従姉がナンパしたグループの一人は、俺が男だと知ったあとも距離を縮めてくる

 ウォーターピッチャーを手にして戻ろうとしたとき、ふと後ろを見る。
 数歩後ろに、杏奈が立っていた。
 俺たちの話を邪魔しないように、離れていてくれたのだろう。
 ……そういえば、杏奈がいることをすっかり忘れていた。
 それだけ、さっきまで頭に血が上っていて、周りが見えていなかったらしい。
 少し落ち着いてくると、自分が仕事中だったことを思い出した。
 仕事中なのに、私情を持ち込んでしまった。
 しかも、客相手にだ。
 やってしまった、という顔をしていると、杏奈が俺の肩をぽんと叩いた。
「これからは、うちのアイドルをこんなことに巻き込まないでくださいね」
 そう言って、杏奈は三人に笑いかける。
 ――アイドル?
 俺が?
 杏奈のからかいを訂正しようと口を開こうとしたが、
「本当に、ごめん」
「悪かった」
 二人に先に謝られてしまい、訂正するタイミングを逃してしまった。
「いえ、こちらこそすみません」
 俺も、仕事中なのに感情的になってしまったことが申し訳なくて、頭を下げた。
「ほら、いぶちゃんも戻りなー」
 明るい声でそう言って、杏奈は三人の注文を取り始めた。
「ご注文は、お決まりですか?」
 俺は邪魔にならないよう、その場を離れることにした。
 仕事に戻ったほうがいいよな。
 まだ何かやることがあるかもしれない。そう思い、叔父さんと叔母さんのところへ向かう。
「何かやることある?」
「ああ、じゃあこれ2番席に、こっちは5番席に運んでくれるか?」
「うん」
 カウンターに置かれた料理をお盆に乗せ、注文のあった席へ運んでいく。
 料理を運び終えて戻ると、杏奈はすでに戻っており、俺に声をかけてきた。
「……いぶちゃん、ごめんね。私が昨日、無理矢理連れていったばかりに。嫌な思いをさせて。大丈夫?」
 杏奈は心配そうに俺を見る。
 どうやら、昨日俺をナンパに巻き込んだから、こんなことになったと思っているようだ。
 杏奈のせいってわけではないのに。
「うん、大丈夫だよ」
 俺がそう答えると、杏奈は少しだけ安心したように頷いた。
 杏奈は隣にいたから、さっきの話も全部聞いていた。
 悠人さんたちが、俺を面白がるために利用していたことも知っている。
 だからこそ、そんなことをした悠人さんに向いていた気持ちも、もうなくなったのだろう。
 さっきまで何度も悠人さんのほうをチラチラ見ていたのに、今はもう見ようともしない。
「私が料理運ぶからね」
「……ありがとう」
 あの二人とはできるだけ関わりたくなかったから、杏奈が代わってくれることになり、俺は少しほっとした。
 その直後、叔父さんが厨房から出来上がったばかりのポテトを持ってきて、お盆の上に置いた。
「8番席に持ってって」
「はーい」
 杏奈がお盆を持とうとすると、叔母さんが声をかけた。
「杏奈、いぶちゃんに持っていってもらって」
「え?」
「手伝ってもらったお礼なんだから、いぶちゃんが持っていったほうがいいでしょ」
 そう言って、叔母さんが俺を見る。
「いぶちゃん、お願いね」
「あ、うん」
 それはそうだ。
 手伝ってもらったお礼なのだから、俺が持っていくのは当然だ。
 そう思って、俺はお盆を手に取った。
 海里さんたちのところまで運び、テーブルに置く。
「お待たせしました。手伝ってくれてありがとうございました」
「こちらこそ。ポテト、ありがとう」
「いえ……」
 俺は小さく会釈をすると、その場を離れた。
 これ以上、あの気まずい空気の中にいたくなくて、足早に持ち場へ戻る。
 すると、休憩に出ていた怜が戻ってきた。
「あっ、おかえり」
「おう、ただいま」
 俺はふと時間を確認した。
 まだ休憩時間は残っている。
「どうしたの? 戻ってくるの早くない?」
「小腹がすいたから、食いに来た」
 怜はそう言って、店内を見渡した。
「暇そうだな」
「うん。さっきから暇だよ」
 俺も店内を見回す。
 客はさらに減り、今では海里さんたちしかいない。
 すると、怜の視線が三人のところで止まった。
「うわっ……」
 怜は海里さんたちを見ながら、わずかに顔をしかめる。
「どうしたの?」
「なんであいつらいんの?」
「知ってるの?」
「知ってるも何も、同じ高校だからな」
「えっ、そうなの?」
「向こうは俺のこと知らないと思うけど。あいつら、目立つからな」
「ああ……」
 確かに、あの三人は目立つ。
 でも――
「怜も十分目立つと思うけど」
「は?」
「いや、なんでもない」
 思ったことを口にすると、怜が不思議そうに俺を見る。
 怜もイケメンだ。
 本人も杏奈も否定するけれど、客観的に見ても、かっこいいと思われる顔だと思う。
 ……いいな。
 俺もイケメンだともてはやされてみたかった。
 そんなことを考えているうちに、いつの間にか頬を膨らませていた。
「なんだよ、その顔」
「別に」
 怜が笑いながら、俺の頬を指でツンツンしてくる。
「ちょっ、やめろって」
 俺は怜の手を払いのけた。
 怜は昔から、こうやって俺をからかってくる。
「かわいいな」
 その言葉は嫌いだった。
 でも、怜に言われるのは不思議と嫌ではない。
 怜が俺を女の子扱いしているわけじゃないと分かっているからだ。
 付き合いも長いし、たぶん俺のことを弟みたいに可愛がっているのだろう。
「なんでそんな可愛い顔してんの?」
「してない」
 否定すると、怜は楽しそうに笑った。
 俺が頬を触られるのを嫌がったからか、今度は俺の頭に手を伸ばし、そのまま髪をぐしゃぐしゃにしてきた。
「だから、やめろって!」
 俺は慌てて怜の手を払いのけた。
「ははっ、いいじゃん」
「よくない」
 俺がむっとして睨むと、怜はまた楽しそうに笑った。
 なんだか腹が立って、俺は怜の足を軽く蹴る。
「いっ!」
 怜が痛そうに顔をしかめた。
 ざまあみろ。
 俺は口角を上げて笑う。
 すると、怜がじろりと俺を睨んできた。
 俺は何もしていないふりをして、すっと顔を背ける。
 その拍子に、海里さんと目が合った。
 海里さんは、どこか驚いたような顔をしているように見えた。
 ……何だろう。
 海里さんがじっとこちらを見ているのが気になって、俺は髪に手をやった。
 もしかして、自分が思っている以上に変な髪型になっているのか?
 そう思って、乱れた髪を整えた。
 もう一度、海里さんのほうを見る。
 けれど、海里さんはまだこちらを見ていた。
 ……髪じゃないのか?
 そう思ったけれど、これ以上考えても分からない。
 まあ、いっか。
 俺は気にするのをやめて、海里さんから視線を外した。
「怜、頼まなくていいの?」
「ん? ああ、頼む」
 そう言って、怜は叔父さんにポテトを頼んでいた。