街灯が灯る公園で、僕は秘密基地に駆け込んだ。
そこには先客がいた。
僕は黒のマーカーを握りしめていて。
君は赤くはれた腕を隠していた。
僕たちの頬は涙で濡れていた。
それが僕たちの出会いだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆彡
「ね、あれ、新作じゃない?」
「え~? あ、カッシー先輩!」
教室異動の途中、前を歩いていた女子たちが小さい声ながら嫌に耳に響く歓声を上げた。
つられたように彼女たちの視線の先を追う。
進行方向の渡り廊下に、やたらガタイと顔のいい連中が集まっている。
その内の一人は、半袖シャツから覗く腕にカラフルな模様が入っていた。
校内では有名で、カッシー先輩と密かに呼ばれている男、樫本朝大だ。
有名な理由はもちろん彼の右腕。
肘から手の甲までの肌に浮かぶのは、ぽってりとした体とヒラヒラの尾びれが特徴的な金魚が二匹。
一瞬、タトゥーかと見間違えるほどに鮮やかだが、実はこれは油性サインペンで描かれている。
そしてこの絵は約二週間周期で変わる。
「うわー、今回も派手!」
「すごいよね、あれ。ペンで描いてるんでしょ? 自分でやってるのかな」
「いや~、無理っしょ。利き腕に自分であんなの描けないって」
「やっぱ彼女かなぁ」
すれ違いざまにちらちらとその男子生徒を見ながら、女子たちは渡り廊下を進む。
俺もちらりとそちらを見る。
すると相手は口の端を上げた。
思わず勢いをつけて首を正面に戻す。
うわっと、勢いが良すぎて眼鏡がずれた。やばい。慌てて眼鏡の中央を押し上げる。
「あー、緊張した」
「んね~、あっちは全然こっちのこと眼中じゃないの分かってるけど」
「うわ、傷つくー」
「でもさー、あんな強面イケメンの偽タトゥー入りなんて、絶対付き合えないよね。無理無理」
「大丈夫、あっちも無理って思ってる」
「くそフレネミー発言!」
ぎゃははと高い声で笑い合う女子たち。騒がしいし煩い。
毎日毎日、よくそれだけ話題があるな。
学校来て、勉強して、帰って、勉強して、飯食って寝る毎日に、新しい話題なんて生まれるか?
ああ、ぼっちじゃなければ生まれるのか。
そう思いながらだらだらと歩幅が狭い女子の後ろを歩いていると、ブルリとスマホが振動した。
……たぶん、違う。違う、よな?
そう思いながらスマホをポケットから出して、「一件のメッセージ」と表示された待ち受け画面のロックを外す。
『新作、超人気。出目金ちゃん可愛い』
続いて、ぽこんっと金魚のスタンプが送られてきた。
お尻をふりふりして、自慢の尻尾を見せびらかしている出目金。
なんだよこれ、こんなスタンプ、前は持ってなかっただろうが。
「ぷっ」
思わず口元を押さえて笑う。
しまったと思った時には、前を歩いていた女子と目が合った。
こっちが顔を下げる前に、さっきの俺よりも素早く視線を外される。
「……オタヨシが笑ってた」
「こわっ」
「絶対なんか変な画像とか見てたんだよ」
「こっち見んなって」
はいはい、分かってますって。
前髪ぼさぼさの眼鏡男なんて、今時の女子高生様には無口でボッチな男なんて全員キモオタで不快なんでしょうとも。
こっちも関わらないから、そっちも俺を話題にしないでくれ。
そう願う前に、たった一秒で俺のことなど話題から消され、昨日テレビに出ていたアイドルの話で盛り上がっていた。
ちなみに俺の本名はオタヨシではなく、吉井旺太……地味にオタヨシと呼ばれてもおかしくないのがくそむかつく。
でも学校での俺の扱いなんて、そんなもんだ。
でもさ、一つ、教えてあげよう。
あの先輩の腕の絵、描いているのは彼女じゃない――俺だ。
