従姉がナンパしたグループの一人は、俺が男だと知ったあとも距離を縮めてくる

 海里さんが俺と仲良くなりたいと言っていたのは、どうやら本当だったらしい。
 あのときはてっきり社交辞令だと思っていたのだが、そうではなかったようだ。
 俺たちは今でも、毎日のように連絡を取り合っている。
 そのきっかけになったのは、俺が飼っている猫の話だった。
【猫飼ってるの?】
【飼ってますよ】
【トップ画の子?】
【そうです】
【かわいいね。俺も犬がいるよ】
 そう言われた直後、一枚の写真が送られてきた。
 写っていたのは、人懐っこそうな犬だった。思わず頬が緩む。
 ふわふわした毛並みのその犬は、カメラを向けられているのがうれしいのか、どこか得意げな顔をしていた。
「……かわいい。トイプーだ」
 思わず、画面を見ながら呟いた。
【名前なんていうんですか?】
【レオだよ。伊吹ちゃんの子は?】
【ハナちゃんです】
【女の子なんだね】
【はい。レオは?】
【男の子だよ。もう13歳だから、結構おじいちゃんなんだけどね】
【13歳!】
【うん。ハナちゃんは何歳?】
【2歳です】
【じゃあ、まだまだ若いね】
 そんなふうに、お互いのペットの話をしているうちに、話題は少しずつ別のことにも広がっていった。
 学校のことだったり、部活のことだったり、好きな食べ物のことだったり。
 海里さんとは、そんな日常の話をしている。
 特別な話をしているわけじゃない。
 それでも、毎日いろんな話をするようになっていた。
 そんなやり取りを続けて、一週間ほど経った頃、俺は初めて海里さんと電話をした。
『もしもし、こんにちは』
「こんにちは」
『海里です』
「海里さん。伊吹です」
 改めて自己紹介する形になって、思わず二人で笑った。
『ねえ、そろそろ「さん」付けやめない?』
「え?」
 突然の提案に、思わず聞き返す。
『なんか「海里さん」って呼ばれると、ちょっと距離がある感じするし。俺は結構仲良くなれたかなって思ってるんだけど……伊吹ちゃんは「さん」付けのほうが呼びやすい?』
「いえ、そんなことないと思います」
『なら、さん止めで』
「分かりました。海里くんって呼びます」
『呼び捨てでもいいよ。なんならタメ口でも』
「流石にそれは!」
 思わず声を上げると、電話の向こうで海里くんが笑った。
『そんなに慌てる?』
「いや、だって……呼び捨てはまだ早いというか」
『そう?』
「はい。海里くんのほうが年上ですし」
『一歳しか変わらないじゃん』
「それでもです!」
 慌てて答えると、海里くんはまた楽しそうに笑った。
『じゃあ、しばらくは海里くんでいいか』
「しばらく?」
『うん、しばらく。そのうち呼び捨てで』
「それは……考えておきます」
『考えるんだ』
 電話越しに聞こえる海里くんの笑い声に、思わず口元が緩んだ。
「……海里くんは、俺のこと、呼び捨てでいいですよ。いぶでも、伊吹でもお好きな方で」
『んー、伊吹ちゃんはどっちがいい?』
「どっちでもいいですよ。いぶって呼ばれることが多いですけど」
『いぶ』
「はい」
『伊吹』
「……はい」
『伊吹のほうがいい?』
「え?」
『今のほうが、ちょっと照れてたから』
「そんなことないですよ」
 海里くんは嬉しそうに笑った。
『そっか。じゃあ、俺は伊吹って呼ぶね』
「っ、はい」
 正直、なんて呼ばれても同じだと思っていた。
 でも、「伊吹」と呼ばれた瞬間、一気に距離が縮まったような気がして、胸の奥がくすぐったくなった。
 ……これ、伊吹って呼ばれるほうが、よかったってバレてるよな。
 そんなにわかりやすかっただろうか。
 そう思っていると、海里さんが話題を変えてくれた。
『そういえばさ、夏休みも半分切ったな』
「そうですね。早いですね」
『だよな。課題、終わった?』
「まだです。……海里くんは?」
『あと一つ残ってる。何が残ってるの?』
「えっと……二つ。国語と数学の冊子です。途中までやってて。あと少しで終わるんですけど、やる気が起きなくて」
『ああ、分かる』
「家だとゴロゴロしちゃうし、外でやろうと思っても、今度は外に出る気が起きなくて……。それで、あと少しがなかなか終わらないんです」
『ならさ、一緒にやらない?』
「え?」
『よければだけど。二人でやるってなったら、やらなきゃって思うだろ? 俺も一人だと、つい後回しにしちゃうし』
「やりたいです!」
 海里さんに会える。
 そう思った瞬間、俺は迷うことなく返事をしていた。
『じゃあ、今週の日曜日はどう?』
「大丈夫です!」
『時間とか場所はまた後で決めよう』
「はい」
 その後もしばらく他愛のない話をして、電話を終えた。
 電話を切るとすぐに、俺はカレンダーアプリを開いた。
 今週の日曜日を選び、予定を入力する。
 タイトル名を「海里くん」と入力してから、スタンプの一覧を開いた。
 いくつか並んだ中から「おでかけ」のスタンプを選んで、予定を保存した。
 そこまでして、ようやく実感が湧いてきた。
 ――俺、海里くんと出かける約束したんだ。
 会うのは久しぶりだ。
 そう思うと、自然と嬉しくなる。
 けれど、前に会ったときは、少し気まずい雰囲気になってしまったことを思い出す。
 今回は、大丈夫だろうか。
 楽しみな気持ちが大きいが、ほんの少しだけ不安も残っていた。