ビルやマンションの谷間にある公園。
そこは学区の堺で、俺とチョータが出会った場所。
大きなゾウが腹ばいになっていて、その中がちょっとした秘密基地っぽい空間になっている。
駈け寄って中を覗き込めば、小学生が二人ゲーム機で遊んでいた。
俺を見て驚きの声を上げる。
「うわっ」
「な、なに?」
「悪りい。人探してた。なぁ、右手にペイントがある高校生見なかった?」
謝りながら一縷の望みをかけて聞いてみる。
「でっかい兄ちゃん? 今日は見てない」
首を振る二人。「ありがとう」と言ってすぐにまた走り出す。
『俺、決めた』
『あいつがもう関わってこれないようにする。俺にも、オータにも』
『大丈夫。全部うまく行くから』
チョータ、何を考えてる?
あんなやつのせいで人生を無駄にするようなことしないよな?
お願いだから早まったことをするな。
立ち止まってLINEを送る。
「チョータ、どこにいる?」
「連絡してくれ」
「早まるな」
ポコポコと文字が飛んでいく。
分かっているけれど、既読にはならない。
公園を抜け、次に向かうのはチョータが住むアパート。
立ち並ぶマンションに見下ろされるように、古びた背の低い二階建てのアパートが現れる。
一階の角部屋の前に立ち、何年も前から壊れたままのチャイムを無視し、拳で強くドアを叩く。
ダンダンダンダンッという音と同時に扉が激しく揺れる。
「チョータ! チョータ!?」
取っ手を掴み、ガチャガチャと回す。
開くはずはない。それでも煩い音を立てて何度もノブを回し、扉を叩く。
「うっせーぞ!」
どこかの部屋から怒鳴り声が響いた。
これ以上やったらチョータに迷惑がかかる。唇をかみしめて、ドア前から離れた。
その時、手の中でスマホが震えた。
「チョータ!?」
違う。母さんだ。
ロックを外すと母親からのメッセージが表示される。
『ヨーコさんのとこのお客さんが、朝大君を商店街のほうで見たかもって』
『何か騒ぎが起きてるっぽいから気を付けて』
「騒ぎ?」
顔を上げる。
商店街はここからヨーコさんの店の前を通って、さらにもう一区画ほど離れている。
スマホをポケットにしまって駆け出す。
騒ぎ――まさか、もうチョータが……あの屑に何かしたとか?
嫌な想像ばかりが浮かぶ。
包丁を持ったチョータがあいつの腹を刺す場面。警察に追いかけられるチョータの姿も。
そんなことあるはずがない。大丈夫。
でもあのチョータの覚悟の決まった声が、俺の想像に油を注ぐ。
「旺太!」
「母さん!」
ヨーコさんの店が見える通りに出ると、母さんが俺を見つけて跳ねるように手を振った。
その横でヨーコさんも思案気に通りの向こうを見ている。
「チョータは!?」
「分からないけど、今、警察が呼ばれてるみたいで」
「店の客が、見に行ってるんだけどねぇ」
そう言ってヨーコさんは自分のスマホを見て首を振る。何の連絡もまだないということだ。
「俺も行ってくる」
母さんの手が僅かに上がって、すぐに降ろされた。代わりにヨーコさんの手が母さんの背にまわされる。
「気を付けて」
「うん」
母さんとヨーコさんの真剣な眼差しを受け止めて、また走り出す。
二人の気遣いがくすぐったい。
二人が心配しているのは俺だけじゃない。チョータもだ。
チョータ、みんなお前のことが大切なんだ。お前が思っている以上に。
走っていると正面から怒声が聞こえ、人垣が見えてきた。
「放せええええ! 殺してやる! クソガキがあああ!」
響き渡った声に、足が止まりそうになる。
あれは、屑の声だ。
チョータは? あいつが生きてるってことは、チョータはどうなった?
「どいて!」
商店街の入り口に集まる人波をかき分ける。その先に、警察官に取り押さえられた屑がいた。
「ざっけんな!クソポリがよぉ!そいつは俺のガキだ。どうしようが勝手だろうが!」
色のくすんだ髪を振り乱した屑は傷ついた様子はない。だったら、チュータけと、屑の祖錠の先を追った。
そこに、蹲った人物がいた。
「チョータ!」
ぽっかり空いた空間。二人の警官に介抱されていたのはチョータだ。
その顔は真っ赤で、酷く殴られたのが一目で分かる。
「チョータ!」
警察官が俺を止める前にチョータの横に膝をつく。
腫れあがった目が俺を捉えて、切れた唇が微かに動いた。
「お……た?」
「チョータ、大丈夫かよ。探したんだぞ」
チョータの口が動いて何かを言った。でもそれは商店街に反響する屑の怒鳴り声でかき消される。
煩い。チョータの声が聞こえねえだろ、クズが。
「うっせー! 黙れクソじじい!」
「あああ、クソチビが!」
俺が怒鳴るとすぐにあいつが叫ぶ。警察官が慌てて暴れる屑を拘束する力を強く舌。
「こら、相手を刺激するな」
すぐそばにいる警察官が呆れた声でたしなめてきた。
「あの屑がチョータをこんなにしたの?」
「そうらしい。一方的に殴っていると通報があった」
「そう」
警官に俺が屑やチョータの知り合いかと尋ねられて頷く。
ついで一月ほど前にあの屑に殴られて入院して、被害届も提出済みであることも。
その話で、二人の警察官がそういえばそんな事件があったという顔をした。
救急車のサイレンが聞こえ、商店街の出口に車体が見えた。
ストレッチャーを引いて近づいてくる救急隊員たち。警察官が状況を簡単に説明して、チョータはストレッチャーに乗せられた。
「俺も行く」
隊員と警察官が視線をかわして、警察官が頷いた。つまり乗っていいってことだ。
ストレッチャーと一緒に救急車に乗り込む。
つい一ヶ月前にも乗ったばかりなのに、二回目がこんなに早く来るとは思わなかった。
狭い車内に所狭しと機材が置かれている。
「おーた」
救急隊員が出発の準備をしている中、チョータが俺を呼んだ。
「何?」
「あいつ、詰んだ。これで、俺に関われない。おーたにも。ざまぁ」
「……馬鹿」
馬鹿だよ、お前。
きっとチョータのことだから綿密に計画を立てたはずだ。
目撃者のあるところで、あの屑を巧みに誘導して、自分を一方的に殴るように追い込んだ。
チョータはまだ十七歳。未成年の息子を一方的に殴って重体にする父親への罪は重くなるだろう。
十八歳になる前に。
あいつの支配から解放されるために。
「馬鹿野郎」
傷だらけの体の中、そこだけやたらと綺麗な右手を掴む。
チョータが守ったもの。俺と、チョータの絆、未来、人生すべて。
チョータ、俺もお前を守りたい。
サイレンが鳴る。救急車が動き出す。
俺は歯を食いしばって、溢れそうになる涙を堪えた。
