ゾウのおなかに一等星 ~偽タトゥーなあいつと擬態オタクな俺の恋~


 指先をベッドシーツにこすりつける。
 最後に散らしたラメがはがれて、キラキラと夕暮れの赤い光を反射させている。

「終わった?」

 鏡越しにチョータが尋ねる。
 俺はチョータの背から視線を上げ、鏡の中のチョータと目を合わせて「終わった」と答えて立ち上がった。
 同じように立ったチョータの隣に並び、ローゼットの扉を微調整してチョータが背中を見やすいようにする。
 上半身裸のチョータが目の前にいて、少しだけ気恥ずかしい。
 さっきまでその肌に思う存分触れていたと思うと、指先がちりちりと熱を持った。

「これで、見えるか?」

 努めて明るく、チョータに呼び掛ける。
 返ってきたのは――沈黙。

「チョータ?」

 首を傾げてチョータを下から覗き込む。
 チョータの目が鏡に釘付けになっている。
 その中に映るチョータの背に。そして俺が描いた絵に。

 そこに広がるのは満点の星が輝く宇宙。
 黄色と青を抱く星雲、その中で一際強い光を放つ一等星。
 色とりどりの痣の残る背に、描いたのはあの日に見たチョータの姿。
 街灯の下で輝いていた。

 俺の、一等星だ。

 呆然と佇むチョータに俺は告げる。

「チョータがなんと思っていようと、俺はチョータが一番だから。友達よりも家族よりも、チョータだから。一番大事で、一番……好きなんだ」

 チョータの瞳が揺れて、ゆっくりと下がって、俺を見つめた。
 ゆらり。光が揺れて、零れ落ちた。
 流れ星みたいに。
 唇が戦慄いて、声もなく俺を呼ぶ。

「ばーか、泣くなよ」

 両手を伸ばして、零れ落ちる雫を拭う。
 その手にすがるようにチョータの手が添えられた。
 はらはらと流れ続ける涙は止まることを知らない。本当、チョータは図体でかくて、顔もきつい系なのに泣き虫だ。
 俺までつられるじゃねえか。

「おーた」
「ああ」

 呼ぶ声に答える。無様に震えないようにするのが精いっぱいだ。
 チョータが何度も嗚咽を飲み込んで、声を絞り出した。

「俺も、ずっと、オータが好きだ」
「うん、知ってる」

 分かってるよ。お前が俺を好きな事、大事に思っていること、だからこそ自分の人生に巻き込みたくないって思っていること。
 全部、分かってる。
 だから、俺から踏み込んでいくことに決めた。
 お前が、俺を大事で巻き込めないなら、俺から全力でお前の人生に入ってやる。

「オータ、ごめん」
「謝んな、ばーか」

 背伸びをする。俺の指先で拭いきれない涙を唇で掬い取った。

「しょっぺ」

 ぺろりと舌を出す。涙だから当たり前かと、濡れた唇を舐める。
 直後、チョータの腕が伸びて強い力で抱きしめられた。

「わっ、ふ!」

 噛みつかれた。そんな感じだった。
 覆いかぶさってくるチョータのでかい体。
 気づいた時には顔が離れて、またもう一度唇に衝撃が走った。
 キスされていると理解できたのは、三度目にやっと柔らかな感触を感じたから。
 俺を囲う腕の力が緩む。物理的に締め付けられていた肺が、空気を求めて大きく広がった。
 くっそ苦しい。馬鹿力野郎め。

「……おっ前なぁ」
「オータが悪い」
「あ?」
「オータが可愛いのが悪い」

 なんだよそれ。ったく。
 見上げると目の端に涙を残したまま、口をへの字に曲げるチョータ。
 んで、どんな顔だよ、それは。
 俺も口を曲げると、ふっと表情を緩ませてチョータはまた軽く唇を触れ合わせた。
 おい、そんなに気軽にチューチューとキスすんなよ。浮かれて箍が外れたのか?

「あーあー、掴まっちゃったなぁ」

 俺から一歩離れて、また肩越しに鏡を眩し気に見て、茶化すようにチョータは言う。
 でもその声には隠しきれない喜びと安堵が含まれていて、俺の心臓が嬉しそうに鼓動を刻む。
 手の甲で涙を乱暴に拭って、チョータは大きなため息を吐いた。

「俺、オータが好きだ。たぶん、オータがいなくなったら人生終わる」
「重い」
「うん。だから言わなかった」

 へらっと笑う顔の裏に見え隠れする執着と依存。でもそれは俺も同じだ。
 あの秘密基地に逃げ込んだ時から、俺たちはずっと互いの中に秘密を抱えて過ごしてきた。
 これから先、その秘密は二人のものになる。チョータだけのものでも、俺だけのものでもない。俺たちのもの。
 ああ、そう考えると最高かもな。
 ふっと笑うとチョータが目を細める。
 涙を拭う俺の手を取って、チョータが笑う。

「ははっ、なんでお前まで泣いてんの」
「知らねえよ。うつったんだろ」
「うつるかよ、バーカ」
「んだよ、バーカ」

 俺たちが出会ったあの日を彷彿とさせる会話。
 変わらねえな、俺たち。きっとこれからも取り巻く環境が変わっても、住む場所が変わっても、変わらないと思える。
 チョータは大学を機にこの町を出ていくだろう。それもあの屑から離れるために遠く離れた場所へ。
 俺たちは一年、別々の町に住むことになる。
 怖さもある。寂しさもある。
 でも、きっと俺たちなら乗り越えられると信じている。
 涙に濡れた顔で笑い合って、もう一度顔を近づける。

「俺がいなきゃだめなら、俺を巻きこめよ。お前とだったら、どこででも生きてやる」
「うわー、オータ、かっけーわー。俺、負けっぱなし」
「勝てると思うな、バーカ」

 トンッと俺の肩に額を預けて、チョータは安堵したように息を吐いた。
 チョータの体の重みを感じる。
 そうやって俺に預ければいい。人生も、苦悩も、愛情も、なんでも。
 一人で抱え込むなよ。
 お前は一等星だけど、広大な宇宙で独りぼっちなわけじゃないんだから。
 星座みたいに、たとえ離れていても俺がずっとお前と見えない線で繋がって寄り添うから。