ゾウのおなかに一等星 ~偽タトゥーなあいつと擬態オタクな俺の恋~


 どれくらいそうやって互いの呼吸と鼓動だけを感じていただろうか。
 ガチャッと玄関の開く音がした。

「ただいまぁ」

 玄関から響く、母さんのちょっとくたびれた声。
 びくっと体を震わせて体を離す。
 チョータは慌ててインナーに手を伸ばして着込み始めた。シャツのボタンを全部はめるには時間がかかりそう。
 俺がチョータを部屋に残してリビングに顔を出すと、丁度母さんがリビングの扉を開けたところだった。

「おかえり。チョータ来てるよ」
「あら、そう。ご飯は?食べてく?」
「そのつもり」
「お邪魔してます」

 俺の後ろから顔を出したチョータが、ぺこりと頭を下げる。シャツのボタンは全部止められて、裾もきちんとズボンの中に入っている。
 素早くチョータの全身に視線を走らせる。うん、問題なし。
 いや、別に何も怪しいことはしてないけど、さすがに上半身裸だったり服が乱れたりしてたら微妙な雰囲気になるし。って誰に言い訳してんだ俺は。
 表面上は自然体を装って視線を母さんのほうにもどす。
 母さんはにっこり笑って台所に入っていきながら言った。

「じゃ、簡単に夕食作るから、二人は顔と手を洗ってらっしゃい」
「え?」
「は、はい」

 手は分かるけど、なんで顔? そう思った俺の横でチョータが手の甲で頬を拭う。
 あ、涙の跡。
 うわ、恥ずかしい。
 少しパリパリする目元を拭って、洗面所に駆け込む。目の周りが薄っすらと赤らんでいる。

「……ばれた、かな?」

 続けて入ってきたチョータに鏡越しに聞く。
 チョータは苦笑して肩をすくめる。外人かよ。

「バレても大丈夫じゃね? オーママなら」

 軽く言うなよ。
 水で勢いよく顔を洗って場所をチョータに譲る。いい加減に顔を拭いたタオルを押し付けると、チョータはびしょ濡れのままでまじまじとタオルを見てから、やたらと丁寧に顔を拭いた。

「オータはもうちょっと俺のことを警戒した方がいいと思う」
「なんだそれ」

 なんで警戒する必要があんの?
 そう言った俺にチョータは目を細めて、突然俺の頭の後ろにタオルを引っかけて引き寄せた。

「う、わ」
「しっ」

 近くにチョータの顔がある。
 ふっと吐息が唇にかかって、気づいた時にはキスされていた。

「俺の長年の妄想、舐めんなよ」
「ば、ばか。お前、馬鹿!」

 一気に顔が熱くなる。
 後ずさった俺の頭を、タオルの上からチョータがガシガシと撫でて洗面所から出ていく。
 何もかもが、脳の処理能力を超えて頭がパンクしそう。
 ふと横を見ると、真っ赤な顔で潤んだ目をした自分が鏡に写っている。

「うっわぁ」

 はっずかしい。がばりと両手で顔を覆う。
 台所からチョータが「お皿出します」とか、母さんが「そっちの取り皿と箸が……」なんて声が聞こえてくる。
 なんだよ。なんで平気な声で母さんと会話してんの。そんな奴だったけ、お前。

「おうたー? 揚げ物、準備して一」
「分かった!」

 母さんの呼ぶ声に洗面所から出る。
 テーブルに箸を並べるチョータと、台所で忙しそうにする母さん。
 二人とも俺を見て微笑む。

 ――なんか家族みたいだ。

 そんな考えが浮かぶ。
 きっといつか、そう、さっきチョータが言ったうちの母さんなら大丈夫だという言葉を信じるなら、遠くない未来で本当の家族になれるのかもしれない。
 そんな夢を抱いてもいいのだろうか。
 うん、あの時輝いていた一等星がそばにあるなら、きっと不可能じゃない。
 そう信じている自分がいる。
 そんことを思いながら、俺は二人の元へと足を踏み出した。
 



◆◆◆後書き◆◆◆
お読みいただきありがとうございました。
本編完結となります。
攻めのチョータ視点を後日アップ予定です。
そちらもお読みいただければ嬉しく思います。
※別視点はコンテスト終了後に掲載いたします。