞬間、俺は咄嗟に杏奈へ声をかけていた。
「ちょっと、待って!」
止まってほしくて声をかけたのに、杏奈は振り返りもせず、「何よ?」とだけ返してくる。
いや、返事はいいから止まってくれ。
そんな俺の願いとは裏腹に、杏奈は三人のほうへ歩く速度をさらに上げていく。
「っ……」
そこで、ようやく気づいた。
杏奈が向かっているのは、あの“イケメン判定”した信号組のところだ。
嫌な予感がする。
「……まさか、あの三人に声かけるつもり?」
「そうよ!」
杏奈は当たり前のように頷いた。
「ナンパに行くから、ついてきてよ」
「やだよ!」
「はあ?女の私一人で、男三人のところに行けっていうの?」
「俺、ほんと行きたくないんだけど」
冗談じゃない。
俺には、あの三人組に声をかける理由なんて一つもない。
そもそも、従姉のナンパの付き添いなんて、できれば全力で避けたい。
そんな俺の気持ちなど知るはずもなく、杏奈は振り返りもせず、そのままの勢いで俺を引っ張り続ける。
杏奈は俺と違って、行動力がある。
思いついたらすぐに行動するタイプで、これまで何度も俺はその行動力に振り回されてきた。
杏奈の握る手に、さらに力がこもる。
本音を言えば、「一人で行け」と言いたい。
けれど、一度やると決めた杏奈が簡単に折れないことは、俺が一番よく知っている。
しかも、杏奈は怒ると結構めんどくさい。
ここで「俺は帰る」なんて言ったら、あとで何を言われるか分からない。
一人で帰って杏奈を怒らせるくらいなら、嫌でも一緒に行ったほうがいい。
そう結論を出して、俺は諦めて渋々ついていくことにした。
もともと、俺は人見知りだ。
知らない人に話しかけるのも、知らない人から話しかけられるのも得意じゃない。
ましてや、初対面の男三人組に自分から声をかけるなんて、俺にとってはほとんど罰ゲームだった。
そして、とうとう男たちがこちらに気づいた。
一斉に向けられた視線に、心臓が嫌な跳ね方をする。
逃げたい。
けれど、杏奈に手を掴まれている俺は、引っ張られるように歩くしかなかった。
