ゾウのおなかに一等星 ~偽タトゥーなあいつと擬態オタクな俺の恋~


 チョータは二週間の入院になった。
 ぼっこぼこにされていた顔もそうだけれど、肋骨が二本折れていたためだ。
 その間、警察や児童相談所、それに学校の教師たちも入れ代わり立ち代わりチョータのところに来て、詳しく調査がされた。
 あの屑はまだ警察の留置所内だ。
 暴れて警察官を突き飛ばしたりもしたし「殺す」って叫んでたから、チョータへの傷害罪はより重い殺人未遂罪になるだろうし、公務執行妨害の罪も上乗せされるそう。
 それに児童相談所からも、たとえあいつが仮釈放されてもチョータに近づくことができないように手続きをしてくれた。
 これで少なくともチョータが成人になる来年の四月までは、あいつが俺たちの前に現れることはない。

「バーカ、馬鹿、ばーか、くそばーか」
「オータ……」

 まだ痣が残る顔でチョータが苦笑いをする。
 学校が終わって速攻でチョータのところに来て、新発売の秋栗味やサツマイモ味のチョコレートをばらまく。
 新作だぞ、新作。滅多に食わん味だろ。涙流して味わいやがれ。
 ったく、心配かけさせやがって、バーカバーカバーカ。

「……で、施設は入らなくて良さそうなん?」
「たぶん。半年後には十八だし、どっちみち今までも一人暮らしみたいなもんだったし。でもなんか支援はしてもらえるって。でも卒業後……別の地域に行くのが大前提っぽい」
「そりゃそうだな」

 同じ地域に住み続けたら、あいつが出所してまた戻ってきた時に危ない。
 でもまぁ、今のところたった一年でシャバに出てくるとかはなさそうだから、
 その間に遠くへ行ってあいつに見つからないようにすればいい。そっか……チョータ、この町から出て行くんだな。

「てか、どうやってあそこまで怒らせたんだよ、お前」
「あー、まあ、痛い正論をぶちかましてやった」

 母親が出て行ったこと、まともな職にもつかずふらふらしていること、いずれ世間に見放されて野垂れ死ぬこと、チョータもあいつを親だと思って無いこと。
 思いっきり小馬鹿にして言ってやったらしい。んで、あっちがブチ切れたと。

「単純すぎて、まじ、こいつ大丈夫かって思った」

 鼻で笑うチョータ。

「俺が我慢すればいいって思ってた。あんな屑でも俺の親だし」

 時折アパートに顔を出すだけの屑親。気まぐれにパチンコの景品をチョータに渡し、そして気まぐれにチョータに暴力を振るった。それでもずっとチョータの親だった。
 子供の頃の恐怖心もあっただろうし、諦めきれない期待もあった。

「でもオータに手を出すなら、違う。親なんかじゃねえ。敵だ」

 だから、嵌めた。
 チョータの切れ長の目が鋭く光る。そこには屑への同情や憐憫は欠片も見えない。
 あの屑への感情はもう跡形もなく消え去った。
 俺が、切っ掛け?

「……逃げたくせに」

 忘れねえぞ、馬鹿野郎。

「ははっ、悪りぃ」
「ったく、覚悟決まるまではうじうじして、覚悟決まったら突っ走って。迷惑な奴すぎだろ」
「酷えな!」

 がははっと笑って、傷が痛んだのか顔をしかめるチョータ。
 ついでに肋骨も傷んだらしく、腹に手を添えている。バカめ。
 きっとチョータは俺が離れていくのが怖かったんだ。
 あの屑に俺が暴力を振るわれたこと自体もそうだし、その時に動けなかったチョータに失望したんじゃないかって。なんとなく、そう思った。

「ばーか、馬鹿バーカ」

 もう一回言ってやる。なんなら何度だって言ってやる。お前がまた馬鹿をやらないように。
 ちゃんと俺のことを思い出すように。
 なんだったら本物のタトゥーとして腕に刻んでやろうか、ああん!?

「消えちゃったな」
「そうだな」

 検査のために綺麗に拭われてしまったチョータの右腕。
 あの日描いた怪獣も一等星もない。
 今は薄っすらと火傷のあとだけが日焼けた肌の上に散っている。この痕は、これから先増えることは決してなく、時間と共に薄くなって消えていくだろう。心の傷も、そうだといい。

「次、何にする? 焼き芋とか?」
「なんで芋だよ。せめて紅葉とかだろ」
「あん? 態度がデカいな。焼き芋持って踊るブタにすっぞ」
「やめてください。お願いしますオータ様」

 雷マークが特徴の焼き芋味チョコを食べながら睨めば、素直にチョータは頭を下げた。
 伸ばした髪が目にかぶさって邪魔くさい。
 やっぱりチョータは短髪ツンツンのほうが似合うと思う。
 ごそごそといつものトートバッグから、たまりにたまったチョータから押し付けられたヘアピンを取り出す。
 無理矢理に前髪を上げてパチッと止めれば、あら、ピンクのリボンを付けたゴツイ男(アオタン付)の完成だ。上目遣いになるチョータにニヤニヤと笑いながら、話題を変える。

「入院中、部屋の生ごみとか捨ててきてやるよ。あ、変なモンねえよな?」
「変なモンってなんだよ。ねえよ。あいつがいつ帰ってくるか分かんねえんだから。でも、まぁ、サンキュ」

 甘栗チョコを食べて甘いなと呟き、チョータは温くなった水を飲んだ。
 ゲームをしないチョータは、入院中は暇だから勉強でもしようかなと呟く。真面目かよ。

「大学……行こうかなと思って」

 今回の事件のおかげでと言っていいのか、これまでよりもしっかりした支援がもらえそうだからと言う。お前、そこも狙ってたな。

「資料が役に立ったなら何よりで」
「ありがとな、オータ」
「おう、ありがたがれ。(あが)(たてまつ)らえ」
「ははー、サスガオータサマー」

 馬鹿なやり取りでまた笑って、痛がるチョータにまた笑って。
 そっか。だったら大学は県外になる可能性が高いのか。この町を出て、チョータの未来は広がっていくんだな。
 嬉しい気持ちもあるけれど、寂しい。きっと、チョータも。

「あー、またバイトに励まないといけないのに、しばらく動けないってダッル」
「久々に学生らしいことでもしてたら」
「どんなこと?」
「あー、んー……映画を見に行くとか、買い物とか……?」

 咄嗟に学生らしいことが出てこない。チョータ、おい、呆れた目をすんなよ。
 いや、きっとあるはずだ。キラキラな学生っぽいこと…・・…多分。

「オータも枯れてんなぁ」
「うっせえよ」

 髪型を変えて、眼鏡をはずしてオタヨシではなくなった。でも学校ではこれまで通り塩な俺。
 女子は声をかけてくるようになったけど、つるむようなダチはまだいない。
 チョータのこともあって、放課後はそこそこ忙しくしてるし。
 ま、チョータがバイトがなくて暇している間は相手をしてやろう。
 心がやっさしいなぁ、俺。