「ねぇ、吉井君、演劇部の手伝いしてくれない?」
「演劇?」
十月に入って秋が近づく気配がする。
十一月半ばに行われる文化祭に向けて準備が進められる中、女子に声をかけられた。
俺は部活に入っていないし、俺たちのクラスは大きな出し物はせずに夏の課題を展示するだけだから、特にやることはないと安心していたのに。
「今年、海賊が出てくる演目なんだけど、男子たちの体にタトゥーを描いて欲しくて。化粧班もいるけど手が足りてないんだ」
「え……うーん」
どうしようかな。当日の予定が特に入っていないから断りにくい。
「その日が無理なら、前日からでもいいし、デザインは任せる!お礼に文化祭の食券をみんなから集めるよ!」
いや、ボッチだから食券を大量にもらってもいらないんだけど。無駄になるだけだって。
でもそんなことは言えず、上手い断り文句を探す。
チョータが入院してた時も、噂の真偽を確かめようとわらわらたくさん女子が近づいてきた。
あの時に相当塩な対応して蹴散らしたかと思ったのに。まだしぶとくくるか。すごいな、チョータ人気は。
「ね、お願い、吉井君」
上目遣い。これ、狙ってやってんだろうな。
ぼっちオタヨシならコロッて落ちるとかって思われてそうだなぁ。
「だめ」
「え?」
後ろから声がして、振り返る。
チョータだ。ってか、なんでこっちのクラスに来てんの?
きゃあってどこかで高い声が上がった。前々からチョータのことを好きだと言ってた女子だ。
「ごめんねー。オータは俺と予定があってさ。ちょっと借りてくよ」
「あ、はい! どうぞどうぞ!」
どうぞっておい。勝手に返事すんなよ。
文句はあるけど、この場から逃げられるんだったらと軽く謝って廊下に出る。
「……なに?」
「ふはっ、不本意な顔。でも助かったっしょ?」
「まぁ。んで?」
チョータが退院してやっと一週間。まだまだ好奇の目は多い。
元々偽タトゥーで目立ってたところに、傷害事件に巻き込まれたという話から「やっぱりヤバいやつだったんだ」って噂が出てるのも知ってる。
チョータはそれをあえて否定しない。でもチョータのダチたちは変わらずチョータと一緒にいるから、噂を信じないイイ奴らなんだろうと思う。
「今日、暇?」
「予定はないけど。暇なのはそっちだろ」
「あ、バレた。バイトが一個クビになっちゃったし、肋骨まだ痛いから単発のにも入れなくて暇なんだよね」
「そんなことLINEで言えばいいのに」
わざわざ人のクラスに来てまで言うことか?
そう言って睨むと、へらりとチョータは「牽制」と言って笑った。
どういう意味だよ。顔をしかめた俺にチョータは続ける。
「変な奴らがオータにちょっかい出さないように」
「……自分のことだけ心配してろ、バーカ」
この前教師から、チョータの腕に絵を描いているのは俺だというのは本当かと聞かれた。
別に隠すことでもないからそうだと答えたら、思いっきりため息を吐かれて「次からはやめろ」と言われた。
きっと同じようなことをチョータも言われてる。まぁ、やめないけどな。
「だったらさ、うちに来いよ」
「オータのとこ?」
「そう。ちょっとしたいことがあって」
「なに?」
「家帰ったら言う」
学校で、クラスメートからちらちら視線を浴びながらは嫌だ。
するとチョータはわざとらしく両手の指先を口元に当てて、体をくねらせた。
「うわぁ、秘密主義だ」
やめろ、きもい。無言でケツを膝で蹴り上げる。
ざわりと教室の中が騒めいた。
あー、またなんか言われそう。実は俺も変な奴らと付き合いがあるとか、
髪の毛を切る切っ掛けになった頭の傷はケンカだとか。もう何言われようがどうでもいい。
「満足か?」
ため息を吐いてチョータを見上げる。
おい、目の奥が笑ってないぞ、馬鹿。
「……バレバレ?」
俺の顔を覗き込むように、伺うように声を潜めて尋ねてくる。
確かに顔をさらすようになって声は多くかけられるけど、友人なんて呼べるようなやつはできてないぞ。生憎な。
ったく、不安なら、不安だと言えばいい。
俺がお前から離れていかないって何度も言うから。
たとえ周りに人が増えても、俺の中の一番はチョータだけなんだから。
「いいからクラス戻れよ。せいぜいいい成績取っていい大学行って出世しやがれ」
「おー、出世払いしてやる」
「期待しないどく」
バンッと背中を叩くと「ひぃ!肋骨!」と悲鳴を上げた。あ、普通に忘れてた。
そして俺は「悪りぃ!」と叫んで涙目で胸元を押さえるチョータをそこに残し、教室へと逃げ込んだのだった。
